Sequence 3. Child Meat Pie.

1.

***


「ぎゃはははっ」

 ――処刑場で椅子に縛られた報炉は、笑っていた。

 四肢は薬剤投与によって完全に死滅させられたものの、念には念を入れられ手首を肘掛けに、足首を椅子の脚に縛り付けられている。

 そして首の接続口には処刑道具である太いコード。


 推定殺害人数69人。両手足の指でも数え切れない程人を殺した彼は、これから死刑に処される。


 『剰報刑』。

 不要情報ジャンクを過剰に流し込み、脳の処理をパンクさせて破壊、を引き起こす。流し込む過程で脳細胞が過剰に働くことで焼き切れ激痛が走るため、自分の舌を噛み切ったり糞尿を漏らしたり歯を噛み砕いたりするものだから、執行後は凄惨な殺人現場宛らとなる――否、凄惨な殺人現場そのものだ。加害側が機械だろうと人間だろうと、人が殺されたという事実は変わらない。

 これから巻き起こるであろう凄惨さも、この男の引き起こした殺人の数々に比べれば可愛いもの――執行人は誰もがそう思っていた。

 そんな容赦なき執行人を観衆に、狂人を演じるが如く報炉はただ笑っていた。しかし彼は全く狂ってなどおらず、むしろ精神的に至って健全だった。

 健全に、笑いながら殺意を向け続けていた。

「あー、お前ら全員殺してえなァ」

 最早執行人達に躊躇も交わされる言葉も無かった。

 殺人鬼。所詮、鬼。鬼と人間で交わされるべき言葉など存在しない。交わるべきは、殺気と凶器だけだ。

 報炉の遺言すら聴かずに『剰報刑』の執行ボタンを押下する。

 ゴミ情報が大量注入され、体が跳ねる。血が涙腺から漏れる。泥の様な血も鼻からも流れ、咳き込めば喀血。それでも機械は止まらない。頭が爆発しそうで、本能で拒否しようと体を動かそうとするも、腐って神経の死んだ手足には命令が届かない。過半数が血で構成される吐瀉を吐いた。

 普通なら10割絶叫する。その後の行動は3パターンで、4割は舌を噛みちぎって死ぬ。3割は椅子に頭を撃ちつけて脳震盪で気絶しようとし、残り3割は運良くショック死する。

 だが。

「……ぎゃ」

 

 無限の可能性を全て数値化し情報化できると思うのは、勘違いした人間の傲慢でしかない。

「ぎゃははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!!」

 報炉は笑った。確率の不完全さを嘲り、驚き慄く処刑人を馬鹿にすべく。どのデータにも存在しない動きに処刑人は全員狼狽えるが、報炉は一頻り笑った所で血塗れの眼球をぎょろぎょろ蠢かす。

「おいおいおいおい処刑人諸君」

 血と胃液に汚れた喉から絞り出されるのは、


「……殺してやる、殺してやる、殺してやるよォ!」


 ――宣戦布告。

 憎悪に任せてではなく、実に楽しそうに。新作ゲームを買い与えられた子供の様に。処刑される先に未来など無いと言うのに、それでもそんな残虐な願いは叶うと純粋に思っているような口振りで。

 彼は、死に際に戦いの鐘を打ち鳴らした。

「ぎゃっ、ははははははははははは! 無様で無粋な、臆病で病的な処刑人諸君! 俺様は俺様の殺人に誓って宣戦布告する! 捨てる真似は許さねェ! 正座して歯ァ食いしばって! 無駄な準備をしながらガタガタ震えて待ってることだ!」

