空に星、地に光

 星はロマンだ、なんてことを素面でのたまう人間がこの世にどれだけいるのか私は知らない。どこぞの数学少女のそれとは違って、少し多すぎるという意味での知らないだ。かく言う私も子供の頃には天体望遠鏡を覗いていた時期があったもので、奴の話も、まあ、三割程度はしっかりと理解できているとも。とはいえその七割ぶん、奴がそんな一般的な女子高生の持つところの知識からかけはなれた情熱を持っているころも確かな事実であるからして、やはり私は変人に好かれる性質であるらしい。

「おそい」

 仄明りの紫黒が支配する屋上の端。

 転落防止のフェンスから逃れるように給水塔の上に登っていた女は、私をちろりと認めるなりそう言って、すぐに視線を空へと戻した。

 ため息をひとつついてみせてから、私は側の梯子を登って、そいつの隣にたどり着く。

「遅いというが、君ね、私はこれで案外全うに女子高生なのだよ。断らなかっただけ誉めてほしい──」

 たどり着いて、なんとなしに視線が空に動いて、それで、とりあえず私は彼女を許すことにした。

 月のない空に、星が降る。

 きらりと輝き瞬き消えていく、極大の光線が。

「ああ……そういや、ニュースで言ってたな。ナントカ流星群……」

「みずがめ座。三十分前から十分前くらいなら、かなり数があってよかったのに」

「それはどうも失礼したね。しかし、数があるといっても、二十分で十個とかなんだろう?」

「八個」

 パーと三を両手でつくる。

「……うん。私が星に飽いてしまったのはね、実のところそういう部分が故なんだ。流星群と言うものだから、私はもっと、すすき花火の如くざあざあと降るものだと思っていたのさ。その点、フィクションの夜空は好きだよ、私は」

「ロマンがないよね……」

「むしろ私こそが浪漫主義者だと思うのだがね。おや」

 また一筋、先程よりは小さなそれが、空を切り裂いて閉じていく。私はそれを見ながら、ああ、紙の端で指先を切ったときみたいだなあ、なんてことを考えた。

「……やっぱりこれ、地味じゃないか?」

 すると彼女は咳払いをひとつ。

「輝けるのがひとかけらだけなのは、どこでも何でも同じなんだよ。いまあなたは世界の真理を覗いているの」

「私好みの言い方をしても、私好みじゃないものは私好みにはならないよ」

「言い方はともかく。本心だよ。少ないから、輝いているのが特別だから、私は憧れるの」

「多いとどうなる? 輝いていないのが特別かい?」

「輝いていないのが、欠陥品で惨めになる」

「……そら、確かにそうさな。とはいえ、それならそれでいいじゃないか。マイナスn等級で光る人間がこの世にいるかい? 人間みんな仲良く惨めで平等だろう?」

「ううん。いるよ。きっと、誰の世界にも。揺るぎない北極星が」

 どんな顔をしているのかと視線を反らしたその刹那、一際明るい鮮緑色の火球が、星降る夜空を駆け抜ける。

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