第14話 騎士団

 ブランドと別れ団長室に入ったイライザをベアトリスが出迎える。

「3番隊長のイライザです。団長。お呼びとのことですが」

「ああ、本日勤務の隊長で1番高位なのはあなただったか」

「詰め所にいる者ではそうです。2番隊長のフンボルトは巡回中です」

「そうか。騎士団に話をしにいく。一緒についてきてくれ」

「畏まりました」


 ベアトリスが騎士団の分隊長オーギュストに面会を申し入れるとあまり待たされずに部屋に通された。

「これはコローネ殿。先日いらしたばかりだというのにわざわざお越しとは何用かな?」

 後ろに1人の騎士を控えさせたオーギュストの言葉には知覚できるギリギリの線で面白がるような響きがある。

 イライザはそれに気づいたが、ベアトリスは気づかぬようにそのまま話を進めた。


「周辺の村の1つからの訴えでね。我々が調査中に大猿人を発見し、襲いかかられたので仕方なく倒した」

「それは……、衛士団に被害はなかったのですか?」

「心配して頂きかたじけない。幸いかすり傷1つない」

 オーギュストはほうという顔になる。

「さすがはコローネの名に恥じぬ腕前というところですかな。それで、今日わざわざ来ていただいたのは?」


「共同作戦だったのだから結果を共有するのは当然だ。今回は結果的に私たちだけで処理できてしまったが、元々はモンスターを排除するのは騎士団に引き継ぐ話でしたでしょう?」

 微妙な間が開いてからオーギュストは口を開いた。

「ああ。そうでしたな。コローネ殿がおられれば我らが手を貸せることは少ないでしょうが、確かにそういう役割分担でした」


「王都への報告書で我々のものと貴殿のものとで齟齬があってはいけないと思ったので念のため話をしに来させてもらった」

「それはわざわざのご連絡いたみ入ります。そうですか、大猿人ですか。我々の予想以上にモンスターの活動が活発になっているようですな。これからも協力よろしくお願いする」

「今回我々だけで対処できたのは運が良かった。騎士団のお力添えがあれは安心できるというもの。こちらこそ今後もよろしく頼む」


 案内を断りイライザを連れてベアトリスが部屋を出ていった。

 オーギュストは傍らの秘書役の騎士を振り返り苦笑を浮かべる。

「どうやら借りを作ってしまったな。剣の腕だけでなくこういう駆け引きもできるとは。コローネ侯爵も鼻が高いことだろう」

「では、我らの報告書にも記載しますか?」

「あまりくどくならぬよう簡単にな。地方の衛士団の報告書など通常はあまり注視はされないだろうが、報告者の名がコローネではそうもいくまい。王都で気にする者もいるだろう。正直に書かれてはいささか我らの立場も悪くなるところだった。ゴブリンはともかく大猿人を騎士団が放置していたとあっては外聞が悪い」


「それでは今後は町の外の巡回を少し活発にしますか?」

 オーギュストは目をつぶって少し考えた。

「我々もそこまでする余裕はないだろう。まあ、少しは住民の訴えを聞いて動くようにするしかないだろうな。あまり、衛士団ばかりが活躍するようでは肩身が狭くなる」

 そこで溜息をつく。

「衛士団は100人ほどいるし、地元の地縁、血縁も活用できる。一方の我らは余所者でトールハイムに居るのは分隊40名だ。こういう事情を住民に理解してもらおうというのは贅沢かな? それに、それが仕事とはいえ、住民の見間違いによると思われる無駄足も多いのだが」


「コローネ殿もそこは御理解してくださっているので、我らに花を持たせてくれたのでしよう」

「そうかもしれん。しかし、衛士団も人が揃っているな。普通なら大猿人相手には怪我人どころか死者が出てもおかしくない。それを倒せるのが我々騎士団の存在意義なのだが。ここの衛士団には無駄に腕が立つのが複数在籍しているからな」

「今日随行していた3番隊長のイライザはかなりできますね。剣技も相当なものだが火炎の魔法も使いこなすということです。剣と攻撃魔法の両刀使い、騎士団にもなかなか居ませんよ」


「そうだな。イライザもそうだが、隊長クラスは他のもそこそこできる。1番隊のブランドも練習試合では精彩を欠くが実戦ではかなりのものだ。2番隊長も剣の腕はかなりのものらしい。そのせいで当方が相対的に見劣りするとはたまったもんじゃない」

「折角コローネ殿という窓口ができたので模擬戦でも申し込んでみますか。住民にどちらが上かということを印象付けることができるかもしれません」

「騎士団が衛士団と模擬戦をするとはいう時点でちょっとな。まあ、考えておく」


 話題になっているイライザは騎士団の建物から出てベアトリスの後ろを歩いている。

 もちろん共同作戦などという与太話は髪の毛の先ほども信じていなかった。

 しかし、ベアトリスにそのことを噛みつくような真似はしていない。

 発言が出た場では礼を失することになるし、今現在においては路上で話す話題ではないということぐらいはわきまえていた。


 それに話を聞いてから時間が経ったので少しは冷静になれている。

 これがもしブランドや団員が怪我をしてでもいればかなり反発しただろう。

 幸いなことに全員無事だった。

 このまま騎士団の顔に泥を塗るのは気持ちいいだろうが、この先面倒になるのは間違いない。


 ベアトリスの策に乗せられることで、騎士団に恩を売れるならその方が良かった。

 騎士には騎士の体面というものがある。

 ベアトリス自身もその世界のことは良く理解しているのだろう。

 世間知らずかと思っていたけど、意外とやるじゃないという感想を抱いていた。

 衛士団の詰め所に戻り団長室に入るとベアトリスはチラリとイライザの顔を見る。


「何も言わないのか?」

「騎士団でのことでしたら、特に申し上げることはありません。これがベターな方法だと私も思います」

「そうか。その言い方では村でのことには何か言いたいことがありそうだな」

「そうですね。私ならあの男を1発殴って終わりにします」

 ブランドにも語ったのと同じ発言にベアトリスは笑った。


「イザベラ隊長に殴られたら相当痛そうだ。魔女の実には2度と手は出さんだろうな。まあ、もう過ぎたことだ」

「そうですか」

 イザベラの声が低くなる。

 そこに階下から騒ぎの声が聞こえてきた。

「事件のようなので失礼します」

 一礼をするとイザベラは駆けだす。

 所詮は貴族様で庶民の暮らしの大変さは分からないのね。

 1度上げたベアトリスの評価を下方修正するのだった。

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