第17話 ウォルプタスの現状

「…………はぁ」


 半ば感嘆の気持ちの籠もったため息を、俺は閉鎖的な整備スペースの中で、吐き出す。

 工房の中、今、目の前に立つこの機体……。

 俺の先輩が使っていたもので、"ゴーダンオクサ"という。

 先輩の現役時代の戦績は、可もなく不可もなく、といったところで、この機体も俺の認識の中では、中級下位程度の性能という印象だった。

 だが、今、目の前に立っている機体は、明らかにそんなレベルではなかった。


「どう整備すれば、こんなにスペックが上がるんだよ……」


 ゴーダンオクサは、明らかに先輩が使っていたあの頃よりも、スペックアップしていた。

 いや、基礎的な部分は何も変わっていない。

 見た目にも変化はないし、フレームなんかもいじった形跡はない。

 機体の性能差に大きな影響を及ぼす魔素転換炉マナリアクターだって、そのままだ。

 だが、装甲を外してみれば、中は驚くほどに様変わりしている。

 大きく変化が見られたのは、駆動系と魔力循環系だ。

 魔物の筋肉組織を加工した駆動系は、筋繊維の方向を揃えて捩じり、束ねられており、その強靭さを上げるとともに、細やかな魔力導線を何本も間に通すことで、機体全体へと魔力がいきわたりやすくなるように工夫がされている。

 これはオリジナルの配線なのだろうか? まるで神経のように細やかな魔力導線の流れには、俺の知識では意図を読み取れないものもいくつかあったが、明らかに、これのおかげで機体のレスポンスが大幅に向上しているのが見て取れた。

 使われている筋肉素材そのものも真新しく、おそらくほとんどの部分が、以前のものから付け替えられている。

 一つ一つの素材は、希少性のあるものでは全くないのだが、先述した工夫により、それを感じさせないほど、機体の基礎性能は向上していた。

 ここまで細やかに内部を改修するのには、相当骨が折れた事だろう。

 アイデアもさることながら、その根気強さに、素直に脱帽する気持ちだ。


「これは、貧乏くじ引いちまったかなぁ……」


 先輩の妹とはいえ、別段、親しくもない後輩の誘いを二つ返事で受けたのは軽率だったかもしれない。

 正直、この機体には、いじれる場所がない。

 いや、正確な言い方をすれば、俺の技術では、この機体をこれ以上最良と言える状態にもっていくことは、不可能だということだ。

 先日まで、こいつの整備を担当していた1年生とやらが、なかなかの傑物だったのは間違いない。

 もっとも、彼女の妹であるルチックや操縦者を担当するマクランは、その凄さにまったく思い至っていないようだったけど。


「どうだ。素晴らしいだろう? このゴーダンオクサは」


 俺が、ただただ、前任者の技術力に圧倒されていると、そこにマクランがやってきた。


「ああ、素晴らしいよ」


 機巧人形が、ではなく、整備していた人物が、だけどね。

 心の中で、そう付け足すも、目の前のマクランという男は、俺の気持ちなど、少しも察することなく、自信ありげに腕を組んだ。


「このゴーダンオクサを俺とルチックが操れば、勝てない相手などいない。だってのに、まさか、不戦勝なんて……」


 未だ、先日の敗北を引きずっているのか、マクランは恨みの籠った顔つきで虚空を睨んだ。

 きっと、彼の目には、この機体を前に整備していたという機巧技師の顔が浮かんでいるのだろう。


「あいつは無能だった。だが、先輩であるあんたなら、少なくとも整備をミスするなんてことはないんだろう?」


 試すような視線。仮にも先輩に対しての態度とは思えないが、きっと彼はこういう性格なのだろう。


「ああ、完璧だよ」


 なにせ、元より、魔素転換炉から伸びる魔力導線の一部が断線していただけだからね。

 修理なんて、大仰な事ではなく、それらをきちんと繋ぎ直しただけだ。

 そして、その断線を引き起こしたのは、おそらく、前任者ではなく……操縦者であるマクランだろう。

 操縦者として未熟な者の中には、機体にイメージを伝える際に、イメージだけでなく、身体自体が動いてしまう者もいる。

 ゴーダンオクサの武器は、大剣だ。

 大きく手を振る動作が、コクピット内の魔力導線を引きちぎってしまったのではないか、という仮説は簡単に立てられる。

 そもそも誰の目から見ても、はっきりとここが機体の動かない原因だというところに、これまでまったく気づいていなかったのだ。

 よほど、機巧人形の内部構造を理解していない、ということであり、きっとこれまで機体の整備を機巧技師任せにしていたのだろう。

 同じ機巧技師として、彼の態度は、正直、業腹だった。

 だが、それを口には出さない。

 少し接しただけでも、この男の、傲岸不遜で、自尊心の高い性格はわかっている。

 機体の整備……まあ、魔力導線を繋いだだけなのだが、それも済ませた。

 先輩への義理で付き合ったに過ぎない俺だ。

 予選大会が終わったら、すぐにドロンさせてもらうとしよう。


「あ、どうした?」

「いや、なんでもない」


 どうやら、にやりと口元が笑ってしまっていたらしい。

 一つだけ楽しみなことがある。

 それは、今度の機巧決闘ガランデュエルだ。

 対戦相手は前任者だと聞く。

 彼が、果たして、どんな機体を仕上げてくるのか。

 それだけが、今、俺がこのトライメイツに所属する唯一のモチベーションになっていた。

 同じチェルノアーヴ人として、天才的ともいえる技術を見せてくれた後輩くん。

 さあ、どんなものが見れるか。今から、楽しみだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る