第7話 一流と三流と一流の一流と 後編

床に飲み込まれたエリーゼと栗毛の少年は、気が付いたら漆黒の闇の中に倒れこんでいた。

エリーゼは仰向けになると、左手にしっかり掴んでた霊符の束の一枚目に右手の人差し指で素早く魔力を込めて書き込むとそっと上に放り投げた。

霊符は、すぐに青く光る一羽の手のひらほどの大きさの鳥の姿に変わる。

その鳥が発光する光で辺りが照らされた。

その灯りに照らされたのは、ゴシック建築の荘厳な雰囲気が支配する長大な廊下だった。

「王子様。大丈夫ですか?」

エリーゼはすぐに倒れている栗毛の少年に寄り添い囁き声で話しかけた。

そのエリーゼの声に、栗毛の少年はゆっくりと目を覚ました。

「エリーゼ……。ここはどこ?」

「先ほど話していた昔話の廊下にそっくりと言いますか……。そのものですね……」

エリーゼは注意深く周りを見回すとため息をついた。

それから霊符の束に次々と人差し指で魔力を込めて霊符に書き込むと、霊符を何枚も放り投げる。

放り投げられた霊符は、次々に青く光る一羽の手のひらほどの大きさの鳥の姿に変わる。

その青く光る鳥たちは一羽一羽方々に散らばった。

青く光る鳥たちの光で、視界に残る暗闇が次々と消えていく。

「これだけ鳥たちを広く配置すれば不意打ちは避けられるでしょう」

エリーゼは、さりげなく右手を腰に当てながら呟いた。

「コートも銃もないと不安ですね」

栗毛の少年はエリーゼの呟きに不思議に思った。

「錬金術でかっこいい戦い方とかないの?」

栗毛の少年は、率直に思った疑問をエリーゼに質問した。

「錬金術のすべてを知っているわけではないので断言はできませんが、私が知る限りの情報で説明すると、錬金術でかっこいい戦い方は無理だと思いますよ」

エリーゼの答えに栗毛の少年の表情は明らかに失望を表していた。

「錬金術にいったい何を期待していたのですか?」

エリーゼの困惑した表情と声に栗毛の少年はため息交じりに答える。

「エリーゼのかっこいいところ期待していたのに」

「私のかっこ悪いところなら、いつでも見ているじゃないですか」

「エリーゼが怒られているところや謝っているところや陰で馬鹿にされているところは見たくないよ……」

その栗毛の少年のため息交じりに答える内容に、エリーゼは苦笑してから真剣な表情になる。

「今はここを脱出しましょう。私が王子様をもとの部屋に転送します」

エリーゼは左手に握っている霊符の束の一枚目に右手の人差し指で魔力を込めながらさらさらと書く。

その書き込まれた一枚目の霊符が淡く光りだす。

エリーゼは淡く光る霊符を栗毛の少年に握らせた。

「私も後から戻ります」

栗毛の少年は、そのエリーゼの言葉に驚きながらも、優しく微笑むエリーゼの顔を見つめながら、このゴシック建築の荘厳な雰囲気が支配する長大な廊下の世界から蜃気楼のように消えた。

