第8話 負けヒロイン?

「そうなんですけど、のんびりしていると横から取られちゃうんじゃないですか?」

 発言したノートンをイライザがキッと見る。

「誰によ? また、第6隊のサリーがちょっかい出そうとしてるの?」

 サリーは昨年入団したばかりの若手でふわふわした感じが可愛らしい女性であった。

 トールハイム出身ではなく流れ者で、ブランドのファンと公言している。


「違いますよ。サリーはあの一件以来は一応大人しくしてますよ」

 遠い目をしながらノートンは答えた。

 あのときは大変だったなあ。

「じゃあ、誰なのよ?」

 イライザが鼻息も荒く問いかける。

 余計なことを言うんじゃなかったと後悔するが後の祭りだった。

 話題を出したノートンが仕方なく口を開く。


「新しい団長とか」

「はあ? なんで貴族のお嬢様がブランドに? いえ、確かにブランドは魅力的よ。だけど、身分の差ってものがあるでしょうが」

 イライザが文句を言ってノートンをじろりと睨んだ。

「ぶっちゃけ団長はまだ若いし人を率いた経験もないでしょう? 今は肩ひじ張ってますけど、いずれはブランド隊長を頼ることになると思うんすよね。仕事中の隊長ってかっこいいじゃないですか。今の眠りこけている姿からは想像もできないですけど」


「この姿も悪くないじゃない」

 イライザは普段の様子からは想像もできないようなうっとりとした表情をする。

 それを見た周囲のブランドの部下たちは思わず心臓がドキリとした。

 腕を枕にして眠りこけるブランドの髪の毛に触りたそうにしながら、イライザはためらう様子を見せる。

 ほうっとアルコールのもやを吐いた。

 その様子にどぎまぎしながらノートンは言葉を継いだ。


「その点はちょっと脇に置いておきますよ、とりあえず。仕事中はやっぱりかっこ良く見えるじゃないですか。ほら、第4隊でこの間子供たちを招待したでしょう。子持ちの隊員の家での評価がぐっと上がったって話聞きませんでした? 非番の日に家でごろごろしているお父さんとは大違いだって」


 別の隊員が同調する。

「衛士団の制服も着心地はともかく見た目はカッコいいですよね。並の男でも制服を着てれば結婚相手は見つかるって言われるぐらいに。ブランド隊長って付き合いの時間が長くなればなるほど良さが分かるところありませんか? 団長もいずれ隊長の価値に気づきますよ」


「そんなことはこっちはとっくの昔から分かっているわよ。なんたって8歳の頃から知っているんですから。そうか。そうよねえ。ブランドなら貴族のお嬢さんに見初められてもおかしくはないわね。ああっ。感心している場合じゃないわ。このままだと横から掠め取られちゃうじゃない」


 お調子者の若手団員が余計なことを言った。

「都で流行っているお芝居のあら筋なんですけどね。主人公を2人の女性が愛して取り合うんです。最後は主人公の幼馴染が負けちゃう展開だって聞きましたよ。幼馴染は不遇だって世間では言われてるっぽいですね」


「はあっ? 冗談じゃないわよ。私とブランドは幼馴染じゃないし。十何年くすぶり続けてるのに負けてたまるもんですか。いざとなったら決闘で勝負をつけてやるわ」

「それって、1人の乙女を2人の男性が取り合う王道の展開でしょ。男女が逆転しているなんて変ですよ」


 イライザはジョッキを持つ腕をぶるぶると振るわせる。

「どうせ私はゴブリンも避けて通る女ですよ。女らしさの欠片もなくて悪うございましたね。ブランドにだって女性扱いされてないし。この間だって、肌脱ぎになるのを控えようってときに私は除外するしさ。いーですよお」


 だんだんとイライザの様子が怪しくなってきたので、ノートンがブランドの横に座る団員に目配せをした。その男はブランドをゆすり起こす。

「隊長。そろそろ帰りましょう」

「おっ。すまんな。また寝てしまったようだ。十分に飲んだか。それじゃ」


 ブランドは店の人を呼んでさっさと飲み代を払ってしまった。

「それじゃあ、また明日からまたよろしくな」

 ルイジの店の前で解散するとブランドはイライザと一緒に歩き出す。隊長職にあるものは詰め所に近い一角に官舎があった。


 方角が同じ隊員もいるのだが、気を利かせて2人だけにしている。ただ、周囲の期待に反してロマンティックな話題が出ることはない。

「なあ、イライザ。新団長に郊外の視察に行っていただくという考えはどう思う?」

 そっとブランドがいるのと反対の方向へ小さなため息を漏らしてから、イライザは自分の意見を述べ始めるのだった。

 自宅まで送ってもらい、そこで別れたイライザはポツリとつぶやく。

「ああ、もう。この先どうすればいいのよ」

 強力なライバルが出現したのかもしれないということに項垂れるのだった。


 ***

 

 見回りをした翌日にフランシーヌが町に流れる噂を拾ってきて報告するとベアトリスは机に突っ伏す。

「どうして私が部下の邪魔をしなければいけないのよ」

 全く理解しがたいが、ブランドを抑えるために団長になったという噂が流れているのはどうやら事実であった。

 副団長のホーソンに噂のことを尋ねてみるが目を白黒させて否定するだけである。

「そんなことは聞いたこともありません」

 ただ、そう答える目が泳いでおり、明らかに嘘をついているのがミエミエであった。


「私は知りませんが、出所を調べるために団員に聞き込みをさせますか?」

 そんなことを言い出してベアトリスを絶句させる。

 器が小さいと新たな話題を提供するだけで、全く益がない。

 なんとも忌々しいが、ベアトリスに今すぐできることはなさそうである。

 ここは実績を積み重ねるしかないと放置することにした。


 この噂に対する団員の反応はまちまちである。

 当事者のブランドは団長が着任して大変でしょう、と問われればむしろ逆だと否定した。

 第1隊の団員は隊長の様子を聞かれればいつもと変わらないと返す。

 平常通りのブランドに町の人々は安堵した。

 新しい団長が実際のところどうであれブランドなら問題なくあしらえるのではないかという楽観論も流れ始める。

 日頃の信頼感が勝ったといえた。


 そんな中、ブランドがトールハイム近郊のケブス村の視察をベアトリスに提案する。

「村の近くで人のものではない大きな足跡があったそうです。モンスターのものと思われますが、実物を目撃したわけではないので騎士団の出動を要請するには少々根拠か薄弱ですな。ここは団長の視察という名目で訪問してはどうでしょうか?」

 ベアトリスは無言で続きを促す。

「確かな痕跡があれば騎士団に繋げばいいですし、見つからなくても新任の衛士団長は何かあればすぐに駆けつけてくれるという安心感を与えることができます」


 ベアトリスが欲している汚名返上の機会だった。

 飛びつきたいと思う一方で歯がゆくも感じている。

 ブランドの提案は判断を仰ぐ体をとっているが、実質的にベアトリスに拒絶という選択肢はなかった。

 そんなことをすれば噂が本当だったとなるだけである。

「まあ、いいだろう」

 葛藤しながらも熟慮の末にそのように答えたのだった。

 

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