並行世界の近未来的な世界観らしきもの編
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第4話 地獄の入り口で天使とワルツを踊りましょう 前編
「おじさんならお昼ご飯をおごってくれるだけで十分だよ。でも、もっと仲良くなりたいなら、ねぇー」
まだ、極東の島国の桜の花が綺麗な季節。
街路樹の心地よい木陰が、お昼過ぎのオープンカフェの席をおしゃれに演出していた。
通りを走る車が低速で走り去る中、このおしゃれなオープンカフェの店の雰囲気に似合わないカップルがいた。
一人は、どこかの学生服を着た可愛らしい少女。
一人は、くたびれた靴と安物の背広を着ているさえない中年の男性。
とても、親子には見えなかった。
「でも、おじさん家庭あるんでしょう?」
学生服を着た可愛らしい少女は、まるで獲物が罠にかかったのを確信した目の表情をしながら可愛らしいしぐさと表情をころころ変えながら会話を続けた。
「でもでも、おじさんがかっこいいから、こうして話してるとドキドキしちゃうよ?」
上目遣いで学生服を着た可愛らしい少女は、さえない中年の男性を見つめていた。
その学生服を着た可愛らしい少女の言葉としぐさに、さえない中年の男性は鼻を伸ばしていた。
「男性を惑わして破滅させる趣味は、とても褒められた趣味ではないと思うけど?」
透き通る可憐な女性の声がオープンカフェに響いた。
声をかけられることを考えてもいなかったのか、親子にも見えない二人はギョッとしながら声をかけてきた方に振り向いた。
そこには、モデルとは比較にならないほどのスタイルの良さと美しさを、オーダーメイドのハイブランドの服と仕立てのよい春物のベージュのコートに女性用の高級腕時計で着飾り、さらに履き心地と走りやすそうな見るからに高級品のヒールの低い靴でファッションをまとめて、サングラスで透き通る碧眼の美しさを隠しながらトウヘッドの髪をシニヨンで軽くまとめたエリーゼが、やわらかい笑顔で二人の席の二メートルは離れたところに佇んでいた。
「な、な、ななな、なんだ君は!」
さえない中年の男性は、あまりの緊張なのか声を裏返させて、エリーゼに詰め寄る勢いで声を荒げた。
エリーゼは、余裕の表情をしたまま話し始めた。
「私は、ある王国の外交官をしているものですが」
一呼吸おいてから、エリーゼは学生服を着た可愛らしい少女に視線を向けてさらに話を続けた。
「そこの人間に擬態しているサキュバスに少々お話がありまして」
エリーゼの表情は、獲物を補足した猛禽類の気配と変わらなかった。
さえない中年の男性は、エリーゼの話を聞いて明らかにほっとしていた。
「なんだ警察じゃないのか。なら、訳の分からないことを言ってないでさっさと帰り給え」
学生服を着た可愛らしい少女に良いところを見せたいのか、さえない中年の男性は立ち上がり手で犬を追い払うようなしぐさをしながら高圧的な言動をエリーゼにした。
「外交特権で、自衛用のこういうのを持ち歩いているのですが?」
エリーゼは、コートの右手側の腰の部分を軽く右手で後ろに流すと、そこにはホルスターに収められた拳銃がはっきりと表れた。
さえない中年の男性は、息をのむといきなり態度を変え学生服を着た可愛らしい少女に振り向きながら話し出した。
「きょ、今日は帰るよ」
あまりにも無様な逃げ方に、エリーゼはあきれていた。
「何のようなのよ!」
学生服を着た可愛らしい少女は、もはや可愛らしい表情ではなく、猛犬がうなり声をあげながら威嚇している表情と同じだった。
エリーゼは、その学生服を着た可愛らしい少女の威圧に全く怯まなかった。
「ただ、永遠に地獄の最下層で凍っていて欲しいだけよ」
エリーゼの何も変わらない態度に学生服を着た可愛らしい少女は苛立ちながら大声を出した。
「警察に言うぞ!!」
