第3話 同僚の男
団長室での面談を終えたフンボルトは帰宅の途につく。
官舎に帰りつくと飲み物を入れたグラスを片手にソファに座って熟考を始めた。
目を閉じて先ほどのベアトリスとの会話を反芻しているフンボルトはイーリヤ男爵家の出身である。
爵位の中では1番低いとはいえ、痩せても枯れても貴族の一員だった。
それでもベアトリスに対して同じ貴族階級ということをアピールするつもりはない。
侯爵と男爵では身分が違いすぎた。
そもそもフンボルトが王都を離れたトールハイムで衛士団員を務めているのは三男坊だからである。
長兄と次兄が存在する以上はイーリヤ家を継ぐことができる可能性は低く自活の道を探る必要があった。
自活するとなると大きくは学問をするか、剣で身を立てるかの2つの道になる。
フンボルトは剣を選んだ。
ここまでは家を継げない貴族の子供としてごく一般的な選択である。
他人と変わっているのは騎士団ではなく衛士団を選んだことだった。
騎士団は基本的に騎士階級か貴族の子弟が就く。
そういう環境なので十把一絡げの男爵家の三男坊では潰しが効かないことが想像できた。
それでフンボルトは衛士団に奉職する。
平民とは種々の教育に差があるフンボルトはすぐに頭角を現し間もなく副隊長となった。
ただ、隊長となるとポストが空くのを待たなければならない。
しかし、騎士団と比べると衛士団は隊長職にあるものが死亡や故障により退職することは少なかった。
昇進できず燻るフンボルトに当時勤めていた町の衛士団長がトールハイムでの隊長職を斡旋してくれる。
それを受けてフンボルトはこの町へはるばるやってきたのだった。
トールハイムでも優秀さを示し、上位へと着実に地歩を進める。
衛士団長の席もすぐに手が届くと思ったが、その道にたちはだったのがブランドだった。
フンボルトは最初にブランドを見たときは大した男ではないと判断する。
町の住民の信頼が厚いが地元出身で長く勤めているだけで能力としては大したことないと思っていた。
だが、現実には常にブランドはフンボルトの上位に君臨し続ける。
さらに納得がいかないのがフンボルトが目をつけたイライザがブランドに夢中ということだった。
美人で気が強い女性は好みである。
その条件にピタリと一致するイライザにさりげなくアプローチしたが相手にされなかった。
フンボルトが貴族出身ということに遠慮しているのかと思ったらそうでもないらしい。
部下からイライザがブランドに片思いしていると聞き思わず声が出た。
「意味が分からん」
フンボルトはブランドへの敵愾心を燃え上がらせる。
ただ、フンボルトは野心的な若者ではあったが愚かでは無かった。
その評価の中身の適否はともかく、相手の方が評価が高いのはまぎれもない事実である。
事実は事実として素直に受容した。
その上で冷静にブランドとの比較を試みる。
外見を比べれば明らかに自分の方が勝っている自信があった。
あとは他者からの評価が並べば、イライザも自分になびくのではないか。
フンボルトは徹底的にブランドの観察をして真似をすることにする。
これは賢い選択肢と言えた。
普通なら反発してライバルの行動を取り入れることなどしない。
そう意味ではフンボルトは柔軟であり優秀である。
ブランドのことを学び真似をし続けた結果として、現在ではイライザと気軽に口をきける数少ない存在となり、第2隊長を務めていた。
時折、僅かに貴族出身というところが出てしまうことがあるものの、鼻につくというほどでもない。
周囲からの評価も高くなり、本人も自覚する見栄えの良さもあって若い女性を中心に町の住民からの人気も高かった。
ただ、ブランドの後塵を拝するという状況は変わらず、イライザとも恋仲と言えるまでには進展していない。
相変わらずイライザはブランドのことしか眼中になかった。
フンボルトはブランドをますますライバル視するようになる。
ただ、イライザを巡る件についてはともかく、町の人々の信頼がブランドに寄せられることについては達観していた。
あれだけ身を粉にして町のために尽力していれば好かれもするだろうというのが正直なところである。
フンボルトはその真似をしていたが全部を真似しきれているかというと自信がない。
簡単に凌駕できると考えていた以前の自分の思い上がりを恥じる気持ちもあった。
そんな心境の変化を遂げているが、複雑な思いで見るブランドに対してあまりに欲がないことについては不満がある。
本人が望めば空位だった衛士団長に就任することは難しくなかった。
ホーソンはイライザが貶すほど無能でやる気がないわけではないが、副団長に相応しいかというと疑問があるし、ましてや団長という器でもない。
フンボルトはブランドを団長とし、自分が副団長として補佐する形であればその地位に甘んじてもよいと思っている。
少なくともまだ自分がブランドを追い越すのは分不相応という認識だった。
ただ、現実にはブランドは第1隊長の地位に留まっている。
せめて副団長になってくれないと自分が第1隊長にすらなれないんだが、とフンボルトは不満だった。
イライザとの関係も宙ぶらりんというのが気に食わない。
その気がないのならそうとはっきり言うべきであるし、拒絶されたイライザの傷心を慰める形でフンボルトが口説けるかもしれない。
この点に関してはブランドが悪いと断言できると思っていた。
ベアトリスの着任はその状況に一石を投じるものとして歓迎する。
貴族のお嬢様に人を見る目があればブランドを頼りにし、親しくなるに違いない。
そうなればイライザへの強力な刺激になるはずだった。
身分の差もあって実際にベアトリスとブランドが交際するという可能性は低そうだが、もしそうなればフンボルトにとっては願ったり適ったりである。
一方でこれもあまりなさそうだが、逆にベアトリスとブランドが反発するならそれでも構わない。
衛士団の運営に支障が出るだろうし、そうなればトールハイムの住民からやはり次の団長にはブランドをという声が大きくなるはずだった。
どう転んでもフンボルトに都合が悪い展開はない。
どうやらツキが回ってきたな。
脚を組み替えながらフンボルトは整った顔を歪めて笑みを浮かべた。
ふふふと笑い声を漏らす。
そこから、ハハハという哄笑に変わった音が部屋の中に響くのだった。
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