第7話 とばっちり

 ベアトリスは改めて自分の部下たちのことを考える。

 副団長ホーソンは頼りにならないのはすぐに分かった。

 衛士団内ではブランドが皆の信頼を集めているというのは、初日の打ち合わせのときからも明らかである。

 他の各隊の隊長に質問を投げかけても、ほぼ同じ答えが返ってきた。

「そのことですが、第1隊長は何と言っていました?」


 ベアトリスの質問に対して他にきちんと回答を返してきたのは、第2隊長のフンボルトと第3隊長のイライザぐらいである。

 2人は町中の治安は概ね良好だが、外を徘徊するモンスターに手を焼いていると言った。

 騎士団の仕事だと指摘すると、フンボルトは困った表情をする。

 イライザは、藁人形の方が役に立つ、と吐き捨てた。


 今のところ人的被害はないものの、農地を荒らされたり、収穫前の作物を盗られるということがあるらしい。

 トールハイムを取り囲むように点在する村の住人が騎士団に訴えても、ゴブリンぐらいは自分たちでなんとかしろと相手にしてもらえないということだった。


 村に住む子供が森に遊びに出かけ、ゴブリンに危うくかどわかされそうになったという話にまで発展しても騎士団は動かない。

 困った村人が最終的に頼るのがブランドで、先日も第1、第3、第5の3隊でゴブリンが住み着いた洞穴を掃討したということだった。

 ご丁寧に入口を埋めて新しい群れが住めないようにまでする念の入れようだ。


 団長不在の時期のこと故、仕方がないことではあるが、やはり越権行為であるのは間違いない。

 騎士からすればゴブリンのような雑魚を倒したところで手柄にもならないという気持ちなのだろう。

 ベアトリスもそういう態度であることの是非はともかく、騎士の気持ちは分からなくはない。

 その個人的な思いは別にして、衛士団としてすべきことはきちんと騎士団に討伐を申し入れることだと考えた。


 今後は私が居るのでもっと話を通しやすくなるだろう。

 勝手な行動は慎むようにいずれブランド隊長には注意しなくてはならないな。

 素直に私の言うことに従ってくれればいいが……。

 ベアトリスからため息が漏れる。

「お嬢様。いかがなされました?」


 フランセーヌがソファの前に跪き、ベアトリスを心配そうに見ていた。

「いや。なんでもない」

 居住まいを正して、飲み物を持ってくるように頼む。

 フランセーヌが下がるのを見送りながら、頭は先ほどまでの心配事に戻っていた。


 自分より年配であり、今まで実質的に衛士団長のように振舞っていた男が、自分の命令に素直に従うだろうか?

 ベアトリスの悩みはそこにある。反抗されても困るが、面従腹背で裏でこそこそと怠業されても面倒だった。

 さらに犯罪者と裏で結託して裏切られ、心身を傷つけられることになりたくはない。

 秘密裏に処理されたので表沙汰にはなっていないが、そういう事例があるのをベアトリスは知っていた。


 その被害者と違って、ベアトリスは剣の実力もそれなりにある。

 ただ、自分が世故に長けていないということは肝に銘じておかなくてはならなかった。

 表面上は善人を装っているが、裏で何人も泣かせている人非人は確実に存在する。そんな話を父や兄からベアトリスは聞かされていた。


 何気ないふうで話していたが、ブランドがやたらと大浴場のことを推していたことが思い出される。

 大浴場の話をする際にブランドの頭の中で私は丸裸にされていたのかもしれない。

 そのことに思い至り、肌に鳥肌が立ち自然と体を守るように腕を組んだ。

 どうも、ベアトリスに関してはイライザの忠告は間に合わなかったようである。


「いいですか。お嬢様。男はみな狼なのです。ゆめゆめ気軽に心を許されませぬようお気をつけくださいませ」

 フランセーヌが繰り返し言っていることを思い出しベアトリスは、大きく息を吸って吐いた。


 不必要に心配することはあるまい。バッシュとフランセーヌと離れないようにすれば大丈夫だ。あの2人と共に居ればたいていの者は容易に相手取ることができるだろう。 

 とはいえ気が重い。

 箔をつけるための衛士団長の仕事にベアトリスは早くもうんざりし始め、その気持ちの原因となる男を思い浮かべていた。


 ***


 そのブランドはルイジの店のテーブルに突っ伏して寝ている。

 もともとそれほど酒に強いわけではなく、酔うとすぐに眠くなってしまうのだった。それでもまだ綺麗な飲み方だと言える。

 ブランドの部下相手に絡んでいる誰かさんに比べれば、ずっとずっとマシだった。

「あんた達がいつも誘うもんだから、私とブランドの仲が進展しないんでしょうが」


 はっきり言って八つ当たりである。2人の仲が同僚のままなのは、おおむねブランドのせいだった。

 役者のような整った顔とまでは言い難いがごく普通の顔立ちで、性格は折り紙付き、住民の信頼も厚いブランドはそれなりに町の女性に人気がある。

 ただ、肝心のブランドがそういう面で全く反応を示さなかった。


 イライザが少女だった頃は、親切なお兄さんを誰かに取られることを防げられるという意味でむしろ助かっていたが、いざ自分がアプローチをし始めると障害でしかない。

 少々露出の多い格好をして前かがみになってみても、視線が胸元に吸い寄せられるということすらない堅物だった。


 イライザがブランドに対し十何年越しの恋を募らせていることは、衛士団内ではブランドを除くほぼ全員が知っている。

 ほとんどの団員はそれを応援していた。

 美人ではあっても少々口が悪いイライザの恋人に立候補するほど神経は太くなかったし、恋が成就すれば少しは丸くなってくれるんじゃないかという思惑もある。


「もうさっさと既成事実作っちゃったらどうですか? ほら、ブランド隊長なら逃げるなんてことはしそうにないでしょ」

 大胆な奴が色々な意味で大胆な提案をした。

 結婚前に性的関係を持つことは眉をひそめられることではあったが、以前のように問責されるほどのことでは無くなっている。


 イライザはもう何杯目か分からないジョッキをぐいと傾けてため息をついた。

「それができるなら苦労はしないわ」

「なんでしたら、うちの隊長をイライザ隊長の家に運んで置いていきますけど」

 第1隊の連中はお互いの顔を見合わせながら言う。

 別にブランドを売ろうというつもりはなかった。


 自分たちの隊長が結構な年なのに独り身でいるのが心配である。

 ブランドがイライザを嫌っている様子は無いし、イライザがここまで好きというならいいんじゃないかと思っていた。

 変な女に引っかかって鼻血も出ないほどに金品をむしり取られる心配もある。

 それよりはマシだよな、とは思うがそれを実際に口に出すことはしなかった。

 人は誰でも命は惜しい。

「あんた達ねえ。それじゃあ、あまりに私が可哀そうとか思わないわけ?」

 一般的にはそういうことは男性側から行動するものだとされている。

 女性から誘うケースもゼロでは無いが、後ろ指をさされるのは避けられなかった。

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