警察に頼る悪魔という変わった事態にエリーゼは笑ってしまった。
「人間のルールを使って人間を破滅させていたようだけど、人間だって賢いのよ」
学生服を着た可愛らしい少女は不釣り合いなハイブランドの鞄からスマートフォンを取り出して、すかさず三桁の数字を押した。
「助けて!!」
それだけ言うと、すぐに通話を切った。
「これであんたはおしまいよ!」
椅子に座りながらエリーゼを見上げて得意げに話す学生服を着た可愛らしい少女に、エリーゼは静かに告げた。
「人間が作ったルールを悪用しているのに、外交特権や国家間のヒエラルキーは理解できないのね」
エリーゼは話しながら、手慣れた手つきで霊符の束に魔力を込めた右手の人差し指でさらさらとなぞると、さっと真上に放り投げた。
霊符が空気中に溶けていくと、エリーゼと学生服を着た可愛らしい少女の視界の範囲はセピア色の音が消えた世界に変わる。
セピア色の音が消えた世界では、すべてが停止しているのにエリーゼは自由に、学生服を着た可愛らしい少女の見開いた眼だけがぎょろりと動いていた。
エリーゼが学生服を着た可愛らしい少女に無表情で近づくと、学生服を着た可愛らしい少女は可愛らしい表情のまま眼球だけは凄まじい憎悪で染められた視線をエリーゼにぶつけていた。
エリーゼは、霊符にさらさらと魔力を込めた右手の人差し指で書き込むと学生服を着た可愛らしい少女のおでこに霊符を貼りつけた。
学生服を着た可愛らしい少女は、少女の声にはとても思えないお腹に響く低いうなり声で叫んだ。
「地獄に落ちろ!!!!!」
「……それはサキュバスのあなたよ」
エリーゼは冷えた声で突き放した。
学生服を着た可愛らしい少女が煙と炎をあげながらかき消えるのに瞬き一回もかからなかった。
エリーゼは、霊符に書き込むと放り投げた。
霊符が空気に溶けると、世界はもとの色鮮やで音溢れる世界に戻る。
警察車両が緊急走行を告げる音を奏でながらこのオープンカフェに近づいて来ていた。
エリーゼはもう一度霊符に書き込むと、オープンカフェの道路側一面のガラスの窓に霊符を飛ばした。
霊符は、オープンカフェの道路側一面のガラス窓のガラスに当たると吸い込まれるように溶けていく。
エリーゼは、霊符が吸い込まれて溶け込んでいったガラスに向けて歩き出した。
ガラス越しにオープンカフェの店員と客がギョッとしながらエリーゼを見ていた。
オープンカフェの店員と客がエリーゼがガラスにぶつかると思いながら見続けていたら、道路側一面のガラス窓にいくつもの波紋を残しながらガラスの海にエリーゼは消えていった。
エリーゼが霊符の力でガラスの海と世界をいくつも渡って欧州の小国の王国にある自宅近くに戻った時は、極東の島国からカクテルの氷がほんの少し溶ける時間もかからなかった。
エリーゼが自宅近くのいつもガラスを使った移動の出入り口に利用しているパン屋の道路側一面のガラス窓から歩き出ると、まだ暗い中でも早朝のさわやかな空気とパンの仕込みの音がかすかにパン屋の中から聞こえてきた。
エリーゼは、極東の島国でついでに朝ごはんでも買ってきたらよかったと思いながら街灯の明かりで照らされた通りを自宅に向けて歩き出した。
エリーゼが基本的な自宅として使ってるアパートメントは、周りに個性的な人が多かった。
パン屋からいつもの通りを歩いていると、いつもこの付近で見かける三人組の細身の若い男性たちが街灯の明かりに照らされながら路上で寝ていた。
この三人は、俺たちは家に住まない権利があると声高に叫び実践している三人組だった。
ちなみに短く刈り上げた髪を一人は赤、一人は黄色、一人は青の髪色に染めていたので、この辺りをパトロールする警官からは信号機とあだ名されていた。
三人組は、エリーゼの足音に気が付いたのか寝たまま声をエリーゼにかけてきた。
「姉さんちーす」
