見よ、闇は地を覆い
3-1
「マクファーソン神父、ちょっといいかしら?」
水曜日の放課後、カウンセリングルームを訪れたのは生徒ではなく、サリヴァン校長だった。
「もちろん。どうぞ」
彼女は入ってくると、一緒にいたディーンを見て、ちょっと気まずそうな表情になった。
目ざとい彼はそれに気づいたのだろう、
「大人の話? 俺、先に帰るね」
さっさとバックパックを取り上げ、会釈をして出て行った。
そのうしろ姿を見送って、
「ミスター・ラッセル……ディーンも変わったみたいね。秋学期の初めのころはほとんど欠席していたのに」
「それは彼の家庭に原因があったので、彼のせいではありませんよ」
「ええ、そうね。その点については、クリス、たとえ一時的にでも、あなたを彼の保護者にできたことはよかったとわたしは思っているの」
「私ひとりの力ではなく、先生がたのお力添えのおかげです」
「まあね」
彼女は自ら椅子を引いて座った。細身ではあるけれど長身で、褐色の髪をきりっと結い上げたエマ・サリヴァン校長は、若輩の神父をカウンセラーに任命し、問題のある家庭の子を預けることに同意するリベラルさがある。
「あとはもう少しね……成績がふるえばね……。
「それは私の力ではなく彼の力に
眼鏡の奥の緑の瞳と視線が合い、彼女は吹き出した。
「あなたって人は……。そうね、そのとおりよ。だから、友人として、本当はこんなことをあなたに伝えたくはないの。でも、この学校の責任者として、わたしはあなたの耳にも入れておかなければならないと考えたの」
お互いの顔から笑みが消えた。
「なんです?」
彼女は一通の封書を差し出した。切手も貼られていなければ、封緘もされていない。
「三日前に届いたの。差出人の名前はないわ……」
中に入っていたのはA4サイズのコピー用紙だった。周囲が少し黄ばんでいるそれには、激烈な糾弾の言葉が書かれ――プリントアウトされていた。カトリック教会を悪魔の巣窟とののしることから始まり、教皇庁と修道院は神ではなく
私は思わず片手で口を覆った。
「ごめんなさいね、クリス、本当に、あなたにこんなものを見せないとならないなんて……」
マクファーソン神父とその師は、本来入り込むべきではない公教育の場に邪教を広め……あまつさえ無垢な青少年をその家宅に囲ってみだらなふるまいに及び……
文章を目で追うことはできたが、その先は意味を理解することを心が拒否した。
「レオーニ神父まで……」
私をサリヴァン校長に紹介してくれたのは神父だった。
「そうなの、だから、これを書いたのは、わたしたちを三人とも知っている人じゃないかと思うのだけど……」
「そんな人はたくさんいますよ。べつに秘密にしておくようなことでもありませんし」
「ええ……そうね」
私は紙をもとのとおりにたたみ、校長のほうへ押しやった。
彼女の目を見て言う、
「ここに書かれているようなことは事実ではありません」
彼女は右手をそっと私の手に重ねた――母親のように。
「もちろんわたしもそう信じている。これを見せたのは……中にはそうは思わない人がいるというのを知っておくのが、身を守るためには必要になると思ったからよ」
「それはわかっています」私は微笑んだ。微笑んだように見えることを願いながら。
「これはほかの先生がたには見せていない。もちろん保護者にも。持ってきてくれた警備員は中身を見たかもしれないけど、今のところは別ルートでこの話がわたしの耳に入ってはいないわ。もしまたこういったものが届くようなら、警察に被害届を出すことも考えるけれど……あなたはどうしたい?」
「これを書いた人を許せるよう祈ります」
「七の七十倍も? わたしはダメね。少なくとも倍にして返したいと思ってしまう――今のはオフレコね」
彼女はニュアンスに気づかなかった。私はそんなに心の広い人間ではないのだけど。
「あなたの心遣いに感謝します」
エマは微笑んで、次いで、鼻をかんだティッシュでもつまみ上げるように封筒を取り上げた。
「本当に、お邪魔したわ、クリス。ほかにも気にかけなくちゃいけない問題は山ほどあるっていうのに」
「シルヴェストル先生のクラスのダニエル・ブラウンは?」
「ミスター・ブラウン……ああ、あの、運動
「授業中の様子はどうですか?」
サリヴァン校長は記憶を探っている様子だったが、
「特になにか問題があるとは聞いていないわ。彼がどうかしたの?」
「いえ。ディーンと同じ長所があるので、惜しいね、と話していたところだったんですよ」
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