栗毛の少年をもとの部屋に送り返したエリーゼに不快な声が届いた。

「送り返してよかったのか?」

それはエリーゼの部屋に現れた陽炎の声だった。

エリーゼは淡々と尋ねた。

「どうして?」

陽炎の声はあざ笑うように聞こえた。

「三流の盾代わりにできたのに」

エリーゼは、感情的に答えた。

「私は、挑発されるのは嫌いなのよ」

エリーゼの声に答えるように陽炎が現れる。

陽炎は、エリーゼが栗毛の少年に話していた昔話に登場していた大柄な男性の姿に変わった。

「……お前のような三流が、あのお方に気に入られているのが理解できん」

エリーゼは鼻で笑った。

「あのお方って誰?」

大柄な男性は、エリーゼを嫉妬にまみれた表情で睨みつけた。

「三流ごときが一流の我に尋ねるなど、不敬だぞ!」

「我に跪いて許しを請うべきなのだ!」

続けて話す大柄な男性に、エリーゼは腹を抱えて大笑いした。

「悪魔を使役するとかほざいて、その悪魔に生きたまま地獄に連れていかれたのが一流なんて、久しぶりに心から笑えるわ!」

そのエリーゼの態度に、大柄な男性は顔を真っ赤にさせて激高した。

「……逃げてばかりの三流がほざくな!!」

エリーゼは涼やかな顔で問い返した。

「それで、その三流をここに連れてきてどんな要件なのかしら?」

その問いかけに大柄な男性は、苛立ちながら答えた。

「あのお方が三流を連れて来いというのだ。……三流を近くに置きたいそうだ」

エリーゼは吐き捨てるように言い返した。

「私は、絶対に嫌よ」

そのエリーゼの答えに、大柄な男性は目を見開き驚きの声で怒鳴りつけた。

「あのお方の傍に居られるなど、我が望んでも叶えられない僥倖なのだぞ!!」

エリーゼは煩げな表情で呟いた。

「知らないわよ。そんなこと……」

それから、エリーゼは素早く霊符の束に魔力を込めて書き込むと大柄な男性に向けて霊符を一枚投げつけた。

だが、霊符が大柄な男性に接触する寸前に霊符は弾け飛んだ。

「前にも言ったはずだ。それは錬金術ではないと!」

大柄な男性の怒鳴り声の言葉にエリーゼは静かに反論した。

「これ私の師匠直伝の錬金術なのよ。貴方と違って私の師匠は一流の一流の錬金術師なのよ」

エリーゼは続けて霊符を何枚も大柄な男性に投げつける。

だが、どの霊符も大柄な男性に接触する寸前に霊符は弾け飛んだ。

「三流の師匠は、三流ということだ」

エリーゼの霊符が効果ないと判断した大柄な男性は、愉快そうに笑いながらエリーゼに向けて歩き出した。

「私の悪口は我慢するが、師匠の悪口を言うな!!」

エリーゼは、エリーゼに珍しい感情的な言葉で激しく抗議すると、大柄な男性に背中を向けて廊下の奥に走り出した。

「三流、どこに逃げるんだ?」

大柄な男性が嘲りを含んだ問いかけでエリーゼをゆっくりと追いかけ始めた。

エリーゼは、ゴシック建築の荘厳な雰囲気が支配する長大な廊下の構造を思い出そうとしていた。

ただの一本道。

この廊下の奥には、エリーゼの記憶通りなら召喚に使われた部屋があるはずだった。

エリーゼは、召喚に使われた部屋に追い立てられているのを感じた。

それでも、エリーゼには大柄な男性の思惑通りに召喚に使われた部屋に逃げ込むしか選択肢がなかった。

大柄な男性の嬉しそうな気配と笑い声。

エリーゼを侮辱する言葉が、廊下に反響していた。

冷静な判断ができないようにと、エリーゼには挑発と恐怖を与えようとしているように感じた。

エリーゼは、できるだけ大柄な男性に冷静に分析して行動しているのを悟られないよう慌てながら召喚に使われた部屋に追い込まれたような態度を維持した。

召喚に使われた部屋のドアの取っ手を掴むとゆっくりとドアを開けた。

ドアは、軋む音を一つも立てずにエリーゼを召喚に使われた部屋に案内した。

エリーゼは素早く霊符の束に右手の人差し指で魔力を込めて書き込むと一枚放り投げる。

