第11話 晴れ時々隕石が降る日 結末

貧しい国の地下シェルターの中心に、欧州の小さな王国の駆逐艦から撃ち込まれた巡航ミサイルが着弾した頃、貧しい国の多くの重要な施設が次々と駆逐艦から飛翔してきた巡航ミサイルによって完膚なきまで破壊されていった。

同時着弾した巡航ミサイル六十四発。

貧しい国の独裁政権が国家の指揮命令系統及び組織的軍事能力ならび治安維持能力を喪失するのにかかった時間は、わずか数分間だった。


貧しい国で一番の高級ホテルの正面玄関からエリーゼを無理やり後部座席に乗せて、無機質で廃墟な街並みが続く主要道路を走り出した黒塗りの高級車は、突然の閃光と轟音。

視界に広がるいたるところの黒煙の中を孤立して迷走していた。

エリーゼは、助手席に座る背広姿の男性が必死に連絡を取ろうとしてどことも連絡ができない様子を暢気に観察していた。

背広姿の男性は、黒塗りの高級車の無線機や通信機器に応答が返ってこないことにいら立ちを隠さなかった。

「超大国からの攻撃か!」

エリーゼは、その背広姿の男性の叫んだ言葉が普通の人間の判断なのだろうと、背広姿の男性の言葉を聞きながら思った。

背広姿の男性が自分のスマートフォンを取り出すと、どこかに電話ができるか試していた。

その様子を、後部座席でエリーゼを挟むように座る同乗者は固唾を呑んで必死に見つめている。

エリーゼは、後部座席からフロントガラス越しに車窓を見つめた。

ふと、一瞬だけ車内を鏡の反射光のような光が照らす。

その光をサングラス越しに感じたエリーゼは、条件反射のようにシートベルトにしがみついて体を衝撃から守ろうとした。

エリーゼ以外の同席者たちがエリーゼの動きにあっけにとられていたが、すぐに何かが起きると意識が移った瞬間と黒塗りの高級車のタイヤがすべてはじけ飛んだのは同時だった。

黒塗りの高級車は第三者の介入で主要道路の真ん中で強制停車させられた。

その直後、一気に黒塗りの高級車近くに軍用のティルトローター機が強行着陸すると、後部の扉を開き迷彩服を着た完全武装の兵士が一気にタイヤを失った黒塗りの高級車を制圧にかかった。

突撃銃を構えた兵士たちの支援の下、数人の兵士が黒塗りの高級車のドアに何か装置を装着するとドアの鍵がすべて解除される。

ドアを開錠した兵士は黒塗りの高級車のドアを大きく開放すると、エリーゼ以外の人々のシートベルトを工具で切り裂いて無言で車から引きずり出して地面にうつ伏せで押さえつけた。

エリーゼが黒塗りの高級車の中で、シートベルトにしがみついたままぎゅっと目を閉じて待機していると、車外から声をかけられた。

「約束の時間には遅れなかったと思うが?」

その声の主は、昨日エリーゼが貧しい国で一番の高級ホテルの一番セキュリティーが固い部屋から一番最初にスマートフォンで電話をかけた先の男性だった。

「超大国の情報部門の偉い人が、わざわざ北米の快適なオフィスから現場に来たの?」

エリーゼが戸惑いの声のまま話しながらシートベルトからゆっくり手を離すと、情報部門の偉い人はしぐさで車外に出るよう促した。

「君に会えるなら喜んで現場にも来るよ」

どこかこのチャンスを待っていたという気配を隠さない情報部門の偉い人は、エリーゼについてくるよう案内した。

情報部門の偉い人が向かった先には、黒塗りの高級車を制圧した兵士たちを輸送してきた軍用のティルトローター機とは別の機体がすぐ離陸できる状態で着陸していた。

情報部門の偉い人はエリーゼが付いて来ているのを立ち止まって確認すると先に後部の扉から搭乗するよう促した。

エリーゼは、退路を断たれたような形で軍用のティルトローター機に乗り込んだ。


エリーゼが軍用のティルトローター機に搭乗すると、すでにキャビン内は明るい照明で照らされておりキャビンの左右の壁にそって椅子が降ろされていて、機体の正面に向かって右側の壁沿いの椅子の真ん中あたりに一人の先客の女性が座っていた。

