2.
下品な哄笑。
先程の少女とまるで別人のそれを聞いて、男2人は明らかに青褪めた。
「最悪、だ……!」
現実を受け入れたくなくて、1歩、2歩と退がってしまう。
「目醒めちまった! 最低最悪の悪魔がっ!!」
対する絡生――否、絡生の中に入ったナニカは、男達の狼狽に目もくれず、こつこつと自らの首に刺さった
「ぎゃは、ぎゃははっ! まんまと
にしても、とナニカは続ける。
「久々の外だ!
懐かしさからか、空を抱き締める様に両手を広げる。ちっぽけな人間に広大な空は抱えきれない。その青空を『トランスポーター』が横切ると、ナニカは舌打ちをして中指を立てる。
「クソみてェな
ま、と漸く男2人に目を向ける。殺意で
「クソみてェな人間共を殺せる機会ができたんだから、良しとするかァ!」
「――戦闘準備!」
男2人はトレンチコートの内ポケットから
2対1で挑めば、相手が殺人鬼と言えど流石に問題はない。
「目の前の
「遅ェよ」
元死刑囚のナニカは、1人の男の
「が、ああああああっ!?」
「ぎゃは」
手を抱えて膝をつく男の髪を掴んで立たせる。少女とは思えない強靭な力。
「くそ、この――」
「ほうら」
ばきり、と軽い音が鳴る。鼻柱にそこらに落ちていた石を叩き込まれたのだ。一撃で軟骨を砕かれた鼻からは、だらだらと血が流れる。
「ぶ、ご……」
苦しみながら無事な方の手で鼻血を押さえる。その反応を見て元死刑囚は溜息をついた。
「つまんねェな。もう死ね」
石で首筋を思い切り殴りつける。嫌な音が鳴り響いたかと思うと、そのまま横たわって動かなくなった――首の骨が折れたのだ。
そして止めに頭蓋を粉砕。痙攣すらも止まる。
元死刑囚は笑う、殺して笑う。
「ぎゃははははっ! コイツで何人目だ? 多分70は超えたかァ!? もしかしたら
もう1人の男は、既に
元死刑囚はぎゃはっと嘲る。
「ンだよ、プロボクサーの物真似かァ?」
「……黙れ、元死刑囚」
「『
心底どうでも良さそうに死体を足蹴にする。肋骨が気味良く折れた。
「さっきもコイツを助けられただろうによォ」
「弱者に生き残る意味はない」
「……違ェねェな」
元死刑囚もボクサーの構えを取る。人差し指と中指を並べて、くいと自らの方へ折り曲げた。
来いよ――言外の挑発。
「望むところッ!」
男は近づいた。セオリー通りでは勝てない。殺す気で行かねば殺されるのはこちらだ!
男の覚悟の据わった特攻に元死刑囚は口笛を吹く。
「良いねェ。ちったァ戦い辛え体だが、こっちもやってやろうじゃねェか!」
赤髪を揺らして接近。互いの有効距離に入り込む。男が拳を顔面に伸ばす。男の目は義眼なのか、何かの情報データが網膜と角膜を行き来しているのが分かる。チートめ、と舌打ちしながらも元死刑囚は簡単にいなし、体勢を瞬時に低くしてアッパーカット。が、これも容易く避けられる。
べえ、と元死刑囚は赤い舌を出す。
「この乙女の顔に何しやがる!」
「乙女なものか、犯罪者野郎!」
殴打。殴打。殴打。殴打。
静かな拳の振り合いが続く。男の方は義眼の援けもあってか、攻守一体を司る本物のプロボクサー宛ら。対する元死刑囚はプロの動きではないが、その場その場の対応力で攻守を実現。
右ストレート。回避、カウンター左ストレート。防御、後退、接近の上ワンツー。防御、ボディーブロー。掠り、顔面カウンター。掠り、距離を取る。
ジリジリ迫る勝負は一気に展開する。
元死刑囚がストレートを放った途端、男がその腕を掴む。
「しまっ――!」
振り解く間もなく、そのまま腹を蹴り上げられる。肺から空気を吐き出された。
隙を突いて重い一撃を決められた男はこの瞬間に勝利を確信する。
(元死刑囚のコイツを殺せば、ここで起きたことは全て無かったことにできる! 俺の責任は問われなくなる!)
