第10話 晴れ時々隕石が降る日 後編

熱帯雨林の中の支流を縦横無尽にエアボートで逃げながら独裁政権が監視に使うドローンから逃げることに成功したエリーゼと派手なシャツの男性は、派手なシャツの男性が用意していた四輪駆動のオフロードに強い車に乗り換え貧しい国で一番の高級ホテルに向かった。


かろうじて舗装された路面が残っている道路を走る車内は、助手席でリラックスしているエリーゼと無駄にガチガチに緊張している派手なシャツの男性と言うアンバランスな状況になっていた。

「リラックスしなさいよ。私が独り言をつぶやいただけなんだから」

のんきにサングラス越しに車窓の草原を眺めているエリーゼに、派手なシャツの男性はかなり大きめな声で抗議した。

「エアボートから四駆の車に乗り換えて、車の冷房が効きだすかどうかの合間に、いきなりあんな話されたら動揺するだろう!!」

エリーゼは、草原で牛が放牧されているのを眺めながら牛の数を声で出しながら数えていた。

「国の最高権力者が変わるだけよ。もっとおおらかになったら?」

エリーゼは、明日の朝ご飯のメニューが決まった程度の感覚で話す。

「……普通は、もっとまじめに話す内容だろう!」

派手なシャツの男性の指摘にエリーゼは軽く答える。

「長生きしているといろいろあるのよ。別に不真面目に話していないわ」

それからエリーゼは、視線を車窓から派手なシャツの男性に向けた。

「貴方がどんな判断をして行動しても私は実行するわ。その結果この貧しい国が無政府状態になってもね」

派手なシャツの男性は、車の冷房を一番強くした。

それでも、全身流れてくる冷や汗は止まらなかった。

エリーゼは、何も言わず少しだけ助手席側の窓を開けた。

「貴方は賢いもの。正しい判断と行動を選択すると期待しているから」

視線を再び車窓に移したエリーゼの呟きを、派手なシャツの男性はただ聞くしかできなかった。


エリーゼを貧しい国で一番の高級ホテルに降ろした派手なシャツの男性は、とんぼがえりで自宅に向かった。

エリーゼが独り言で呟いた内容の結果で貧しい国が無政府状態にさせないための準備に備えて。

だが、その準備時間はエリーゼの呟きが正しければ、ほとんど残されていなかった。


貧しい国で一番の高級ホテルにチェックインしたエリーゼは、貧しい国で一番の高級ホテルの一番セキュリティーが固い部屋に向かった。

時間は予定より早かったが、エリーゼが予約の手配を依頼した家令の手配は完璧だった。

チップを払い、手荷物を室内に置いてもらってからエリーゼ一人になると、サングラスを外してから、いつもののように霊符の束から右手の人差し指で魔力を込めて書き込んだ一枚目の霊符を天井に投げた。

霊符が天井付近で室内に溶けるように消えると、エリーゼはようやく緊張を解いた。

「錬金術で盗撮や盗聴を防止しているのは、世界でも私だけでしょうね……」

エリーゼは呟くと、霊符の束に魔力を込めて書き込んだ霊符を何枚も天井付近に投げる。

その投げられた霊符は、何羽もの青い鳥の姿に変わると窓ガラスをすり抜けて四方八方に大空を飛んで行った。

エリーゼは霊符を片付けてからスマートフォンで電話をかける。

内心、貧しい国の後始末に巻き込むことを詫びながら。

電話をかけた先の男性は、エリーゼからの電話を歓待した。

電話を終えると、手荷物の鞄からテーブルいっぱいに衛星写真から地図に数字が羅列した紙を広げると、万年筆でさらさらと書き込んでいく。

最後に暗算してからもう一度スマートフォンで電話をかけた。

この電話をかけた先は、エリーゼにとってなじみがある先だった。

電話で最終的な打ち合わせを終わらせてから書類を片付けると、藤で作られた座椅子に座ってエリーゼは深呼吸する。

再び霊符の束を取り出すと右手の人差し指で魔力を込めて書き込んだ何枚もの霊符をそっと天井に向けて投げる。

霊符が淡く光りながらエリーゼの周りをゆっくりと時計回りに回り始める。

霊符の効果で疲労の回復と体や衣服や持ち物の洗浄と浄化。

空腹や渇きすらも霊符の力で解決する。

最後に、身辺の護衛用に霊符の束から数枚の霊符を取り出して使う。

エリーゼは、すべての準備が終わったか思考の海で確認しながら座椅子に座ったまま深い睡眠に入った。


エリーゼが目覚めると、すでに朝日が貧しい国で一番の高級ホテルの一番セキュリティーが固い部屋に満ちていた。

エリーゼが特注した女性用の機械式腕時計で時間を確認すると朝食にはやや早い時間だった。

錬金術を多用しても、エリーゼの体にたまった疲労の感覚は抜けなかった。

霊符をこれほど使うのは何年ぶりだろうと考えながら、霊符の束を取り出す。

霊符の枚数を数え十分な枚数が残っているのを確認した。

ほっと一息ついてから、さすがに霊符で空腹と渇きを連続で解決するのも気が重いので、手荷物の鞄から欧州の小さな王国の海兵隊で配給されているレーションを取り出すと手に持って栄養成分表示を見つめた。