エリーゼは、機体の正面に向かって左側の椅子のできるだけ機体後部側の席に座ってシートベルトをしっかり着用した。

まるでわざと先客と距離を取るように。

エリーゼがシートベルトを着用したのを確認した情報部門の偉い人は、先客の女性が座る席の機体後部側の席に並んで座った。

全員の着席とシートベルトの着用をどのような手段で確認したのか不明だが、後部の扉が閉まると軍用のティルトローター機はかなりあわただしく離陸した。

軍用のティルトローター機が離陸した直後、エリーぜは情報部門の偉い人に感謝の言葉を伝えた。

「救助要請に応じてもらえて感謝しているわ」

快適とは言えない騒音と振動が伝わるキャビンの中で情報部門の偉い人は軽く答えた。

「こんなチャンスでもなければ、君には会えないからね」

少し嫌味を含む情報部門の偉い人の言い方に、エリーぜは軽く反撃した。

「私のスマートフォンの位置情報を使えば、すぐに捕捉して会いに来れるじゃない」

「君がどんな手段を使っているのかわからないが、スマートフォンの位置情報が常に南極点で固定されていては探しにも行けないよ」

眼光鋭く情報部門の偉い人は反論した。

「世の中って不可思議なことが多いものね」

エリーぜは、視線を明らかにそらしてとぼけた口調で話す。

そのエリーゼの言動に苛立ったのか、あきらかに語気を強めて先客の女性がエリーゼに問いただした。

「貴女には、我々に隠していることを洗いざらい話してもらうことになる。拒否するようならそれ相応の対応になるだろう」

先客の女性の言葉にエリーぜは情報部門の偉い人に問い返した。

「彼女、私の事をどこまで知っているの?」

情報部門の偉い人はエリーゼにやれやれと答えた。

「私からは話せないことが多くてね。できれば君の口から説明してもらえないかな?」

エリーゼはあきれながらも先客の女性に優しく話し始めた。

「貴女には理解できないかもしれないけど、私は欧州の小さな王国の海軍に軍籍を持つ五つ星保有者なのよ」

そのエリーゼが話す内容を嘘と決めつけたのか先客の女性の視線はとても険しくなった。

その先客の女性の視線の変化を咎めるように情報部門の偉い人は話し始めた。

「納得できないかもしれないが本当の事なんだ。この我々の目の前に座る女性は現代ではほとんどいない現役の海軍元帥なのだよ」

その情報部門の偉い人の言葉に驚いたのか先客の女性は目を見開き固まっていた。

「そして、現代に生き残る数少ない本物の錬金術師だ」

情報部門の偉い人の視線は、あきらかに獲物を追い詰めた狩人の目だった。

「普通の巡航ミサイルをどうやって廃坑になった金山の地中数百メートルに作られた巨大な地下シェルターの中心に打ち込んだのか教えてもらいたいものだ」

その情報部門の偉い人の問いかけにエリーゼは明るく答えた。

「隕石が落ちて貧しい国の地下シェルターが破壊されたのって、世の中って不可思議なことが多いものね」

そのエリーゼの明るく話す言葉に情報部門の偉い人は問いただした。

「本気で隕石が落ちたと言い張るのか?」

エリーゼはさらに明るく話す。

「隕石の一群が降り注いで貧しい国の重要施設が同時に破壊されるなんて、世の中って不可思議なことが多いものね」

情報部門の偉い人は、エリーゼの言動を見極めるように繰り返し問いただした。

「あれだけの巡航ミサイルを撃ち込んでおいて、隕石の落下が原因とする言い訳が通用すると思うのか?」

エリーゼはにっこり笑って話し出した。

「だって、超大国の軍用機が貧しい国に堂々と着陸しているのに、さらに巡航ミサイルで貧しい国が攻撃されていましたとなったら、多くの人はどの国が巡航ミサイルを撃ち込んだと思うかしら?」

先客の女性は、大きく叫んだ。

「我が国を巻き込むためにわざわざ救援要請で呼び寄せたのか!!」

エリーゼは、今度は視線をそらさなかった。

「でも、私を助けに来た。すべてをわかっていて」

エリーゼは、しっかり情報部門の偉い人を見つめて話を続けた。

「それと隕石が落ちた結果となれば、お互いに利益がある話だと思うわよ」

情報部門の偉い人は、自分の予想を確かめるためにエリーゼに聞いた。

「君の話は聞いた。それで世界は納得するのかな?」

エリーぜは静かに答えた。

「私は知り合いも多いから協力するわ。少なくとも貧しい国の倒された独裁政権のために本気で動くところなんてどこにもないわよ」

情報部門の偉い人は、エリーゼの言葉にある程度納得したようだった。

「君が昨日接触していた貧しい国最大の地主の家なら君の嘘も真実に変えてくれるだろう」

その言葉に先客の女性は驚いて情報部門の偉い人の顔を凝視していた。

「貧しい国の国民は、食料と自由を与えてくれる新政権なら何も言わず支持をするだろう。国際社会の多くの国は、あの独裁政権がどんな形であれ消えたのなら歓迎する。一部の天文マニアとソーシャルメディアで騒ぎになるだろうが数日で飽きる」

