第16話 機巧技師、起動実験をする
機巧人形は、全高4メートルほど。
大きさとしては、先日戦ったミノタウロスとほとんど同程度だ。
その操縦席は胴部であり、備え付けられたシートに座る形を取る。
サクラ君(サクラさんと言った方が良いんだろうか?)は、冒険者らしい跳躍力で、コクピットハッチに飛び乗ると、シートへと腰掛けた。
「じゃあ、閉めるね」
「ああ」
外部操作でハッチを閉める。
すると、サクラ君の姿は完全に見えなくなった。
今頃は、ハッチと共に、身体の前に
「サクラ君聞こえる?」
『……ああ』
インカム越しにそう伝えると、ちゃんと返事が返ってきた。
「コクピット内の感じはどう?」
『ちょうど良い広さだ。窮屈には感じない。ただ、少し暗いな』
「炉に火を入れれば明るくなるよ。準備は良い?」
『ああ』
サクラ君の返事を聞くと、僕は、エルヴィーラさんへと目くばせをした。
彼女がコクリと頷く。
機巧人形を動かすのは、操縦者である冒険者である。
しかし、実は操縦者以上に重要な役割を持つのが、魔導士だ。
魔導士は、機体の外部に設置された魔導陣に立ち、大気中の
身体の中に住まう精霊を機体へと憑依させることで、冒険者のイメージと機体の動きをシンクロさせるのだ。
つまり、魔導士の能力が、機体のレスポンスや魔導武装の威力へと直接的に反映されるということ。
エルヴィーラさんは、緊張した面持ちながら、自前の杖の先端に魔力を込めた。
魔導陣が煌き、周囲の
ブーン、という低い音がしたかと思うと、露出している関節部分や、瞳に光が宿る。
「サクラ君!」
『立つぞ』
そう答えたかと思うと、次の瞬間、機体はまるで、それが当たり前だとでも言うかのように、スッと立ち上がっていた。
そうして、そのまま、ゆっくりと歩き出す。
「成功だぁ!!」
僕は思わず、右手を振り上げた。
なんだろう。
以前は、仕様通りに整備するだけだった機巧人形。
でも、この機体は、フレームは別にしても、その他は全て自分たちで作り上げたものだ。
素材を自分で集め、設計も組み立ても、全てを自分たちの手で行った。
それが、こうやって今、動いている。
いや、目標は、マクラン達に勝つことなのだから、この程度で、そんなふうに思ってはいけないのかもしれないが、でも、やっぱり。
「嬉しい……」
心の底から、あふれんばかりの多幸感が湧き上がってくる。
工房のガレージを10歩ほど歩いた機巧人形は、そこで、静止すると、僕の方へとまだきちんとした装甲のつけられていないぎょろりとした瞳を向けた。
『ふむ、以前乗っていた機体よりも、スムーズに動く。その上、視界も良い』
「エルヴィーラさんのおかげだよ。サクラ君と機巧人形のパスが、上手く繋がっている証拠さ」
魔素を送るエルヴィーラさんに視線を向ける。
彼女は、目を閉じたまま集中しているが、魔法的な才能の無い僕にもわかるほど、淀みなく魔力を練り上げていた。
明らかにルチックのそれよりも、レベルが高い。
彼女のおかげで、初めての起動にも関わらず、機体はかなり安定している。
「このまま各部の動きをチェックしよう。パターン1からお願い」
『ああ』
そのまま、サクラ君に指示を出し、機体の動きをチェックしていく。
最初は、簡単な屈伸運動やマニピュレータの動きからスタートし、走ったり跳んだりを繰り返す。
そうやって徐々に稼働レベルの負荷を上げていった結果、現状で、どの程度までの動きに耐えられるかが見えてきた。
サクラ君の動きを完全に追従できているわけではないが、それでも、すでに、かなりの運動性を持っていると考えて良いだろう。
ひとしきり、チェックが終わると、汗だくになったサクラ君が機体から降りてきた。
頭を振るようにして長い髪が揺らすと、雫がキラキラと飛び散る。
うーん、やっぱりイケメンだ。いや、実際は女の子だったんだけども。
同じくエルヴィーラさんも、ポテポテと歩いてきた。
彼女も、初めての起動ということで、相当集中力を使ったのか、汗で滲んだ額に、特徴的な赤い髪が張り付いていた。
「サクラ君、エルヴィーラさん、お疲れ様!」
「ああ、有意義な時間だった」
サクラ君は、機体の感触を確かめるように、2,3度、拳を握ったり開いたりする。
「まさか、お前がここまでの物を作り上げてくれるとは」
サクラ君がそう言うと、エルヴィーラさんも、コクコクと頷いた。
「2人が手助けしてくれたおかげだよ。なかなか良い機体に仕上がったんじゃないかな」
実際、起動実験としては、大成功の部類だ。
このまま、残りの日数で、サクラ君の動きと機体をアジャストしていけば、さらに機動力は上がるはず。
徒手空拳で戦うサクラ君にとって、機体の運動性能というのは、大きなアドバンテージになるだろう。
しかし、懸念事項もある。
こちらの装甲強度は、はっきり言って、相手の機体よりも劣っていた。
相手の装甲を貫けるだけのギミック。できれば、試合までに、それを機体へと組み込みたいものだ。
どうせなら、とことんやってやろう。
「また、何か思いついたのか?」
「うん、やっぱり必殺技が必要だと思ってね!!」
僕が男のロマンに思いを馳せていると、2人は揃って、首をひねった。
「まあ、威力が高い攻撃があるに越したことはないな。いや、なんにせよ。お前はやはり優秀な機巧技師だ。お前がいてくれるなら、俺は……」
一瞬、何かを言いかけたサクラ君だったが、どこか自嘲気味に笑うと、彼は僕らに背中を向けた。
「着替えてくる。あまりこの姿で長時間いたくはないのでな」
「あ、うん」
確かに、身体のラインが浮き彫りになるあの
ましてや、サクラ君は、何か事情があって、女の子であるのを隠しているみたいだし。
「エルヴィーラ。お前も着替えた方が良い。汗で、制服が透けている」
「えっ……」
その言葉に僕は、思わずエルヴィーラさんの姿を見てしまった。
べったりと張り付いた髪。いや、少し下に視線をずらせば、白い制服も彼女の身体にぴったりと張り付いていた。
気候の温かいこの島では薄着が基本だ。
大きくはないが、形の良い胸と、ピンク色の下着が、白日の下にさらされていた。
視線が合う。
エルヴィーラさんは、まるで茹蛸のように、顔を真っ赤に染めた。
「…………!?」
声にならない声を発すると、エルヴィーラさんは、今まで見せたことがないような俊足で、サクラ君の後へとついていった。
…………しばらく、あのピンク色は、夢の中に出てきてしまうかもしれない。
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