文学少女シリーズ
郡冷蔵
君と世界を定義する
世界のすべては数で出来ています、なんてことを素面でのたまう人間がこの世にどれだけいるのか私は知らない。が、こと女子高生に限るなら、おそらくそれは奴だけだろう。
その言葉の通り、そいつは全部が数字で出来たロボットのように見える女だ。冷淡。鉄面皮。四角四面。そして昼食が半固形物。しかしながら当然彼女はロボットでもAIでもなく、笑えるほどに人間で、楽しいくらいに女子高生なのだということくらい、当然私は知っていて、だから彼女との会話の最中ふと思いついたとき、私は意地悪く口元を歪めてしまうのだ。
もちろん、これは決して口の中の苦味の八つ当たりというわけではないけれど。
「あー、だったら君、君はこうして友人と過ごす時間に抱かれる感情も、何処かの閾値で機械的に判別された演算結果に過ぎないとでも言うのかね?」
私はサンドイッチの包みを剥ぎながら、そんな話題を繰り出した。相手はといえばじゅっと押し出したゼリーを嚥下して、そっと手を合わせているところ。
「原理上は、そうでしょう。我々の感情の些細な機敏も、そこから派生する一挙一動も、究極的には明確な数値で表せるはずです。しかしながら、それを紙面の上に導き出すのは不可能であるとも言えます。我々の感情を定義する術を我々は持ちませんから。その絶対律が崩されたときは、貴女風に言うのなら、狂わされたと言いましょうか、あるいは可能になるのかもしれませんが、そのときのヒトはもはやヒトのかたちをしてはいないでしょう」
「珍しく哲学的な解答じゃあないか」
私はお茶を濁そうと持ち上げた缶をぷらぷらと揺らしてもう一度机の上に置く。
「そもそも、過去を鑑みれば、数学もまた哲学の一派ではありませんか?」
「どうも一本取られたね、そら、ささやかながら景品だ。このトマトを君に贈ろう」
「BLTサンドの定義を破戒しないでください」
「なに、これは優しさだよ、私の。毎度毎度君は昼食の度に十秒チャージを決めやがって、私ばかりもぐもぐ言葉に詰まるじゃないか。少しくらい咀嚼というステップを踏みたまえ」
「優しさと結び付きませんが。貴女、単にトマトを好まないというだけでしょう」
言いつつ、トマトをひょいと受け取って口に入れる。口に入れるというのが実に合った表現で、食べるという方法を忘れているみたいだった。そら見ろ。
「まあ、否定はしないが、君、そんな私があえてBLTサンドを購入するに至る理由というのを、君にあげるため以外に説明できるのかい?」
たっぷりと時間をかけてトマトを飲み込んでから、ちろりと唇を濡らす。
「今日の貴女は、コンタクトをつけていないから。階段で躓くこと四回、黒板の内容に目を細めること二十六回。コンビニで商品を間違えること、一回と予想」
「はははは、残念、間違えたのは二回だよクソッタレ。このコーヒーもくれてやる」
一口だけ飲んだ缶を指先で押しやると、実に微妙そうな顔をされた。まさか飲みかけを気にするような人間でもあるまいに。
「……私も無糖は好みません」
「それは、イメージじゃないな。てっきりなんでもストレートだと」
だって。
それが数だろ、と私は言う。
「そんなことはありません。これでも色々を添加しているものです」
「ふうん……ああ、何の話だったか? そう、感情値の話か」
「感情の話です。誰にも定量化できない、秘密の話」
彼女は私の手からサンドイッチをひったくると、小さく一口をついばんだ。
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