第11話 駆除の手際
ブランドが駆けつけると、くぼ地の中で数十株の低木を隊員が見張っている。
数株は枝が折られ荒らされていた。
無事な株の枝には黒い実がいくつもついている。
ブランドの目から見ても魔女の実で間違いがなかった。
「よくやった。ここが群生地だろう」
ベアトリスが物珍しそうに黒い実を眺めている。
「これが魔女の実なのか?」
「はい。間違いありません」
そんな会話をしていると他の班の隊員たちも次々と集まってきた。
「どうしますか、隊長?」
「もちろん全部伐採して燃やすんだ。……それでいいですね、団長?」
「そうだな。それでいい」
承認が得られたので、ブランドは他の場所を探索していた隊員に質問する。
「どこか開けた場所があったか? ここでは延焼が心配だし、風が通らない」
1つの班が自分たちが来た方を指し示した。
「向こうに川があります。川原も燃やすのに十分な幅がありました」
「よし。それでは作業開始だ。4班は手斧で枝払いを。残りの1班は村まで行って荷車と斧、鋸を借りてくるんだ」
しばらく枝払いをしてまとめていると、荷車と共に大きな斧や鋸、数人の手伝いの村人がやってくる。
ブランドはさらに手分けをして、川原まで運ぶグループと、枝や木を燃やすグループを作った。
ノーランを焼却班のリーダーに指名する。
「燃やすときは風向きに気を付けろよ。魔女の実を燃やした空気を吸っても食べたのと同じ症状が出るからな。ハンカチやスカーフなどの布で鼻と口を覆うといい」
「イライザ隊長が居れば良かったんですけどね。焚火にくべるより早く焼き尽くしてくれそうですけど」
「そうだな。まあ、ないものねだりをしても仕方ない。それじゃ頼んだぞ」
ブランドに肩を叩かれてノーランはお任せくださいと請け負った。
結局荷車で数往復することとなったが、日暮れ前には魔女の実が生る木をすべて伐採して燃やし終わる。
効率よくできたのは全体工程を見ながら各作業に従事する人数を調整するブランドの指揮のうまさによるものだった。
こういう流れ作業はえてして人手の足りない場所や逆に手持ち無沙汰な者が発生しがちである。
特別な技能が必要な工程があれば別だが、単純作業の連続であれば適宜それぞれの人員を調整してやる必要があった。
切りだす場所と燃やす場所が離れているのに、まるで全てが見えているかのようにブランドは人を配置転換している。
ベアトリスは途中からそのことに気付いていた。
お嬢様育ちであるが、深窓の令嬢というわけではない。
軍事活動においてこういう段取りが重要ということは理解している。
野戦においてもこういう作業の連続である陣地構築を素早くできることは肝要であった。
その観点から見て第1隊の動きがいいことは認めざるを得ない。
村への道すがらベアトリスはそのことを口にした。
「短時間で作業を完了した手腕、見事なものだった」
「お褒めにあずかり、ありがとうございます。後で隊員にも伝えます」
ケブス村に到着し今夜の寝床の天幕を張る。
資材は年に1度のお祭り用のものを村が提供した。
ただ、さすがに団長を天幕で寝かせるわけにはいかないとベアトリスのためには村長の家の客間を借りている。
天幕張りも手際よく終わらせるとブランドは前言の通り隊員に話をした。
「本日は急な仕事だったがご苦労だった。お前たちの働きぶりには団長よりお褒めの言葉を頂いている。よくやった。では、夕食時まで自由時間とする。解散」
隊員たちは川で汗を流しさっぱりすると思い思いに寛ぎ始める。
ごろごろするもの、無駄話に花をさかせるもの、サイコロやカードに興じるものと様々だった。
肉体的には疲労していたが、2つの任務をこなして気分は高揚している。
「しかし、うちの隊長もあのデカい猿人とやりあうとか無茶するよな」
「な。ゴブリンぐらいなら俺たちも怯みはしないけど」
「さすがに大猿人は騎士団の仕事だよな。今日はいきなり襲われたにせよ」
「騎士団といえば、隊長、なんであっちに行かないんだろうな。あれだけの腕前なのに」
「だよなあ。名門出身の団長の腕前と遜色ないもんな」
「てか、団長の剣さばきもヤバかった。家名に負けないだけのものは持ってるんだって感心したよ」
「ということは、オッズの修正が必要じゃね?」
「そうだな」
何のオッズかと言えば、ベアトリスとイライザの決闘だった。
先日の飲み会での戯れ言が盛り上がり、ブランドの妻の座を賭けての女の戦いは賭けのネタにまでなっている。
実際に実現するとは思っていないが、隊員たちのいい暇つぶしになっていた。
「今日、団長が隊長を見る目つき、ちょっと変わってたもんな」
「ありゃ、見直したって顔だぜ」
「これはマジで賭けが成立するんじゃねえか」
隊員たちはお気楽なものである。
ブランドを敬愛しているものの、所詮は他人事だった。
それにとんでもない悪女というなら気にもなるが、ベアトリスもイライザも魅力的な女性である。
無責任に恋のさや当てが始まる予感を楽しんでいた。
その頃、当事者の1人であるブランドは子猫の遊び相手をしている。
魔女の実を捜索、駆除している間は大人しく肩の上で昼寝をしていた子猫だったが、村についてからはブランドに構ってほしくてフニャフニャ鳴き出した。
「お仕事中は静かにしていていい子だったな」
ブランドはエノコログサを子猫の前で振ってやる。
子猫は大興奮で飛びついた。
右へ左へと小さな手を伸ばして穂を捕まえようとする。
散々遊ぶとニャーと声を変えて鳴いた。
「ん? 今度はお腹が空いたのか。よしよし」
歓迎の宴の準備をしているところへ行く。
山羊のミルクをもらって子猫に与えた。
そこにベアトリスが通りかかる。
「ブランド隊長」
話しかけられたブランドは立ちあがろうとした。
ベアトリスはそれを押し止める。
「いや、特に用があるわけではないのだ。その子猫がよく懐いているなと思ってね」
「そうですな。まあ、私の目が細いからかもしれません。猫は細い目を好む。そういう話を聞いたことがあります」
「そうか。それでその、私も子猫にミルクを与えてみたいのだが……」
「なるほど。ちょっとお待ちください」
ブランドは子猫に顔を向けた。
「なあ、おチビちゃん。ミルクをあげる人を変えていいかい?」
給餌の手が止まったことに子猫は目を開ける。
小さくニャと鳴いた。
「いいとのことです」
ブランドはベアトリスに場所を変わりそっと子猫を手渡す。
恐る恐る受け取ったベアトリスは見よう見まねでミルクを子猫の口に運んだ。
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