第9話 機巧技師と魔法の力
死ぬ間際になると、周りの光景がゆっくり見える、なんてよく聞く。
うん、実際そうだ。
故郷で姉さんからしごきを受けていた時もそうだった。
ドラゴンに食われるというその刹那、時間が遅くなったかのように、全身の感覚が鋭敏になるのだ。
今もそう、棍棒を握る手の皺までもつぶさに数えることができる。
でも、身体は動かない。
ただただ、身に降りかかろうとしている衝撃が来るのをゆっくりと待つことしかできない。
あの頃は、いつもギリギリのところで姉さんが助けてくれた。
今、その姉さんはいない。
サクラ君はミノタウロスの背中側にいて、こちらまで駆けてくるだけの時間はない。
詰んだ。
僕はこの棍棒の一撃で、形も残らず粉砕されてしまうだろう。
自分の知的好奇心に負けて、無謀な戦いを挑んだ罰だ。
だから、仕方がない。
思えば、僕は昔から、目の前の事に夢中になる余り、判断を誤ることが多々あった。
トライメイツ追放の件もそうだ。
もっと、視野を広げていれば、回避できる場面はあったかもしれない。
バカは死んでも治らないというが、この性質も、一度死ねば治るだろうか。
せっかく仲間になったばかりだっていうのに、サクラ君にもエルヴィーラさんにも、迷惑をかけてしまうな。
2人とも、僕が死んだ後、上手く逃げてくれると良いけど。
そういえば、エルヴィーラさんは……。
ふと、僕の視線がエルヴィーラさんを探したその時だった。
彼女は、ミノタウロスの側面、ちょうど脇腹の当たりから少し距離がある場所に立っていた。
思ったよりも、ずっと近い。
もっと、遠くで僕らの戦いを見守っていると思っていたのだが、彼女は、必死な表情で杖を構えていた。
杖の先端の赤い輝石が光を放つ。
……あんなにカッコよい表情ができるんだ、エルヴィーラさん。
この後に及んで、そんなことを考えていた刹那、視界がオレンジ色に包まれた。
「えっ……!?」
「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!?」
ミノタウロスの全身が炎に包まれ、振り下ろそうとしていた棍棒を取り落とす。
まるで、洞窟の中に突然太陽が現れたかのような明るさに、思わず目を細める。
圧倒的な火力……もしかして、これ。
「はぁ……はぁ……」
エルヴィーラさんが、杖で身体を支えながら、荒く息を吐いていた。
やっぱりそうだ。これは、エルヴィーラさんが放った"魔法"。
「エルヴィーラさん!!」
僕は、立ち上がると、未だ炎の中でもだえ苦しむミノタウロスを横目に、エルヴィーラさんに駆け寄った。
「ありがとう!! 君のおかげで助かった!!」
額に汗を浮かべながらも、僕の言葉に応えるように、柔らかく微笑む彼女。
気弱そうだと思っていたけど、やる時はやる娘らしい。
それに……。
「グォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!」
徐々に身体が焼けただれていくミノタウロスの姿を眺めながら、その威力に愕然とする。
サクラ君は、魔術と魔法では、魔法の方が、威力が高いとは言っていたが、これはいくらなんでも、度を越している。
エルヴィーラさん、実は、物凄い魔導士なんじゃ……。
「どうやら、今の一発で終わってしまったようだ」
ゆっくりと歩いて来たサクラ君。
彼の言うように、ミノタウロスは、やがて、声すら上げなくなると、身体の大半を焼き尽くされた状態で、地に倒れ伏した。
もはや身体の原型はとどめておらず、四肢の先端から炭化して、崩れ落ちているような有様だ。
肉体そのものから素材を取ることは難しいかもしれないが、頑丈な魔核はおそらく無事なはず。
嬉々として、ボロボロにただれた背中を割くと、やがて、紫色に光る、一抱えはあるかという透明な玉石が出てきた。
「凄いな。これほどの大きさとは」
サクラ君が、感心したように、魔核を眺める。
魔核は、人間の心臓に比べると、小さいのが一般的だ。
あくまで魔物の身体に対しての大きさの度合いなので、実際は、人間の心臓の方が小さい場合がほとんどなのだが、とにもかくにも一抱えもある魔核というのは、なかなか見られるものじゃない。
「これを使えば、凄い機巧人形を作れるよ。きっと!」
「そうか、それは良かった。だが、とりあえず……」
サクラ君が、突然、僕の頭を軽くはたいた。
えっ、と思った次の瞬間には、今度は抱きしめられていた。
「無茶をするな。俺は、また……」
「サクラ君……?」
ギュッと力強く抱きしめられて、なんだか、居心地が悪いような、でも、なんだか心地よいような。
どうやら、サクラ君は、僕の事を相当心配してくれていたようだ。
やはり彼は、ちょっとぶっきらぼうなところはあるが、根は本当に優しくて、温かい人のようだ。
「ごめんね。ついつい機巧人形にミノタウロスの魔核を積んだら、どうなるか興味が湧いちゃって……」
「知的好奇心も度が過ぎると命を失う。反省はしておけ。だが、なんにせよ、無事で良かった。それに」
僕から離れると、サクラ君は、エルヴィーラさんの方へと視線を向ける。
「エルヴィーラ。お前のおかげで助かった。恩に着る」
サクラ君が、握手を求めて手を差し出す。
エルヴィーラさんは、一瞬驚いたように目を見開いたが、やがて、おそるおそるその手を取った。
同じく僕も、エルヴィーラさんの開いている右手へと手を伸ばした。
「エルヴィーラさん、僕からも、ありがとう!!」
左右の手を2人の男子に取られたエルヴィーラさんは、なんだか、落ち着かさなそうにしていたけれど、それでも、笑顔を浮かべてくれた。
うん、なんだかんだ不安だったけど、僕ら、結構上手くやっていけそうだ。
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