2.

***


 それから1分後。


「あーあー、派手にやっちまったなァ」

 言いながら、が瓦礫の山を見つめていた。

「しっかし、マジシャンの知識なんて何に使うんだって思ったが、意外に有用だなコイツァ……」

 よくやったとでも言いたげに、記憶端子メモリバスの入った首筋をそっと撫でる。そう、彼の挿入したマジシャンの記憶端子メモリバスの力で、迫り来る瓦礫の波からを成し遂げたのだ。

 滅茶苦茶だ。

 だが、使い方は至って正しかった。

「さてさて、このまま死んでくれてると良いんだが――」

 ま、そう甘くはねェだろうな。

 思った途端、瓦礫の山からホラー映画よろしく腕が生えた。その腕は瓦礫を掴み、次の瞬間体を押し上げてフィラロの姿が地上に現れる。薄汚れて服が破れ、鼻が変に捻じ曲がっているが、シルクハットは無事であった。

 一体、シルクハットは何で出来ているんだろうか。報炉はぼんやりとそう思った。

「……いつの時代も、野蛮人の考えることは恐怖でしかありませんね」

「『教養人』の思考が狭すぎるだけだろ」

 人間が猛獣の思考を理解できないのと同じく、知識人は野蛮人の思考を理解できない。歴史が何度も証明をしてきていることだ。

「しっかし、これでも死なねェのか」

【――Memory Bus, ejected.】脳内に音声を響かせつつ、報炉はマジシャンの記憶端子メモリバスを抜き去った。

「人間じゃねえだろ、ンなもん」

 続けて新たな記憶端子メモリバス。首の蓋はだらりと開いたまま、雛鳥の如く今か今かと次の記憶端子メモリバスを待っている。

「ま、コイツで終わりにしてやる」

 そして差し込んだ。

 脳内に、音声が鳴り響く。







【――Memory Bus, certiffffffffffffffffffffffffffffffff……………】


「……あ?」

 突然、壊れたバグった音声が雑音となって脳を襲う。

 疑問に思う束の間、、と視界が赤黒く染まった。ぼたり、と目から何かが垂れる。

 地面を見下ろす。視界の色と同化してよく分からないが、垂れたものは自分の血液だと直感した。

 次に体がぐらつく。鈍器で頭を殴られた直後の如き強烈な平衡感覚の欠如。2本脚で立つのも困難になったのか地面にへたり込んでしまった。

「んだ、よッ……、コイツァ……?」

 頭蓋を打ち砕かれる痛みが今襲い掛かっていた。混乱する報炉を余所に、フィラロはその現象を理解していた。

 過報オーバードーズ。人間の処理能力を超えた情報量を注入すると、処理に耐え切れなくなって所謂オーバーヒートを起こす現象。限界を見極めずに過ぎてしまったことへの果報である。この状態に陥れば、まず立ち上がることすら困難になり、出血を起こす。ここで情報を更に流し込めばあまりの激痛と情報過多によって発狂死に至る。

 そう――それは、絡生の両親の死因と同じ。死刑『剰報刑』にも応用されている、余にも有り触れた現象だった。

 閑話休題。

 兎も角も、一度起これば誰であれ起き上がることができなくなる現象。普通ならばこれ幸いと隙を突いて拳銃で止めを刺すところであるが、フィラロはそうせず、拳銃を大人しく仕舞った。


 彼の目的は報炉の殺害ではなく、なのだから。


「……そろそろ、小生はおいとまさせて頂こう」

 会釈をして踵を返す。ここまでデータを取ることが出来れば少しはも満足するだろう。

 仕事はここまでだ。

 瓦礫を踏みつけ、フィラロは戦場を後にする――。







「おい、待てやコラ」


 肩を、握られる。

 ゾッとした。

 先にも言ったが、過報オーバードーズに陥れば立つことすら困難になる。歩くなんて以ての外だ。

 その一般的事実を否定して、報炉は血塗れの笑顔を浮かべながら立ち上がった。あまつさえ歩いて、フィラロの元に辿り着いた!

 驚愕のあまり作ってしまった隙を突かれ、格納していた拳銃も抜き取られ後ろに放り投げられる。

「逃がす訳ねえだろ。ここで殺すって言った筈だ」

 ……化物。

 フィラロの頭の中にはその2文字が浮かび上がる。

 実際化物だろう――何せ報炉は、発狂して死に至る刑罰『剰報刑』で歴史上唯一、受刑者なのだ。数本の記憶端子メモリバスの情報量の過剰摂取如きでは、彼は倒れず死なない。

(何が、どうなっているのだ! 何をどうすれば、此処まで脳は強靭になるのだ!?)

 常識の通用しない相手を前に混乱するフィラロの首を、報炉は片手で掴み上げる。報炉は脳のリミッターを外しているのか、少女の手により大人の男の体が持ち上がり足を地面から離されるという、有り得ない状況が繰り広げられた。

「死ね」

 報炉の手に力が籠められる。骨と肉と皮膚でできた小さな万力が、フィラロの首を握り潰していく。

「ぐ、ぐ……っ!!」

「ぎゃはははっ! そうそう、これだよこれ……ムカつく奴が殺される前の感覚が堪らねェ」

 あと数秒。あと数秒で、首が弾け飛んで頭部と胴体が千切り離される。フィラロにはこれ以上武器もなく、攻撃しようにも確実に報炉の殺害の方が速い。従って相手に出来ることはと言えば、泡を吹いて苦しみ足掻きながら死を待つことのみ。

 。自らの血涙を美味しそうに舐め取りながら、実に楽しそうな笑みを浮かべていた。

 その状況に置かれて尚。

「……ぐ」

 フィラロは。


「……ぐ、ぐぐぐっ!」


 

 殺されるとなって愈々頭が可笑しくなったかと報炉は呑気に考えたが、それは過ちだと直ぐに気づかされる。

 取り敢えず殺すか、と首に思い切り力を入れて握り潰した時。

 手の中から響いた音は、肉が破砕されて骨が砕ける音――

 どう聞いても、だった。

「……機甲人形マシンクルスか」

 舌打ちをして、すっかり首を折り潰す。胴体から離れたその頭部は、シルクハットがくっ付いたまま地面に転がった。

「ってことァ、本体はもっと別のところにいるってことか?」

 面倒臭ェな。

 そう呟いた途端、報炉の意識が突如薄れる。

 時間切れタイムオーバーだ。

「……っ」

 絡生に意識を明け渡す直前に、報炉はある確信を抱いていた。

 この体を乗っ取ってまだ時間が浅いというのにも関わらず、明らかに、意識を維持できる時間が増えているという確信を。

 このまま行けば、いつか、いずれ――。


 髪の毛意識が、報炉から絡生に戻る。

 その瞬間、突如襲い掛かる最高度ハイエンドの頭痛に耐え切れず、絡生まといは一瞬で意識を失う。

 少女の体は、茜色に染まりつつある瓦礫の山の上に預けられた。




 束の間の静寂が、下層エラーの一角にて流れる。



To be continued in "Child Meat Pie."

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