4-5

「マクファーソン神父!」

 やってきた警官のうちひとりはブロンドで、スミス夫人の息子さんだった。スミスさんに芝刈りのアルバイトに行ったときに、非番で来ていた彼と会ったことがある。

 最近の若い人は教会には行きたがらないのよねえ、なんて夫人は嘆いていたけど、非番のときには母親を車で送り迎えしてあげているから、クリスとも顔見知りだ。

「教会の周辺が騒がしいという通報を受けたのですが……これはいったい、どういうことですか?」

「私にもまったくわからないのです」

 このときには少し回復していたクリスは、かなり端折はしょった説明――もちろん嘘の、というかオカルト部分を除いたやつを、警察官に向かって話し始めた。聖書に、嘘をつくなとは書いてあるけど、必ずしも本当のことを言う必要はないもんな。この場合、本当のことを言ったって信じちゃもらえないだろうし。

 顔なじみの善良な聖職者の言うこととあって、スミス警官は信じたみたいだった。

「なるほど。それで、こちらは?」信徒席に座り込んでいるダニーと、クリスの横につっ立っているニックを指して訊く。

「ミスター・ブラウンは、ここにいるディーンのクラスメイトです。こちらのミスター・ノーランは……」

「マクファーソン神父の友人ですよ」

 いけしゃあしゃあとニックが口を挟んだ。

「失礼、お見かけしたことがなかったもので……では、もしかして、外の車はあなたの?」

「そうですが、なにか?」

 高級スーツを泥で汚しているヴァンパイアに――しかも今は三十代そこそこにしか見えない――、スミス警官は疑いの目を向けていたが(当たり前だ)、やつが、ふつう警察官に向けたらなにもしていなくても職質されることは間違いなしというくらいの長さで視線を合わせると、スミスさんはそわそわし始めた。

 もうひとりのラテン系の警察官は、外で鑑識かどっかに連絡していて、俺の知らないやつだった。

 薄気味悪そうに、折り重なった死体の山――その中にはニックが膝を砕いたやつや、背骨を蹴り折ったやつが含まれている――を見ていく中に、自分の父親を発見して、スミス氏(息子)の顔に怒りと悲しみが広がった。

「神父さん……誰が……こんな……」

 俺は一緒に外に出てきたニックを見上げた。が、やつは平然としていた。

(半分はあんたがやったんだろ)

(だが死体を動かしたのは私じゃない)

 クリスはスミスさんたちのために短い祈りを捧げ、ミスター・ブラウンが心配なので、彼についていてやってもいいかと尋ねた。

「それは構いませんが、後日、神父さんたちに改めてお話を聞かせてもらうことになるかもしれませんよ」

「もちろん協力しますよ」

 ニックが気味が悪くなるくらいの猫撫で声で言って、またスミス氏の顔をじっと見た。

「スミスさんになにしたんだよ」

 教会の扉を閉めてから俺は聞いた。

「べつに。官憲と仲良くしておくのは損にはならないからな。ただ、私が非常に多忙なので、昼間はなかなか連絡がつかないんだということを理解してもらっただけさ」

「……ますますあんたの車が、盗んだものじゃないかって気がしてきたぜ」

 クリスはダニーの横に座って、静かに話しかけていた。ダニーがクリスを見る目にまったく恐怖が混じっていなかったといえば噓になるけど、ダニーの震えはおさまっていた。

 ダニーを車で送っていってくれないかと、クリスがニックに頼んだ。

「シートがびしょ濡れになるな」

 ニックがダニーを見下ろして言った。

「ケチ臭いやつだな! あんただってずぶ濡れじゃないか」

「着替えなら私のをお貸ししますよ。ディーン、ダニエルにはお前のを」

 俺たちは、到着した鑑識が立入禁止の黄色いテープを張っている横を通って司祭館に戻った。

 神父のクローゼットに五千ドルのスーツなんて入っているわけがない。量販店で買ったネイビーのスラックスに白いシャツを着たニックは、なんだかまぬけに見えた。やつのほうがちょっとだけ背が高くて胸の厚みがあるから、きゅうくつそうだった。

「よく似合ってるよ」俺はニヤニヤ笑いを隠せなかった。

「黙れ」

 ダニーのほうは俺の脚の長さでもクリスのウエストサイズでもどうしようもなかったので、しかたなしに、俺のハーフパンツと、パジャマ代わりに使っている一番デカいサイズのTシャツを貸した。

 明らかに、吸血鬼野郎と密室でふたりきりになることにダニーがおびえていたので、俺も一緒に乗っていくことにした。

 運転中、ニックはひとことも口をきかなかったし(まあ、そのほうがありがたかったけど)、ダニーが居心地悪そうだったのも、本革のシートだからってだけではなさそうだった。

 俺はこいつの車が花の匂いがするのは、棺桶の中を思い出すからだろうかと考えていた。

 ダニーを家まで送り届けたあと、そのまま教会に戻るのかと思ったら、やつは中間地点に俺を放り出しやがった。

「べつにお前を送れとは頼まれていない。それに、戻って警察の事情聴取につきあう気もないしな。あの家の前で降ろしてもよかったんだから、少しは感謝するんだな。これは血のお礼だとマクファーソン神父に伝えておいてくれ」とぬかして! 

 ――まったく、なにがお礼だよ! 俺が笑ったのを根に持ってるんだとしたら、とことんケツの穴の小せえ野郎だぜ!

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