夏の夜の怪談語り

アルターステラ

真夜中のトイレ

夏の夜は、暑くて眠りが浅くなりがちなので、ふとしたことで目が覚めてしまうことがしばしば起こりますよね。

誰もが1度は真夜中に起きてしまって眠れない時間を過ごしたことがあるでしょう。

私もそういう経験が何度もあります。

しかし、そういう時、自分がどうして起きてしまったのかを考えることはありませんか?

もしかしたら、何か得体の知れない者に起こされたのかもしれない。

そんなことを思わずにはいられなかったあの時のような不思議な体験は、後にも先にも1度きりであってほしいものです。




ある夏の日、私は昼間の暑さからそうそうに体力がけずられたので、21時半には布団に入ったところ直ぐに睡魔に襲われ眠ってしまいました。

次に目が覚めたのは夜中の1時過ぎ。

短い睡眠でも脳が完全に覚醒してしまうと全然眠気が来ないことがありますよね。

その日の私はまさにその状態でした。


スマートフォンを手に布団の上で眠れない時間を過ごしてみるも、一向に眠れる気配はしませんでした。

暑さで少しだけ汗をかいていたので水分を取ろうと起き上がり、冷蔵庫から麦茶を出してコップに注ぎ飲みました。

当時は、勝手のわかる一人暮らしでしたので、わざわざ 照明を付けなくても一連のことが普通にできていました。

飲み物を飲んだことで若干の尿意をもよおし、さすがにトイレの照明はつけて入り、ドアを閉めました。

一人暮らしのアパートで、トイレの横は申し訳程度の台所の流しがあり、古かったので蛇口をひねる度にキュッという甲高い音が鳴るのです。


真夜中のトイレで用をたしていると、便座に座った私のすぐ背後から耳元にかけて、唐突にヒュル〜ヒュル〜と口笛とも音程の外れた鼻歌ともとれる音がしました。

ビクリと身を震わせ顔を振り向かせて確認するも、何ともないいつものトイレの個室内の景色でした。

そこへ今度は、どこかから水の流れる音が聞こえてきました。

音の出処はトイレの個室の中ではありません。

隣の流し台から水の流れる音が聞こえてくるのです。

流し台の蛇口をひねる時の甲高い音がしなかったのですが、確かに隣の流し台から聞こえてきます。

おかしい。

部屋には私しかいないのに、ても触れずに流しの水が流れ始めたのは確実におかしい。

鳥肌が立ち膝に置いた手をギュッと握り閉めて震え出しそうになる体を何とか止めていると、突然トイレの照明が消えてしまいました。

視界が急に暗くなり、私は短い悲鳴を上げていたでしょう。

こんな真夜中に停電?

いつの間にか流し台から聞こえていた水音は鳴り止んでいました。

しんと静まり返るトイレの個室に用をたす音だけがチョロチョロと聞こえていました。

終わりが近く、暗くて見えない中、感覚だけを頼りにトイレットペーパーを引き出そうと手を伸ばすと、ヒヤリとした感触が伸ばした手を包み込みました。

暗闇に目が慣れはじめてきたので、よく目を凝らして手の方向を凝視すると、うっすらと白いものが手首の先にありました。

ちょうど月明かりの中で、白い布を見ているような朧気で微かにしか見えない白いものの中に、私は手を突っ込んでいる様子でした。

白いものに突き入れた手の先の方から、じわじわと冷たさが伝わってきて、まるで生きたまま冷凍されるような感覚に、私は半ばパニックを引き起こしてしまい、半狂乱に叫びながら右手を引き抜こうとしました。

力いっぱい引いたのに、向こうからものすごく強い力で押さえつけられているようにビクともしませんでした。

そればかりか、足元を見ると白いもやもやがトイレのドアの隙間から液体が流れ染み出てくるように入ってきて、足元に流れ込んで来ていました。

驚いて足をあげようとしましたが、既に足先が白いもやもやに触れていて、全く動きませんでした。

白いもやもやに飲み込まれた手先やつま先からは、徐々に感覚がなくなってきていました。

逃げようにも逃げられず、白いもやもやはどんどん個室内に侵入してきました。

私が夜中に叫んで、たとえ聞きつけて駆けつけてくれたところで、窓も玄関もトイレのドアもしっかり施錠しているので、直ぐに誰かが助けてくれることはありません。

私、死ぬのかな?と思ったら、涙が頬を伝うほど溢れ出てきました。

感覚が無くなっていく下半身と腕。

ついに腰上辺りまで白いもやもやに包まれて右腕も左腕も飲み込まれていきました。

もう叫ぶ気力もありませんでした。

ゾクリという悪寒が背なかを走り、白いもやもやに飲み込まれた下腹部から、何か大きなものが私の体から、ズルりと引き抜かれた感覚がありました。

突然のその引き抜かれる感覚とともに、私は気を失ってしまいました。


次の日の朝。

私はトイレで便座にぐったりともたれかかった状態で目を覚ましました。

照明はついており、白いもやもやも全くありません。

奪われた手足の感覚も元通りでした。

不自然な体勢で気を失っていたので、体のあちこちが痛くて、その日は学校を休んでしまいました。


あの日の翌日、私は体の感覚的に軽くなった気がして体重計に乗ってみたら、10ほど前に測った時よりも2kgほど減っていました。

あの日の夜、私の体から何かが引き抜かれる感覚は、私の中の何を持っていったのでしょうか。

怖いのであまり考えないようにしていますが、1人の時、引越しをするまでは個室のドアを開けたまま用をたすことにしていました。

数年経った今なら、健康を害されたといあ心配もなく、健康診断でもなにも異常がないので、あまり気にしなくなりましたが、真夜中のトイレは少しだけ怖いと思うことがあります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夏の夜の怪談語り アルターステラ @altera-sterra

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