「さすがに行軍するわけでもないのにレーションは……」

エリーゼは、手荷物の鞄にレーションを戻してから霊符で空腹と渇きを解決した。

それでも満たされない心の食事の欲求には、霊符で作ったかき氷でごまかすことにした。

それからエリーゼは、手荷物からオーダーメイドしたハイブランドの軽装の服をいくつか取り出すとベットの上に無造作に並べた。


シニヨンで髪をまとめたエリーゼが、朝食を霊符で終わらせ軽装の服に着替えを済ませてから、朝の散歩にホテルの正面玄関から堂々と出ると、貧しい国唯一の国際空港で待ち構えていた背広姿の男性のほかに数十人の背広やスーツを着た男女の集団が、ホテル前の車寄せに駐車していた何台もの黒塗りの高級車から降りてきてエリーゼを取り囲んだ。

「私は、普通の公務員だから有名人と違ってサインなんてしないわよ」

赤道近くの紫外線から目を保護するサングラスをかけながら、エリーゼはわざと軽口をたたく。

背広姿の男性は慇懃無礼に答えた。

「昨日は空港まで、私が迎えに行っていたのですが?」

背広姿の男性を見て、エリーゼは人の失敗を探すのが好きそうだと感じた。

「それは良かった。昨日は、貴方に拷問されている被害者がいなかったということですもの」

エリーゼは、嬉しそうに話しながら虫よけの薬剤を全身に振りかけて、明らかな挑発をした。

「……密入国をしてきたくせに偉そうな」

背広姿の男性の絞り出すように話す怨嗟の声に、エリーゼは日傘を広げながらのんびりと話す。

「私、忙しいのよ。朝の散歩の邪魔になるから目の前から消えてくれない?」

背広姿の男性は、そのエリーゼの言葉を待っていたように切り出した。

「今から、我々について来てもらおう」

冷酷な態度で宣告する背広姿の男性に、エリーゼはあきれたとばかりに言う。

「外交特権って知ってる?」

エリーゼの言葉を背広姿の男性は否定した。

「密入国してきて正規の手続きをしていないのに外交特権があると思っているのか?」

背広姿の男性の言葉を、エリーゼは否定した。

「独裁政権が誕生する前に手続きしておいたのよ。国民監視にリソース使う前に公文書をきちんと管理したら?」

エリーゼの憐れんで話す話し方は、人を怒らせるのに効果的だった。

背広姿の男性が周りに合図するとエリーゼの背中に固い包みたいものが押し当てられた。

それから、スーツを着た若い女性がエリーゼの全身をボディチェックしていく。

ボディチェックを終えたスーツを着た若い女性は、背広姿の男性にしぐさで武器を持っていないと伝えた。

「ご同行願おう。……もちろん君に拒否権などないが」

背広姿の男性の命令に、エリーゼはいやいや従っているふりをした。


エリーゼが貧しい国で身柄を拘束されている頃、欧州から大西洋を一気に赤道付近まで南下した欧州にある小さな王国の駆逐艦はあわただしい朝を迎えていた。

最大戦速で大西洋を駆け抜ける駆逐艦から六十四発もの巡航ミサイルを、貧しい国に向けて飛翔させるための準備で。

エリーゼが指示する標的を正確に入力された巡航ミサイルは、発射に伴うけたたましい警報音を切り裂いて、次々と晴天の空の中に向けて駆逐艦から飛び出していった。

貧しい国の独裁政権にとって重要な施設を完膚なきまで破壊するために。


巡航ミサイルが監視網に引っかからないように海面ぎりぎりを音速に近い速度で飛翔していく中、貧しい国の地下シェルターの中の華美な部屋に隠れている老齢の独裁者に来訪者が無断で訪れていた。

その無断で訪れている来訪者の姿は、エリーゼが見たらすぐに叫んでいただろう。

ストーカー悪魔と。

「本来、君のような小物が私のような大物には会えないのだが」

古めかしいが贅沢な作りとわかるファッションでまとめた細身の髪が綺麗な若い男性は、微笑みながら貧しい国の老齢の独裁者と相対していながら独り言のように話していた。

「私のエリーゼが、君をどうするのか直接見たくてね。わざわざ来たというわけさ」

ストーカー悪魔が優美に話すその姿は、どこか演技をしているようだった。

「何を言っている。ここにはどうやって侵入した?」

修羅場を何度も経験した老齢の独裁者は、この異常事態にも動揺していなかった。

「地下は、私にとって天国でね。とても快適に歩いてきたよ」

ストーカー悪魔は、当たり前のことを聞くなと態度で表した。

「機械で守られた穴蔵で怯えて暮らす人生は楽しかったかな?」

ストーカー悪魔は続けて話した。

「すぐに警備のものが来る」

多くの人々を恐怖で震えさせてきた老齢の独裁者の言葉は、ストーカー悪魔には通用しなかった。

「警備とは、あの傭兵たちか。金で忠誠を買えると思っているとは……」

「君は、さぞかし天使が悲しむ生き方をしてきたようだね」

「私にとっては、どうでも良いことだが」

続けて話すストーカー悪魔に、老齢の独裁者はいら立ちを隠せなくなっていた。

「傭兵たちなら来ないよ。先に生きたまま地獄に連れて行ったからね」

老齢の独裁者は、目の前の細身の髪が綺麗な若い男性が何を言っているのかわからなかった。

「さて、時間のようだ。エリーゼもあまり面白くない方法を使ったものだ」

ストーカー悪魔は、ボディランゲージでやれやれと示した。

「今度エリーゼに会ったら、きちんと注意しておこう。もっと面白い方法を選ぶようにと」

ストーカー悪魔がそれだけ話すと、ふっと消えた。

その直後、廃坑になった金山の穴の奥。

地中数百メートルに作られた巨大な地下シェルターの中心に、硬い岩盤などものともせずに巡航ミサイルが着弾した。

ありえない地下シェルターの中心に着弾した巡航ミサイルによって、貧しい国の地下シェルターは完膚なきまで破壊された。

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