第9話 晴れ時々隕石が降る日 中編

貧しい国唯一の国際空港で背広姿の男性と兵士や警官たちが待ちぼうけを食らっていた時、エリーゼは貧しい国の隣の国の国際空港に私費で手配したプライベートジェットで乗り込んでいた。

そこからさらに大型ヘリコプターを手配して貧しい国の国境近くまで移動した。

エリーゼが大型ヘリコプターを手配して向かった先は、国境線代わりとして機能している大きめな流れが緩やかな川沿い。

衛星写真からは確認できるが地図には載っていない町。

熱帯雨林が切り開かれた赤茶けたドロドロと乾燥してひび割れた地面がアンバランスにまじりあう地面の上にいくつものあばら家と掘っ立て小屋が立ち並び武装した非合法な組織がコントロールしている地域と町。

悪臭と非合法な香りでくすぶる町の片隅で、エリーゼは昔からの友人と再会していた。

「相変わらず美人だな!!」

エリーゼに熱くハグとチークキスをする派手なシャツを着る大柄の中年の男性にエリーゼは軽くハグとチークキスを返した。

「貴方こそ相変わらずね」

いつものハイブランドの服でも動きやすい服装で統一して、サングラスと日傘に日焼け止めと虫よけで赤道近くの紫外線と危険な蚊などから自衛しているエリーゼがほほ笑んでいた。

「こんな街にヘリコプターで乗り付けてくるなんて、危険なこと良くできたな」

派手なシャツの男性が着陸している大型ヘリコプターを眺める。

その大型ヘリコプターを護衛する武装した警備員たちは、この非合法な組織がコントロールしている地域と町を巡回している武装した男性達が素人以下に見えるほどの装備と警戒する姿が明らかなプロフェッショナルな傭兵の雰囲気を醸し出していた。

エリーゼは派手なシャツの男性の問いかけにやわらかく答えた。

「プライベートジェットやヘリコプターの燃料をカーボンフリーの燃料で手配したりは私でもなんとかできるけど、ここでの安全の保障は貴方でなければ実現しなかったわ。ありがとう」

そのエリーゼの言葉に派手なシャツの男性は、はにかんで視線を泳がせた。

「私の荷物はどこに運べばいいのかしら?」

エリーゼの質問に派手なシャツの男性は簡潔に答えた。

「俺が操船してきたエアボートに載せてくれ。さすがに限度ってものがあるが手荷物ぐらいなら軽く乗るはずだ」

エリーゼが手荷物が三つだと伝えて、派手なシャツの男性と共に大型ヘリコプターの関係者から荷物を受け取り大型ヘリコプターから離れると、武装した警備員を収容した大型ヘリコプターは派手な砂塵をまき散らしながらもと来た空路をたどって帰るために離陸した。

エリーゼが日傘をさしながら手荷物を一つ。

エリーゼの手荷物を二つ運んでいる派手なシャツの男性とエリーゼが何気ない話をしながら向かった先には、湿地帯で観光によく使われている小型のエアボートが一隻川沿いの草むらに乗り上げていた。

その小型のエアボート近くには、小型のエアボートの警備にかかわっているのか数人の武装した男たちが雑談をしながらだらしなく立っていた。

派手なシャツの男性がその武装した男たちに声をかけると、武装した男たちは軽い挨拶を派手なシャツの男性にしてから立ち去って行った。

派手なシャツの男性は、小型のエアボートにエリーゼの手荷物を載せるとエリーゼにも手荷物を載せ乗船するように促した。

「今の人たちは信用できるの?」

手荷物をエアボートに載せながら聞くエリーゼの問いに、派手なシャツの男性はそっけなく答えた。

「大丈夫だろう。今の俺を裏切って何もメリットはないはずだから」

エリーゼは、その答えに一抹の不安を感じながら、日傘を片付けてからエアボートの助手席に乗り込むと、髪の毛がエアボートのプロペラに巻き込まれないように、いくつもの髪留め用のゴムひもを使い綺麗なトウヘッドの髪の毛で作られたシニヨンの髪型をしっかり補強した。

