第2話 新任団長

 掲示が張り出されてから1か月後のこと、衛士団の詰所の大会議室に衛士団に属する副団長と9つの隊の長以下のほぼ全員が集まっている。

 ブランドは第1隊を率いていおり、イライザは第3隊長をしていた。

 各隊の定員は隊長を含めて10名だが、第1隊だけは16名と少しだけ多い。

 これは団長が陣頭指揮を取るときに直接指示するのが第1隊だからである。


 大会議室にいる面々はみな好奇心を隠せない表情をしていた。

 まあ、無理もない。

 今日は新任の衛士団長が着任するのだ。

 ブランドは隣に立つ第2隊長のフンボルトに声をかける。

「なあ、新しい団長のベアトリス殿について何か知っているか?」

 フンボルトは唇を曲げた。


「知らないわけがわけがないだろう。コロンナ家は王家にもつながる名家だぞ」

 仮にも爵位を持っている家の出身者は良く知っているなとブランドは感心する。

「それで、どのような方だ?」

 フンボルトは顎に手を当てた。


「以前、遠くから顔を拝見したが、花のように美しい方だったな」

「それで?」

「それでとはなんだ?」

「剣の腕前はどうなのだ?」


 フンボルトは何を言っているんだというように表情を変える。

「剣の腕は父親譲りでかなりのものという話だ。直接見たことがあるわけではないが」

「そうか。それは頼もしいな」


「ブランド。まさかお前、ベアトリス様を現場に出すつもりなのか?」

「団長なんだから当然だろう。もちろん、迷子や落とし物探しのような軽い案件まで出られる必要はないだろうがな」

 フンボルトは首を振りながら息を吐いた。


 そんなフンボルトとは反対側に居た副団長ホーソンが口を挟む。

「やんごとなき身分の方であられるからな。大怪我でもされても大変だ。それに、まだまだお若い。経験不足で逸って痛い目を合わぬよう年長者が配慮することも必要だろうよ」


「もちろん、身命を賭してお守りする所存です。確かに若いと無茶をすることもあるでしょう。そこもしっかりと補佐をしなくてはなりませんな」

「現場指揮と組織運営、どちらに重点を置きたいかはご本人の意向もあるであろうし、その辺りがはっきりするまではあまり無理をせんようにな」


 確かにそうだ。本人の自主性も尊重しなくてはならない。

 イライザは副団長をあまり評価していないようだが、こういうところに気が付くのはやはり年の功であろう。

 そう考えたブランドはホーソンに頭を下げて賛意を示した。

 ホーソンは穏やかな表情で「何事も慎重に」といつものセリフを言う。


 その時、扉がさっと開いて金属鎧に身を固めた一人の女性が入って来た。新任の団長のベアトリスである。

 兜は被っておらず、緊張した面持ちで歩いていた。

 縦に細長い窓の側を通るたびに、柔らかな日の光を浴びて、肩のところで切りそろえたサラサラとした黄金色の髪が歩く律動に合わせて揺れる。

 まだ幼さの残る整った顔は前方をしっかりと見すえていた。


 後ろには2人を従えている。初老の男性とベアトリスと同年配の女性だった。

 騎士以上の身分を有している者は専属の配下がつく。

 鎧や武器の手入れなどから身の回りの世話までをし、戦場では身を挺して騎士を守る役割の従卒だ。

 姿勢を正すブランドたちの前で、2人を背後に従えたベアトリスが一段高くなった演台に立った。


「衛士団長に着任したベアトリス・コローネだ。これより1年は諸君らの指揮を執る。今まではどういう運営をしてきたかは知らないが、衛士団も王国の防衛を担う重要な組織だ。騎士団と同様の責任感をもって職務に当たって欲しい。衛士団ではままあるそうだが、年俸と恩給目当てで所属しているような不埒者が居ると聞く。そんな者は根性を叩きなおしてやるつもりだから覚悟しておけ」


 ベアトリス殿は翡翠色の目を団員に射込んでくる。

「私はタガの緩んだ衛士団を立て直すつもりだ。正直に言って諸君らは王都での評判はあまり芳しくない。だが、それが過去のものとなるように努力することを期待している。以上だ」


 未熟さと紙一重の若さが垣間見えるがやる気があるのは結構なことだ。

 これは気を引き締めねばな。

 約1名だけが背筋を伸ばした。

 内心はともかく表情は変えない団員を見ていたベアトリスが告げる。

「副団長と各隊長とはこの後個別に面談を行う。各団員は指示があるまでは従来通りの任務に従事するように。解散」


 団員がぞろぞろと退出する様を見ていたベアトリスは声を張り上げる。

「副団長!」

 ホーソンが姿勢を正した。

「副団長のホーソンであります」


「団長室で話を聞こう。残りの者はここで待機するように」

 ベアトリスは従卒を従え、ホーソンを引き連れて部屋を出て行く。扉が閉まると隊長たちが顔を見合わせざわざわとした声が広がった。

「何なのよ。あの態度。いけ好かないったらありゃしない」


 こういう時に口火を切るのはイライザに決まっている。

「まるで私たちがちゃんと仕事をしていないかのように決めつけて。遠い王都での評判を元に給料泥棒のように言ってくれちゃってさ。そんなにお高く留まりたければ衛士団じゃなくて騎士団へ行けってのよ」


 ぼそぼそと賛同の声が上がった。

「初対面であれはきついな」

「若いから舐められないように居丈高になっているのもあるのだろうが……」

「あれでは団員の士気にも関わるぞ」


「誤解はこれから解けばいい。実際の勤務ぶりを見ればすぐに理解してくれるさ。それにせっかく面談の時間を与えてくれたんだから、その時にきちんと話をすればいい。今頃は副団長がちゃんと説明してくれているよ」

 ブランドの発言は少しだけ場の雰囲気を変える。


 しかし、イライザがすぐにひっくり返した。

「あのボケナスに期待するなんて。ブランド。さすがに楽観視し過ぎよ。年俸と恩給目当てって、あの発言はホーソンに関しては的を射ていたわ。今頃は、もう恩給の受給資格はあるんだから辞めたらどうかって言われているかもよ」


「何もそこまで言わなくても。イライザ。それじゃあ、まるでベアトリス殿のようだぞ」

「なんですってえ?」

 イライザが柳眉を逆立てる。


「思ったことをズバズバいうところなんて結構似ているじゃないか」

「あんな世間知らずのガキと一緒にしないでよ」

「イライザ。本当に言葉遣いは気を付けた方がいいぞ。特にこれからある面談のときはな。私たちは付き合いが長いから君の良さは十分に分かってるが、ベアトリス殿は初対面なんだから」


 間に挟まったフンボルトがイライザをなだめようとする。

「ブランドがこんな奴なのはよく分かってるだろ。まあ、相手は上司だ。丁寧な言葉遣いをした方がいいとは私も思うぞ」

「こんなことなら、ずっと団長が不在のままで良かったわ」

 イライザは美しい顔に似合わぬ態度でフンと鼻を鳴らすのだった。

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