第11話 機巧技師、登校する

「ふんふふーん♪ ふふーん♪」


 鼻歌を歌いながら、僕は、学校への坂道を徒歩で上っていく。

 いつもは気が滅入るほどのこの急斜面も、今日は足取り軽く上っていける気がする。

 金欠で、通学バスにすら乗れない我が身を呪うこともなく、僕は、軽やかに校門までたどり着いた。

 迎えてくれるのは2体の石像だ。

 赤の巨神、ルーベル・アーク。

 青の巨神、カエルレウス・アーク。

 10メートル以上はあるこの2つの石像は、100年前、人類が、この島を発見した時には、すでに存在したものだった。

 今は、この島立学校を守るまるで番人のように、校門の左右に堂々と佇んでいる。

 超古代文明が遺したものなのか。はたまた、異世界からの贈り物か。

 とにかく、この2体の石像からイメージを喚起させ、機巧技師たちが作り上げたのが、機巧人形ガランドールだった。

 およそ、60年ほど前に最初の1台が作られてから、様々な進化を遂げ、今日までに、たくさんの名機と呼ばれる機巧人形ガランドールたちが作られている。

 機巧人形ガランドールは、兵器ではなく、あくまで、競技用の人型メカであり、技師たちの技術を研鑽するための格好の材料として、この島の中でだけ発展し続けてきた。

 なぜ、この島だけ? というのには、いくつか理由があるのだが、最も大きな理由が、機巧人形ガランドールの動力源である、魔素マナが潤沢な土地というのが、限られているというものだ。

 校門をくぐった僕は、遥か校舎の向こうにそびえる、大樹を見上げる。

 石造りの塔の内側に、ぎっしりと木の幹が敷き詰められたようなその大樹は、塔樹ウィンディフェンドと呼ばれ、島のみんなに親しまれている。

 竜血樹と呼ばれる種類のこの樹木は、大地に眠る魔素マナを吸い上げ、地上へと放出するという役割を持つ。

 このウィンディフェンドのおかげで、島の中には、潤沢な魔素マナが常に供給され続け、様々な魔道具や魔機を動かす動力源となっていた。

 まさに、生命の樹とでも言えるようなものであり、人々の中には、毎日、この樹に向かって、祈りを捧げている人もいる。

 ほら、今もまさに、僕の目の前に……。


「……って、エルヴィーラさん?」


 校門の脇に立ち、両手を結んで、塔樹への祈りを捧げていたのは、僕のトライメイツであるところの赤髪の魔導士、エルヴィーラさんだった。

 彼女は、僕に気づくと、目をぱちくりとさせた。

 ろくに言葉を発してくれない彼女だが、ダンジョン攻略や機巧人形の製作作業を経て、少しずつ感情が読み取れるようになってきた。

 今はそう、口には出さないが、おはようと言ってくれているのだ。


「おはよう! エルヴィーラさん!」


 元気にそう言うと、彼女は柔らかく微笑んでくれた。

 うん、やっぱり朝の陽の光の中で、笑顔を浮かべる様を見ていると、エルヴィーラさんって相当美人だよな。少し年よりも幼く見えるけど。

 サクラ君もサクラ君で、相当の美男子だし、なんだか、僕だけが十人並みの容姿で、ほんのわずかながら、引け目を感じないでもない。

 元々、あんまり容姿には関心がなかったけど、ちょっとくらいは、僕もおしゃれとかしてみた方が良いだろうか。

 そんなことを考えつつ思案顔を浮かべる僕を、エルヴィーラさんが、頭上に"?"を浮かべながら、見守っていた。


「おはよう」

「あ、サクラ君、おはよう!」


 校門の横で立ち止まっている僕らの元へ、サクラ君がやってきた。

 うん、朝の清涼な空気の中で見るサクラ君の顔は、一層輝いてみる。

 やっぱり、恐ろしいほどの美男子だ。

 男である僕でも思わず見とれてしまうほどの。


「なんだ。黙って、俺の顔を見て」

「あ、いや、カッコいいなぁ、と思って」

「そうか」


 形ばかりの返事を返すと、サクラ君は、そそくさと、校舎の方へと歩き出した。

 校舎まで一緒に行こうと思ったけど、やはり彼は移動が速い。


「あっ、ちょっと……。エルヴィーラさんも、一緒に行こうよ」


 そう促すが、エルヴィーラさんはなんだか躊躇している。

 このままではサクラ君が行ってしまうし、仕方なく僕は、エルヴィーラさんの手を取った。


「!?」

「ほら、早くしないと」


 手を握ったまま、僕はサクラ君の背を追って歩き出す。

 正門から校舎までは一本道だ。

 ポプラの並木の陰を縫うように、僕らはそそくさと歩いていく。

 でも、しばらくしたところで、エルヴィーラさんは足を止めた。

 何事かと思って振り向くと、彼女は今にも泣き出しそうな顔をしていた。


「ダ、ダメ……なの……」


 そう、小さな声で呟く彼女。

 さすがに、無理やり手を引いていくわけにもいかず、僕は、あわてて手を放した。


「ご、ごめん! 嫌だった……?」


 首を横に振る彼女。

 そうして、ちらちらと周囲に目を向ける。

 その視線の先には、同じく周囲を歩く魔導士たちの姿があった。

 学園の制服姿の魔導士たちは、どことなく、こちらを見て、にやにやと笑みを浮かべているように見えた。

 なんだろう。ちょっと嫌な雰囲気だ。

 こちらの様子を見ては、ひそひそと小声で話している様は、まるで……。


「あっ……」


 僕は、再び、エルヴィーラさんの手を取った。


「やっぱり一緒に行こうよ、エルヴィーラさん。ほらほら」


 ゆっくりと手を引くように歩き出すと、エルヴィーラさんは、それきり抵抗しなかった。

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