その手慣れた様子を派手なシャツの男性は楽しげに見ていた。

「私のうなじをにやにやしながら見ていたって奥様に伝えるわよ?」

そのエリーゼの声に、ばつが悪そうに派手なシャツの男性は視線をそらしていた。

派手なシャツの男性がエアボートの運転席に座ると慣れた手つきで推進用のプロペラに直結しているモーターのスイッチを入れた。

プロペラの甲高い回転音が辺り一面に轟くと、エアボートはゆっくりと前に動き始めた。

川沿いの草むらを押し倒しながらエアボートが半回転すると、プラぺらの音がさらに大きくなって、大きめな流れが緩やかな川に向けてエアボートは加速する。

ジャングルの海をかき分けて目的地につながる支流に向けてエアボートは駆け出した。


エアボートが進む支流はジャングルの熱帯雨林が覆いつくしていた。

「この支流は、雨季の間しか水面が上がらないんだ。乾季が始まったからあと数週間もしないうちにエアボートでは通れなくなる」

派手なシャツの男性の説明をエリーゼは静かに聞いていた。

「何しろ、道路はまともに補修もしてないから四輪駆動のオフロードに強い車でも、この辺りでは使い物にならない。エアボートなら半日で行ける距離が車だと三日はかかる」

「三日も?」

エリーゼの疑問に、派手なシャツの男性は大きな声で答えた。

「三日だ。しかも、政府軍の奴ら密輸の防止だとか言って地雷をばらまいたから、乾季の間は行き来すらできなくなった孤立地帯もいくつかできてる」

「その乾季に孤立した地帯はどうなってるの?」

「政府軍が時折ヘリコプターで物資をばらまいているよ。それで反政府勢力を追い込んでるのさ」

「反政府勢力に協力したら物資の補給が止まるって、兵糧攻めね」

エリーゼの言葉に、派手なシャツの男性は沈黙で答えた。

熱帯雨林に覆われた支流の中をエアボートが右に左にと進むと、いきなり開けた場所に出た。

エアボートは、すぐに取り舵に進路を向けると、派手なシャツの男性はエリーゼにお願いした。

「すまないが、エリーゼの足元にバッグがあると思うが、そこからたばこを二箱取り出してくれないか?」

エリーゼが足元に視線を向けると、草色のくたびれた布製のショルダーバッグが一つ置かれていた。

エリーゼは、ショルダーバッグにいくつも放り込まれている新品の煙草の箱の中から二つ取り出すと、派手なシャツの男性に煙草の箱を見せた。

「貴方、タバコを吸うようになったの?」

エリーゼの失望を含んだ問いかけに、派手なシャツの男性はハッキリと答える。

「俺はタバコを吸わん。ただ、この貧しい国ではタバコが無ければ生きていけないんだ」

エリーゼが何か言いかけた時、派手なシャツの男性はエアボートのプロペラの回転を一気に落として漂流しない程度に推力を落とした。

派手なシャツの男性は、前方の一点を凝視していた。

エリーゼも派手なシャツの男性が凝視している一点に視線を向けると一隻の小型のボートがエンジンの不調を示す黒煙を吐き出しながらエアボートの方に向かってきていた。

エリーゼは、これから起きることを黙って見守ることにした。


エアボートの近くに小型のボートが来て停船すると、その小型のボートの異様さが際立った。

貧しい国の国旗が船尾に棚引いているが、小型のボートに乗っている兵士たちはまともに軍服を着ずタバコだけではない何かの紫煙を楽しんでいるようにエリーゼには見えた。

「これから美人のお姉ちゃんとお楽しみですか?」

「俺たちにも味合わせてくださいよ」

「旦那も隅に置けないね。昼日中からとは!」

小型のボートに乗っている兵士たちがアルコール飲料を飲みながら話す内容が、なにより下品だった。

「あまり大声で言わないでくれ。ワイフに知られたらワニの餌にされちまうよ」

派手なシャツの男性は、兵士たちの下品な言葉にあわせたおどけで答える。

兵士たちは下品に笑って、派手なシャツの男性の言葉をからかっていた。

「今日は、これで通してくれないか?」

エリーゼが持つ二つの煙草の箱を派手なシャツの男性が受け取るとポンと兵士が乗る小型のボートに放り込んだ。