自らの今後の保身に悩む必要もなくなる、目を抉られるなんて2度と御免だからな――と安堵した。
その隙を、元死刑囚が逃す筈が無い。
「……ボクシングに蹴りは反則だろうがよォ」
男の体が総毛立つ。目の前には獰猛な笑みを浮かべる少女の顔。先程決まった筈なのに嘘かの様にけろっとしている。
義眼が警告を鳴らす。『危険』『距離を取れ』『仕切り直し』と素早く文章が目の前を流れていく。だが、それより早く元死刑囚が動いた。
「まァ、端からルールを守るつもりもねェが――そっちが先に破ったんならこっちだって容赦はしねェ!」
掴まれた腕を逆に利用して男に接近。あまりに突然の動きで男は反応が遅れる。構わず元死刑囚はキスでもしそうな勢いで顔と顔を近づけた。
それからその横を通り過ぎ、大きく口を開け。
「ぎゃ、あああああああああああっ!!?」
だくだくと濁流のように剥き出しの動脈から血が流れる。最早攻撃どころではない。絶叫する男は思わず元死刑囚の腕を離すが、続けざまに容赦なく股間を蹴り上げられた。
「……人間の肉は不味いなァ」
もうちょいマシなモン食いたいぜ。
脂ぎった柔らかすぎる肉を噛みながら、急所を突かれ悶絶する男の頭蓋を踏みつけて砕いた。
路地裏には咀嚼音だけが響いている。
「……成程な」
全ての殺しを終え、ガムでも噛むように人肉を咀嚼しつつ、元死刑囚は頭を掻く。
「意識を乗っ取れる時間には限度があるってことか――」
瞬間、再び首が項垂れる。髪が逆再生の如く赤から黒に戻っていく。
そして。
「……っぷ、う、げええええええええっ!!」
項垂れたまま、
「っ、は、はっ……!」
絡生は吐瀉物塗れの口から息を喘がせ混乱していた。
私は――今、私は何をした!?
殺した。いとも簡単に大の男2人を!
殺すのは生きるためならば仕方ない、が、殺し方がまずい。不味すぎる。
首の骨を折るのも嫌だけど、首を、首に、齧り、つ、ついて、殺すなんて――。
ぬめり、と舌に残る血と脂の味。また腹の底から込み上げるものがあったが。
【おい、今まで散々奪っておいてそんな反応かァ?】
聞き覚えのある声が、目の前から届いた。
顔を上げると、信じたくないことに中肉中背のコートを着た赤髪の男が立っていた。彼は現実には生存しない――絡生の脳内にある彼のデータによって現実世界に像を結んだ幻覚だろう。
巫山戯るな。科学の発展した世の中で、そんなファンタジーじみたことがあって堪るか。
悪態をつく絡生に対し、幻覚上の男はぐにゃりと歪んだ笑みを浮かべる。
【しかし良かったなァ。ちゃァんと生きられたじゃねェか】
「なに、が」
何が「よかった」だ。
これなら、こんな胸糞悪い思いをするのなら、あのまま死んだ方がマシだった。
本気でそう思ったが、死ぬ勇気は絡生には無く、それは絡生の中に入り込んだ彼にも分かっていたことだった――入り込んだお蔭で、思考も共有する形になっているのだ。
幻覚上の男は1割くらいの同情を込め、肩をぽんぽん叩いて言った。
【さ、これでお前は政府のお尋ね者だ】
彼の言葉に、絡生は肝も背筋も冷え切った。
【俺様は既に死刑執行された凶悪犯。お前はそのデータを盗み、
野垂れ死ぬ。死ぬ。
その言葉が、重く、絡生にのしかかる。
【だから、お前は生きる為に戦って殺し続けなくちゃならねェ――大丈夫だ、俺様がそこんとこは代行してやるよ】
そういう問題じゃない。そう思っても手遅れだということは絡生には分かっていた。
ただ平和に生きたいだけなのに、どうしてこんなことに。
【俺様の目的は、俺様を殺した
それでも絡生には、
【さて、自己紹介といこうか――】
生きると願うならば、
【俺様は
この殺人鬼の
『トランスポーター』が再び上空を通過する。少女の居場所に影が落ちていく。
To be continued.
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