情報部門の偉い人は、ぞっとするような笑顔をエリーゼに向けた。

「我々は、否定も肯定もしない。何も聞いてもいない。何も見てもいない」

エリーゼも情報部門の偉い人の言葉を聞いてそっと呟いた。

「世の中って不可思議なことが多いものね」

それから、エリーゼは情報部門の偉い人に確認した。

「私は、貧しい国の隣の国の国際空港までの移動をお願いしたけど、どうも違うところに向かっていない?」

情報部門の偉い人は、ここからが本番だとエリーゼに詰め寄った。

「君が先ほど私に聞いた、でも、私を助けに来た。すべてをわかっていての答えだよ。今から行くところは」

「わたしわからなーい」

エリーゼがふざけたしぐさと言い方で話題を変えようとしても情報部門の偉い人は、話題を変えなかった。

「罠だとわかっていて君を助けた理由だよ。君が知っている錬金術のすべてを引き渡してもらおう。知識、道具」

情報部門の偉い人は、強い視線でエリーゼを眺めてから宣告した。

「……もちろん賢者の石もだ」

それでも、エリーゼのふざけたしぐさも言い方も変わらなかった。

「エリーゼわからなーい」

ふざけたしぐさのまま固まるエリーゼを無視するように軍用のティルトローター機は降下を始めたのがキャビンの中でも伝わってきた。

「この飛行機は我が国の強襲揚陸艦に着艦する。君には、そこで様々な医学的な検査を受けてもらうつもりだ」

エリーぜは、ふざけたしぐさから真面目に姿勢を正すとため息をついた。

「ずいぶん強引ね」

エリーゼのつぶやきに情報部門の偉い人は、笑い声を小さく漏らした。

「とうぜんだろう。本物の錬金術が手に入るんだ。無理もするさ」

軍用のティルトローター機が強襲揚陸艦に着艦した振動がキャビン全体を揺らした。

すぐに軍用のティルトローター機のプロペラが完全に停止して後部の扉が開くと、強襲揚陸艦の甲板には完全武装した海兵隊員が厳重に軍用のティルトローター機を包囲していた。

「貴方のエスコートを断ったら、甲板で待機している海兵隊員がエスコートしてくれるのかしら?」

シートベルトをはずして、キャビン内で立ち上がったエリーゼは強襲揚陸艦の甲板を眺めた後に情報部門の偉い人に問いかけながら見下ろした。

すぐに、情報部門の偉い人と先客の女性もシートベルトをはずしてキャビン内で立ち上がりエリーゼを囲むように相対した。

「私のエスコートを断ってほしくないものだ」

自信満々に話す情報部門の偉い人に向けてエリーゼは微笑んだ。

それからエリーゼは簡潔に伝えた。

「一つ良いことを教えるわ。錬金術って存在しないのよ」

そのエリーゼが話し終えた直後にエリーゼのすべてが黄金色に光り輝く。

その圧倒的な状況に、エリーゼを見ていた人々は何もできなかった。

黄金色に輝くエリーゼが一気に砂像が崩れるように崩れ落ちた。

軍用のティルトローター機のキャビンから甲板に零れ落ちる大量の砂金が流れる音だけが、この理解不能な状況の中で現実を伝えていた。


「何が錬金術は存在しないだ!!」

「こんなものを見せつけられて錬金術が存在しないなどありえるか!!!」

強襲揚陸艦の上に着艦した軍用のティルトローター機のキャビンから轟く情報部門の偉い人の怒声は、軍用のティルトローター機のはるか上で旋回するエリーゼが錬金術で作った青い鳥の所にも届いていた。


「私の偽物をつかまされた程度で、あんなに怒らなくてもいいのに……」

エリーゼは、すでに帰国して欧州の小さな王国の外務省事務次官室の椅子に座って紙の帳簿をチェックしながらつぶやいていた。

「エリーゼ。どうしたの?」

エリーゼが外務省事務次官室で仕事をしていると聞いた栗毛の少年は、エリーゼのもとに遊びに来ていた。

ソファーに座りながら話す栗毛の少年の質問にエリーゼは簡単に答えた。

「大西洋の海の上で、私の事を大声で話している人を観察していたのです」

栗毛の少年は錬金術でエリーゼが何かしているのだろうと予想した。

「エリーゼも大変だね」

栗毛の少年の言葉にエリーゼはうるうると目元に涙をためながら答えた。

「私の苦労を理解できるのは王子様だけです!」

栗毛の少年はてれながら話題を変えた。

「エリーゼは外務省でも出世したの?」

エリーゼは淡々と答えた。

「いいえ。事務次官が記憶喪失になったので紙の帳簿のチェックをしているだけです」

栗毛の少年はもう一つ質問した。

「エリーゼは、貧しい国に出張に行って何をしてきたの?」

エリーゼは、帳簿のチェックを中断してぽつんとつぶやいた。

「欲望のために、私の大切な部下を犠牲にした……」

それだけ話すと、エリーゼはわざと明るい口調で話し出した。

「王子様のような表の世界を生きていく方には知らなくてもよい事です」

栗毛の少年は、いきなり口調が変わって驚いていた。

「私のような生き方だけは真似しないでくださいね」

その言葉は、エリーゼの切実な願いだった。

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ヒロインもの(仮) ミルティア @sapphire5

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