兵士たちは競うように小型のボートに転がった二つの煙草を奪い合う。

「急いでるので先に行くよ」

派手なシャツの男性は、まだ煙草の箱を奪い合っている小型のボートの兵士たちに声をかけてからエアボートのプロペラの回転数をあげ発進した。


兵士を乗せた小型のボートが見えなくなるほど離れてから派手なシャツの男性は、大きく息を吐いた。

「大丈夫?」

エリーゼの心配する声に力なく派手なシャツの男性は答えた。

「……エリーゼが知ってる権力は、もう俺の家にはない。この貧しい国最大の地主の成れの果てが今の姿だよ」

エリーゼは黙って聞いていた。

「煙草をわいろとして配らなきゃ国内すら満足に移動もできないんだ。昔なら、俺の家の名前だけで、何でもできたそうだが……」

エリーゼは、エアボートの周りを見渡しながら話しだす。

「今だって、この貧しい国最大の反政府勢力の影のスポンサーなんだから……。もっと自信を持ったら?」

そのエリーゼの言葉に、派手なシャツの男性は目を大きく見開きエリーゼを睨みつけた。

「私は、世界が二回目の大戦中の時から貴方の家とは接触しているのよ。つまり貴方が生まれる前から」

エリーゼは、派手なシャツの男性に視線を合わせず呟くように話す。

「確かに、貴方の家の力が全盛期ほどは無いかもしれない。でも、今の独裁政権の後釜くらいはまだできるでしょ?」

今度は、エリーゼはまっすぐ派手なシャツの男性を見つめながら話した。

「私が連絡してきた意味、貴方も分かっていたのでしょ?」

エリーゼの話す内容に、派手なシャツの男性は狼狽しながら答える。

「確かに、独裁政権が自滅した時に備えて準備はしている!」

緊張した気持ちを隠さずに、派手なシャツの男性は話を続けた。

「だが、今すぐは無理だ!」

エリーゼは、なぜと問うた。

「独裁政権は、外国からの援助で最新式のAIを使った監視カメラとドローンで国民の行動を監視している。メディアやネットに電話と郵便の検閲で情報も連絡手段も統制中だ。今では、圧倒的に反政府勢力の力を上回っている!」

エリーゼは、さらに派手なシャツの男性の話を促した。

「そもそも独裁政権の中枢は首都にはない!」

エリーゼは、派手なシャツの男性の話を聞きながら視線を周囲に巡らせた。

「今は、廃坑になった金山の穴の奥。山の地中数百メートルの地下に巨大な地下シェルターを建設して中に隠れているんだ!」

エリーゼは、話を聞いていると簡潔に伝え派手なシャツの男性の話をさらに促す。

「あの独裁政権の中枢が地下のシェルターにあるかぎり反政府勢力の勝利などない!」

エリーゼは、淡々と話し出した。

「山の地中数百メートルの地下シェルターだと、普通の方法だと換気用の穴に水でも注ぎこむか工作員を送り込むか電力や通信手段の寸断とか定番だろうけど、貴方の顔を見る限り全部失敗したようね」

派手なシャツの男性は、必死に感情の決壊に耐えているようだった。

「超大国の地下施設を破壊する特別な武器でも、おそらく独裁政権は対策をしてあるだろうから破壊は難しそうね」

エリーゼは、警戒するように後ろを振り向きながら、自らの予想を話す。

「でも、私は普通じゃないのよ」

エリーゼの声は、力が込められていた。

「世界でも数少ない本物の錬金術師の一人なのだから」

その声は、明らかにエリーゼのプライドが込められていた。

派手なシャツの男性が思わずエリーゼを見つめると、エリーゼが叫んだ。

「今は逃げましょう!」

派手なシャツの男性は、エリーゼが何を言い出したかわからなかった。

「あの兵士が乗ってたボート。ドローンを呼び寄せたみたい!」

後を振り向いているエリーゼが小さく指さす方向。

青い南国の空に不釣り合いな無機質なドローンがまっすぐエアボートに向かってきているのが見えた。

「しっかりつかまっていろ!」

派手なシャツの男性は大きく叫ぶ。

バッテリーの消耗に注意して巡航速度で走っていたエアボートが最高速度で逃げ出すのに時間はかからなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る