第13話 後処理

「ねえ、何があったの? どういうこと?」

 イライザは団長室から出てきたブランドを捕まえる。

 そのまま少し離れたところにある小さな会議室に連れ込んだ。

 傍目には割と大胆なことをしているのだが、本人はその自覚がない。

「日帰りの予定が1日伸びたし、しょぼくれたおじさんを拘束しているし。それにブランドの肩に乗っているその子猫は?」

 すっかり定位置と化した肩のところで寛いでいた子猫は自分のことが話題になったことにニャと返事をする。

 子猫を一撫でしてやるとブランドは事情を説明した。


「怪我はないのよね?」

「ああ、大丈夫だ」

 ブランドのあちこちに視線を走らせていたイライザは愁眉を開く。

「ブランドが無事ならとりあえずはいいけど。でも、魔女の実を所持していたからってわざわざ拘束してここまで連行してくるのはどうなの?」


「まあ、魔女の実を持っていたことは法に触れているのは事実だ。ただ、それにしてもタイミングが良くないな」

「そうね。もう2か月ぐらい前かしら。魔女の実を精製した薬でおかしくなっちゃったのが暴れて10人以上の犠牲者が出た事件があったのは」

「ああ。そうだ。それ以来、魔女の実関連の事件にはピリピリしているな」

「それじゃあ、あのオジサン、ジャクソンさんだっけ? 結構な刑を食らうことになるんじゃない。だけど魔女の実と知らずに疲れが取れる気がするからってこっそり食べていただけでしょ。こんなに大袈裟にする必要はなかったと思うけど」


「俺もそう思ったんだが。罪は罪だと言われるとな。しかも、ちょうど口にして朦朧としていたのが良くなかった」

「私だったら、頬を張り飛ばして終わりにするわ。もちろん、魔女の実は没収するし、次は無いって厳しく言い聞かせるけど」

 何もおとがめなしでは他の村人への示しがつかない。

 殴られるのは痛いがその場限りであり、長期間拘束されるよりはマシである。


「すぐに裁きが言い渡されるといいが、たぶん次回は間に合わないので半月後になるだろうな。その間、ジャクソンの畑は村の人たちが代わりに世話をしてくれることになっているが、この後も色々と大変だろう」

「娘さんは?」

「元々家事はその子がやっていたらしい。近所の人に気をかけるように頼んでもある」

「ブランドが頼んだのなら大丈夫かしら」

「そうだといいな。今度非番の日には村まで行ってこようと思う」


「そこまでブランドが面倒を見ていたら大変でしょ。いいわ。私も一緒に行く」

「それこそイライザには関りが無いだろう?」

「いい? 女の子には女の子の困りごとがあるのよ。そりゃ、ブランドは立派だけど、女同士だから聞けることもあるの」

「そうだな。私はそういうところが気が利かなくていけないな。ではよろしく頼む」


 顎に手を当てて話を聞いていたブランドはいきなりイライザの手を握った。

 不意打ちに驚いたが、これぐらいで顔を赤らめるようなお年頃でもない。

「任せて。それぐらいお安い御用よ」

 笑みを見せながらイライザは胸の中で拳を握りしめ突き上げている。

 ブランドを独占できるチャンスに心が弾んだ。

 半分は仕事のようなものであるが、村までの道のりは2人きりである。

 これはもうほとんどデートと言ってもいいのではないだろうか。


 正直なところ、イライザはベアトリスのジャクソンへの処置はやりすぎと思っている。

 もちろん法の定めるところから逸脱しているわけではない。

 だから公的に非難できる話ではないのだが、いつもだったら文句の1つや2つは言うところだった。

 ただ、現場にいても止められなかったことを蒸し返されてもブランドも困るだけだろう、と飲み込むことにする。

 ブランドとのデートの機会を提供してくれたという思いもあった。

 犯人を拘束してしまった以上は無かったことにはできないし、後は実質的な被害が発生しないようにフォローする方が建設的でもある。


 ブランドは握っていたイライザの手を離した。

「話は変わるが、この子の名前は衛士団でつけることにしたんだ。忙しいと思うがイライザも良かったら名前を考えてやってくれないか」

 額を撫でてやると子猫は両手でその指にじゃれかかる。

 その様子はとても微笑ましかった。


 イライザは孤児院育ちである。

 そのため、子供の頃に動物を飼うという経験をしたことがなかった。

 事情は違うが猫を飼ったことがないという点ではベアトリスと一緒である。

 成人してからはブランドと並んで恥ずかしくないようにと修行に励んできたのでやはり愛玩動物を飼うという余裕はなかった。


「この子はブランドが世話をするんでしょう?」

「そうなんだけどな。俺は名づけのセンスがない。どうせなら皆から愛されるようないい名前をつけてやりたくて」

「そう。それじゃ、私も考えてみるわね」

「ああ。イライザなら素敵な名前を考えてくれそうだ」

 ブランドが期待していると笑みを見せれば、イライザは奮起せざるをえない。


 会議室を出て団員が詰めている部屋に行くと、1人の団員がやってくる。

「イライザ隊長。団長がお呼びです」

「分かった」

 返事をしてからブランドに向き直った。

「今日はもう上がりでしょう。昨日は大変だったんだから家でゆっくり休むのよ」

 それから第1隊の隊員たちを睨みつける。

「あんたたちも分かっているわよね?」


 ひと風呂浴びてもブランドに酒をせびるんじゃないわよ、という意味の一瞥を残しイライザは団長室へと向かった。

 ブランドは部下を見回す。

「とりあえず公衆浴場に行って汗を流そうと思う。村では川の水で拭いただけだったからな。お前たちも一緒にどうだ?」

「その子猫はどうするんです?」

「まさか公衆浴場に連れていくわけにはいかないだろうな」


 とりあえず、身支度部屋に行き服を着替えた。

「いいかい。おチビちゃん。これから俺はちょっと出かけてくる。戻ってくるから騒ぐんじゃないぞ」

 言い聞かせると、大人しくしているかという不安をよそに、子猫はブランドが脱いだ制服の上で寛ぐ姿勢になった。


「まだ子猫なのに賢いなあ」

 ノーランたちの感嘆の声に子猫はンニャと鳴く。

「これはきちんとした名前を考えてやらなくちゃなりませんね」

 ワイワイと外に出かけていった第1隊のメンバーは公衆浴場で名前の候補をあーでもないこーでもないと喧しく挙げるのだった。

 

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