第10話 機巧技師、機巧人形を作り始める
翌日。
今日も学校は休みだ。
素材集めは昨日一日で終えられたため、今日からはいよいよ機体の製作に取り掛かれる。
居ても立っても居られなかった僕は、3人で決めた集合時間の4時間前には、工房に入り、1人で、作業を始めていた。
そこにサクラ君とエルヴィーラさんがやってくる。
「おい、お前、いったいいつから作業していたんだ……?」
「陽が空けた頃から。どうしても我慢できなくて」
実際、昨日ダンジョン攻略から下宿先に戻ってからも、ひたすら僕らがこれから作る機巧人形の製図に精を出していたため、一睡もしていない。
寝ている時間すらももったいないと思えるほどに、僕の胸はひたすらワクワクとしていた。
何せ、すでに完成形の
自分のアイデアをそのまま体現できるという状況に、興奮する気持ちを止められない。
「とりあえず、完成形のラフ画を描いてみたんだ。どうかな」
「ほう……真っ赤な機体。武器は無しか」
「うん、サクラ君は徒手空拳で戦うでしょう。だから」
「俺に合わせてくれるのか?」
「当然でしょ」
ゼロから作る以上、乗り手に合わせたデザインと性能を持たせるのは当然だ。
「ありがたい。以前扱っていた機体は、どうにも操作しづらかったものでな」
サクラ君は、以前のトライメイツでも、冒険者として、操縦者を受け持っていた。
操縦者と機体の相性というのは、機巧人形の最終的な性能を考える上で、特に重要な要素だ。
もしかしたら、以前乗っていた機体は、それほどサクラ君と相性が良くなかったのかもしれない。
「エルヴィーラさんも、どうかな?」
僕がラフ画を見せると、彼女は目を輝かせて、こくりと頷いた。
どうやら、気に入ってくれたようだ。
「しかし、本当にたった2週間で、ここまで完成させられるのか?」
「フレームはあるしね。材料も重要なものはほとんど揃ってるし、なんとかなると思う」
「俺は、機巧学についても、魔法についても、必修の授業で習った程度の知識しかないが、自分の乗ることになる機体だ。できることがあれば、なんでも指示をくれ」
「ありがとう。サクラ君」
優しい言葉に、胸の奥がほわッと温かくなる。
エルヴィーラさんも協力的だし、そういう部分では、以前のトライメイツとは大違いだ。
「まずは、何をしたら良い?」
「うん、まずは……」
僕は、ダンジョンで取得した大量の素材の山を見上げる。
「必要な素材の仕分けからしよう」
さて、以前にも話したが、
動力、操縦システム、そして、筋肉や外装などだ。
そのうち、動力については、全ての機巧人形が同じものを採用している。すなわち、ダンジョンボスの心臓である"魔核"だ。
機巧人形の性能を決める要素としても、もっとも重要なものであり、この魔核の良し悪しが、直接的に機巧人形のパワーに影響してくる。
まずは、魔核を加工して、
「エルヴィーラさん、魔核をなんとかしたいんだけど、力を借りれるかな?」
こくりと頷くエルヴィーラさんに、僕はメモ用紙を渡す。
そこに書かれているのは、いわゆる要求定義とでもいったものだ。
魔道具を作る以上、僕も、魔導式には、それなりに精通しているのだが、とはいえ、やはり本職の魔導士に頼むのが一番だ。
「これに沿って、魔導式を魔核に刻んで欲しいんだけど、頼めるかな?」
しばらくメモ用紙を眺めていたエルヴィーラさんが、再びこくりと頷いた。
そして、テクテクと魔核の方へと向かっていく。
あれだけの魔法を操ったエルヴィーラさんだ。
魔導式については、任せておいても間違いないだろう。
その間には、僕はサクラ君と共に、筋肉素材を加工していく。
今回、機巧人形の筋肉素材として使用するのは、あのサーベルヴァイパーの筋肉だ。
ミノタウロスに一撃で伸されたサーベルヴァイパーだったが、頭部をつぶされた以外に肉体の損傷個所は少なく、素材として利用できる場所が多く残っていた。
ボスモンスターだけあって、強靭なだけでなく、しなやかで柔軟なその筋肉は、サクラ君の動きを再現するのにも適していることだろう。
薬品で防腐処理を施した上で、必要な部位に必要な形で筋肉素材を配置できるように、仕分け、より合わせていく。
人間は電気信号によって、脳から身体へと指示を出すことがわかっているが、魔物の筋肉は、魔力による刺激によって、曲がったり伸びたりする。
神経系を構成する魔力導線を通すことで、任意の方向に、筋肉を収縮させることができるというわけだ。
ふとももや二の腕など、ある程度、大きな筋肉パーツを製作した後、それらをフレームの各所に取り付けていく。
ひたすらその作業を続けていくうちに、いつしか、周りは少しずつ暗くなり始めていた。
「ふぅ、とりあえず、こんなところかな」
筋肉がついたことで、ずいぶん人間らしい印象が増してきた。
機巧人形は、まさに人間を模倣したメカだ。
あとは、顔さえつけば、人間的な印象が一層強まることだろう。
サクラ君とともに、額の汗を拭っていると、エルヴィーラさんがやってきた。
重そうに抱える魔核には、古代モントカルテ語で、魔導式がびっしりと刻まれている。
彼女は、おそるおそるといった様子で、僕へとそれを手渡した。
パッと見では、全てを判別することはできないが、少なくとも、かなり上手な魔導式であることは間違いない。
「ありがとう! エルヴィーラさん」
手放しでお礼を言うと、エルヴィーラさんは、にっこりと微笑んでくれた。
「今日の作業はここまでといったところだろうか」
「そうだね。僕はもう少し、ここで作業して……」
「いや、お前も一度家に帰れ」
サクラ君が厳しい顔つきでそう言う。
「いや、でも、時間がないし……」
「だからこそだ。お前、昨日から寝てないだろう? 今は、勢いでなんとかなっているかもしれないが、そんなことを続けていれば、そのうち倒れるぞ」
「うっ……」
つい最近、まさに倒れてしまった僕に、その言葉は痛烈だった。
ミノタウロスと戦おうとしたのもそうだけど、僕には、夢中になると他の事が見えなくなるという大いなる欠点がある。
ここは、サクラ君の言葉を素直に聞いて、一度ゆっくり休むことにしよう。
「わかった。休むよ」
「授業もしっかり受けておけよ」
意外と真面目らしいサクラ君。
その言葉もしっかりと受け止めておきます。
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