第4話 巡回
ベアトリスが着任した翌日の午後、そのお供をしてブランドと第1隊はトールハイムの主だった場所を案内する。
行政官の役所から始まり、集会場、騎士団の屯所、広場などを巡った。
騎士団分隊長オーギュストはベアトリスに対して丁寧にあいさつをする。
普段は衛士団を下に見ているように衛士たちは感じていたが、さすがコロンナ家に属する者には態度を改めざるをえないという風情だった。
今後は騎士団と衛士団の連携がうまくいくようになるかもしれないとブランドは内心喜ぶ。
先日のゴブリン退治も騎士団が出撃してくれればもっと楽だったし、一部を取り逃がすこともなかった。
それをたかがゴブリンごときで出撃できるかと鼻であしらったのが、オーギュスト分隊長である。そのオーギュストが笑みを見せていた。
屯所を出て広場に通りがかる。
そこでは、午後のひと時を子供たちが遊んですごしていた。追いかけっこをしていた子供たちが駆け寄ってくる。
「ブランドさん。こんにちは!」
「いい挨拶だ。こんにちは、ボブ。元気かい?」
「もちろん元気さ」
ブランドは口々に先日のゴブリン退治の話をせがまれる。
「今日は見回り中だから、また今度非番にときにな」
「分かった。約束だよ。それで、そっちのお姉ちゃんは?」
「おいおい。お姉ちゃんはないぞ。新しい衛士団長のベアトリス様だ」
「ベアトリス団長。初めまして。俺はトマス」
「こんにちは。私はジェシカよ」
「ぼくアイン」
一斉に挨拶をされてベアトリス殿は戸惑っていた。
「お前たち、一度に話しかけては困るだろう。それに衛士団長はみんなが安全に暮らせるように見守る偉い人なんだ。もうちょっと行儀よくしなきゃいけないぞ」
「はーい。それじゃ、またねー」
子供たちは来た時と同様に賑やかに走っていく。
ベアトリスの従卒の一人であるバッシュがブランドへ声をかけてきた。
「ブランド隊長。いつもこんな感じなのかね?」
「そうですな。少年少女が健全に育つように目を配るのも仕事の一環です。普段から慣れ親しんでおけば気軽に相談もしやすくなるというものでしょう」
「ほう。このような一見平和な町でも子供たちが困っていることがあると?」
「酒癖の悪い親に手荒に扱われていたり、ちょっと悪い年長者に小遣いを巻き上げられたりというようなことはありますよ」
「そんなことにまで介入しているのですか?」
「大人になれば嫌でも生きてゆくのに苦労します。運命の女神は誰にでもほほ笑むわけじゃない。苦労が絶えない者がいるのも確かです。なので、せめて子供のうちだけでも幸せな記憶を持って過ごして欲しいと思っているのです」
「それは……立派な心掛けですな」
「私は若いうちからここで働いていて、この町に育ててもらったようなのものですからね。そのご恩返しですよ」
「しかし、ベアトリス様に対して馴れ馴れしすぎるのはいささか問題ですぞ。もう少し礼儀正しくさせねば」
「別に悪気はないので大目に見ていただければ。だが、確かに団長殿は貴族でしたな。今後のためにも今度きちんと話をしておきます」
「うむ。そうしてくだされ」
バッシュが矛先を収めたので、次の施設に向かう。
トールハイムはこの地方では大きいものの年に1度の感謝祭を除けば特筆するものも無い町だが、一つだけ都にも誇れる施設があった。
「団長殿。あれがトールハイム自慢の大浴場です。沸かし湯ではなく自然に湧き出る温泉を使っているので、疲れがよく取れ、傷が癒えるのも早いんです」
建材は白亜とはいかず灰色がかった大理石を使っているので、外観は都の建物にやや見劣りする。が、一度入ったら驚くこと請け合いであった。
泉質は少しぬめりがあるが、肌に優しく体の奥底から癒される感じがする。
ベアトリスに説明したとおり怪我に対する薬効もあらたかだった。
さらに一度浸かれば2日ほどはスベスベの肌になる。
他所と比べてトールハイムの住民が肌がきれいと言われているのはこの温泉のお陰だった。
病気に関してもすこし咳がでて鼻をすするぐらいであれば、ゆっくり浸かって温まり汗を拭いて一晩寝ればすっかり元気になってしまう。
「団長もぜひ一度お試しください」
ブランドは町の自慢を味わって欲しくて熱心に勧めてみたが反応はあまり良くなかった。
もう一人の従卒のフランセーヌが咳ばらいをする。
「ブランド殿。お嬢様は人前で肌を見せるようなことはなさらない」
この町では老若男女、貴賎を問わず温泉を利用するのでブランドは忘れていたが、貴族はあまり公衆浴場には来ないものだった。若い女性であればなおさらである。
長旅の疲れが見えるような気がして心配していたブランドは己の失敗を悟った。
「それは失礼しました。温泉は桶で運ばせることも出来るので、団長の官舎で試してみることもできます」
「そうか。覚えておこう」
ベアトリスが頷いたので、ブランドはこれ以上温泉にこだわることなく案内を続ける。
かなりの距離を歩き、多くの人に紹介し、様々な説明をしたが、ベアトリスは熱心に見て回った。
職務への熱意の高さが見て取れ、ブランドは頼もしい。
イライザの弁ではないが、ホーソン副団長は職務に対して熱心ではない。
決して悪い人物ではないのだが、やはり軍事組織は指揮官次第だった。獅子に率いられれば羊の群れといえども侮れない。
果敢な団長を戴くことができれば、ブランドも分を越えず一隊長としての働きをすればよく、肩の荷も降ろせるというものだった。
一行は衛士団長の官舎の前を通る。いい時間だったので、ブランドはここで視察を終了するか尋ねた。
「団長殿。今日は初日からあちこち歩きましたし、もうお休みになられてはいかがですか?」
「いや。詰所まで戻ってはじめて業務完了だ。本日の記録もつけたいしな」
「これは余計なことを申し上げました」
詰所に戻り許可を得て部下を開放する。
更衣室で制服を脱いでいるとノートンが首筋を揉みながらぼやいた。
「やっぱり、団長が一緒だと肩が凝りますね。なんかいつもの倍以上疲れましたよ。ただ町中を歩いただけだったのに」
「そうか? 私は特に変わりなかったが」
「隊長は違いますねえ」
ノートンほか数名の若い隊員が着替え終わったのに肩を回したり、服の裾を直したりしている。ブランドはやっとその意を悟った。
「まだ浴場はやっているな。ひと風呂浴びてから喉を潤していくか?」
隊員たちは賛意を示すと、ブランドの背中を押すようにして町へ繰り出していく。
一行はひと風呂浴びてさっぱりとした気持ちで浴場を後にした。今日はどこの店に行くかと話しているところに明るい声がかかる。
「あら。ブランドじゃない。これから食事に行くところなのね? 私も一緒に行っていいでしょ?」
今日は非番だったイライザが笑みを浮かべていた。
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