「ちーす」
「ちーーーーす」
この三人の仕事の世話をしたことがあるエリーゼは、三人から姉さんと呼ばれるようになっていた。
「ちーす。みんなちゃんと衛生的で温かくしてる?」
エリーゼのいつものあいさつに三人組は寝た状態から胡坐を汲むように座りなおした。
「姉さんから言われたから、ちゃんと毎日風呂も洗濯も歯も磨いて下着は保温性に優れたものにしているっすよ」
三人組のリーダーは不服気味にエリーゼに答えた。
エリーゼはリーダーの答えを聞きながら伝えた。
「ちゃんとトイレは公衆トイレ使うのよ」
そのエリーゼの言葉に、三人組のリーダーはいつも通り答えた。
「もう子供じゃないっすよ!」
これがエリーゼと三人組のお約束の会話だった。
エリーゼが軽く手を振って歩き出すと、三人組も手を振ってからあくびをしながら朝のトレーニングを始めた。
エリーゼがいつものように自宅の煉瓦作りのアパートメントの重厚な作りの入り口ドアを開けると、カランカランとカウベルのような音がアパートメントの入り口から廊下に響いた。
すかさず、このエリーゼが基本的な自宅としているアパートメントの周りでもっとも強烈な個性的人物が管理人室から飛び出し飛んできた。
「外交官だか何だか知らないけど、こんな朝帰りしてどんな男遊びをしていた!!」
形容しがたい元レディがエリーゼの顔面に肉薄していた。
いかなる不審者もアパートメントの住民も恐れさせるアパートメント管理人。
エリーゼの事をとても目の敵にしている人呼んでアパートメントの壁だった。
「ちょっとプライベートなことは……」
エリーゼの作り笑いとあいまいな言い方に、人呼んでアパートメントの壁は切れた。
「毎晩遊び歩いて、今夜は五十人もの男をたぶらかしてきただと!!」
人呼んでアパートメントの壁は、すでにエリーゼの事をいろいろ決めつけていた。
「若くて美人だからって良い男独占してとっかえひっかえできると思うな!!!」
人呼んでアパートメントの壁は、アパートメント住人の容姿が綺麗な女性を追い出すのが生きがいだった。
「急いでいますので……」
エリーゼは大慌てで管理人室近くの廊下から二階の自宅に大慌てで逃げ出した。
階段を駆け上がり二階の廊下を自宅に向けて歩き出すと、ようやくエリーゼの自宅の玄関ドアが見えてきた。
特に大きな足音ではないが足音が廊下に響く。
そのままエリーゼはいくつもの部屋の前を過ぎていく。
あの強烈な個性的人物の管理人ともう一人の住人の影響で、立地が良いこのアパートメントには空き部屋が多かった。
エリーゼの部屋から階段側のお隣の部屋。
その部屋の住人が、このアパートメントの空き部屋の多さの原因のもう一人だった。
エリーゼが階段側のお隣の部屋の玄関ドアの前を通り過ぎようとすると、突然玄関ドアを叩きつける音が廊下に轟いた。
少しの物音に壁ドンで抗議する人物。
人呼んで、壁ドンさんである。
エリーゼは、壁ドンさんの部屋の玄関ドアをちらっと見てため息をついた。
いつものことに気にせず自分の部屋の玄関ドアの複数の鍵を次々慣れた手つきで鍵の束から鍵を選ぶと開錠していく。
周りをさっと安全確認してからエリーゼは自分の部屋のドアを静かに開けた。
セキュリティシステムを停止して、玄関近くの照明のスイッチを入れる。
いつもの習慣。
いつもの景色。
そのはずだった。
「おかえりなさい。それともお久しぶりでしょうか?」
無人の部屋のはずなのに透き通る美しい声がエリーゼを迎える。
エリーゼが驚いて部屋を見渡すと、そこにはベージュ色のコーナーソファーの上座に姿勢美しく座るとても美しい黄金の羽で翼輝く天使がほほ笑んでいた。
その天使こそエリーゼがもう一度会いたいと願っていた天使だった。
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