 報炉は。


「俺様が殺しに来るまでなァ!」


 その言葉を最期に、がくりと首を項垂れさせた。

 処刑時間僅か1分の出来事。

 確実に生命活動を止めた赤髪の男性遺体を前に、処刑人は安堵どころか得体の知れない恐怖を植え付けられることとなった――。


***


「っ!」

 絡生まといが目を覚ますと、夕陽が落ちかけていた。途端、途轍もない頭痛に苛まれる。脳に直接ダメージを負う過報オーバードーズの作用は余りに大きい。

 どろり、と何かが額に垂れる感触がしたので触ってみると、手が真っ赤に染まる。血液だ。

 誰の? という質問に一瞬思考を凍結させた。

 自分以外有り得ない。その回答ですぐに思考が解凍すると、「ひっ」と喉と頬を引き攣らせた。

 混乱しながらもふと辺りに、瓦礫塗れの光景が目に入る。建物一つが倒壊したのだろうか――馬鹿げた推測であるが、彼女のそれは完璧に的のど真中を射ていた。

「な、何で……私、何を……っ!」

 突然流れる血、瓦礫の山。整理し切れない情報が入って来る故に、先程見た夢に気を配る余裕など無い。

 意識を共有した影響による、殺人鬼報炉の最期の瞬間の上映会を――。

【よう、元気そうだな】

 掛けられた声に面を上げる。頭から血を流す報炉の幻覚が、憎たらしいにやつき顔で見つめていた。

「……どこをどう見たらそんな口利けるのよ」

【どこをどう見たってこんな口しか利けねえよ】

 ぎゃはっと報炉が笑うので、相手するのも馬鹿らしいと絡生が目を逸らす。

 兎に角、此処から離れて比較的安全な場所へ。潮と同じだ――陽が落ちた後の下層エラーは危険に満ちる。もう時間がない。

 立ち上がる。


 ――、膝から崩れ落ちる。


「……っ、え?」

 絡生は頭に疑問符を浮かべた。全く力が入らないのだ。更に数瞬後には痛みが迫ってきた。

「いっ……!?」

【あー、成程な】

 痛がる絡生を見ながら、報炉は納得する様に笑う。

【コイツが記憶端子メモリバスの副作用ってヤツか。ったく、そんくらい想定して作れよクソ共が】

「何、言って……!」

 勝手に体を使って何をしやがった――そんな意図を込めてただすと、報炉は悪びれも無く応える。

【お前には関係ねェだろ。どうせ自分で戦いもしねェ癖によ】

「関係、大ありよ」痛みに脂汗を浮かべながらも、絡生は怯まない。「これは、私の体よ」

【いずれ俺様の体だ】

 なあ、知ってるか。

 何か言いたげな絡生の言葉を封じるように台詞を続ける。

【俺様が体を操ることができる時間――長くなってるんだぜ?】

「……っ!」

 絡生は、身震いする。

 体を操ることが出来なくなる――あやまたずそれは、意識上の死を意味する。

 自分という存在の死は、肉体的脳死であれ精神的自我消失であれ、自分という存在を認識出来なくなった時に遂げられる。

【怖いのか?】

 ぎゃはははっ。報炉は嗤う。

【怖いだろうなァ。だけど、お前はもう俺様に体を明け渡すしか道が無いんだぜ?】

「……それって、どういう」

【……鈍いな。お前、そんなに頭悪かったか?】

 と、そこまで言ってから【嗚呼】と血化粧をした絡生の顔を見遣る。

【頭破られて痛みで鈍ったからか――まァ、凡骨にゃ無理ねェ話だな。折角だ。傷で痛む頭に塩を塗り込んでやるよ】

 挑発的に赤い舌を出す報炉は続けた。

【お前には戦闘能力は無い。だから俺様に体を預ける以外手段は無い。しかし俺様に体を預ければ預けるだけ、意識が体に馴染んでいずれ制御権を奪える。そうでなくても、俺様はお前の意識を喰えるがな】

「……」

【八方塞がりなんだよ】

 ぎゃは、ぎゃはは。

 現実を突きつけて満足し、また嗤う。

【だから、死ぬその時まで、指を咥えて大人しくガタガタ震えて待っ――】

「――だったら」

 遮る様に、絡生が口を開く。

 報炉は少し面食らったのか【……ああ?】と笑みを固めながら返すが、構わない。

 クリティカルな質問を1つ、刺し込んだ。




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