霊符は、青く光る一羽の手のひらほどの大きさの鳥の姿に変わると召喚に使われた部屋に飛び立った。

霊符が作る青く光る鳥の明かりで照らされた室内は、家具も何もないただの部屋だった。

床に敷き詰められた敷物はなく無垢材のむき出しの床が部屋の雰囲気を現実に引き戻していた。

その無垢材の上をエリーゼは慎重に召喚に使われた部屋の中心に向けて歩き出した。

一歩一歩歩くたびに無垢材のきしむ音が足元から囁く。

エリーゼには、その足元から囁く音が大きく聞こえた。

召喚に使われた部屋の中心にエリーゼが到達すると、お約束のように悲鳴のような音を立てながら召喚に使われた部屋のドアが勢いよく閉まった。

「わざわざ三流から生贄を捕らえる魔法円の中に入るとは……。三流にはこの部屋の意味が理解できなかったようだ」

尊大に話す大柄な男性の言葉にエリーゼは軽口をたたく。

「あまりにも雑すぎて魔法円なんか見えなかったわ」

エリーゼの軽口に大柄な男性は、侮蔑の表情で返答した。

「実力のなさをごまかすものではない。三流は三流らしく一流の我の餌となればよいのだ」

大柄な男性はそれだけ告げると、エリーゼに一気に駆け寄るとエリーゼの両肩を正面からがっしり掴んだ。

「これで我はあの方に認められる……。あの方の知恵に触れることが許されるのだ!!」

大柄な男性の絶叫に近い声に、エリーゼは迷惑そうな顔をしながら呟いた。

「大声は鼓膜に良くないのに。勝手に触れるのもお断りだわ……」

そのエリーゼの声は、大柄な男性に聞こえている様子はなかった。

ただ、狂喜乱舞と表現するしかない大柄な男性の姿しかなかった。

エリーゼは、その狂喜乱舞する大柄な男性を無視して無表情で話し出した。

「地獄の最下層で永遠に凍結していなさい」

エリーゼの姿がぶれると、一気に何枚もの霊符が召喚に使われた部屋の中を竜巻に巻き上げられたように激しく舞う。

大柄な男性は、自らが氷の塊に閉じ込められて凍結したことを認識する間もなく活動を停止した。

召喚に使われた部屋の中心で、激しく舞う霊符がそよ風で舞う花びらのような優しい動きに変わってひらひらと舞い落ちた。

霊符がひらひらと舞い落ちる中で、人より大きな氷の塊は鈍い音を立てて転倒した。

「私が投げつけていた霊符の効果は効いたでしょう。それにしても一流の一流の師匠に教えられた弟子が三流なわけないじゃない」

エリーゼは、小さく呟くと左手の霊符の束から一枚取り出すと右手の人差し指で魔力を込めてさらさらと書き込む。

その魔力を込めて書き込まれた霊符を大柄な男性が閉じ込められた氷の塊に貼りつけると氷の塊は静かに召喚に使われた部屋から泡がはじけるように消えた。

それからエリーゼは、霊符が作り出した鳥と舞い落ちた霊符を片付けてからもう一枚霊符を使って栗毛の少年が待つ部屋に戻った。


エリーゼが元の部屋に戻ると、栗毛の少年が侍女たちに慰められながら大泣きしていた。

完全武装の近衛の兵士や内務省の職員が厳重に警備する部屋の中に、突然現れたエリーゼは完全武装の兵士や職員に銃口を向けられたが、身元確認の機器の生体認証機能でエリーゼ本人と確認がなされるとすぐに銃口を下げた。

栗毛の少年は、エリーゼの姿を確認してからさらに大きな声で泣き出した。

エリーゼは、警備担当の責任者と情報を交換してから許可を取り栗毛の少年を慰めている侍女たちに断りを入れてから栗毛の少年に微笑みながら優しく声をかけた。

「王子様。無事に帰ってきましたよ」

エリーゼは、栗毛の少年に心の傷が残らないよう栗毛の少年のカウンセリングの予定をどうするかなど考えながら、侍女たちとの打ち合わせの予定と今回の件の報告書の書き出しを考え始めていた。

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