第8話 機巧技師とその戦闘力
低難易度ダンジョンに、青天の霹靂の如く現れた高レベルモンスター、ミノタウロス。
奴は、その圧倒的なパワーで、フロアボスであるサーベルヴァイパーを一撃の如く、葬り去った。
そうして、勝鬨を上げるミノタウロスは、明らかに、僕らの存在に気づいていた。
黒目のない釣り上がった瞳が、僕らの方を的確にとらえている。
棍棒を握る手に、力が入るのがわかった。こちらへとやってくるつもりだ。
あまりに現実離れしすぎて、他人事のようにさえ感じていた僕の腕を、サクラ君が取った。
「逃げるぞ!! 殺される!!」
さすがにサクラ君の顔にも焦りが見て取れた。
当然だ。
ボスをたった一発の単純な殴打で、倒してしまうような相手だ。
人間があの一振りを受けたら、ひとたまりもない。
だけど……。
「あの魔核が手に入ったら……」
僕の頭の中では、恐怖よりも、好奇心がむくむくと膨らんでいた。
あれだけの瞬間的な力を出せるということは、あの魔物が持つ魔核の性能も、並の魔物とは比較にならないということ。
もし、ミノタウロスを討伐し、その魔核を手に入れることができれば、僕らが製作することになる新たな
明らかに危険な状況ながらも、僕は、その想像に"ワクワク"する気持ちを消すことができなかった。
ミノタウロスと同様に、僕も槌を握る手に力を込める。
「お前、まさか、あいつを倒そうとか考えてるのか……!?」
「うん、こんなに強い魔物と出会える機会なんてそうそうないよ。こいつを倒して、手に入れた魔核なら……」
「無謀だ。冒険者同士のパーティーならともかく……」
「うーん、たぶん。大丈夫。今度は僕もサクラ君と一緒に前に出るよ」
「いや、お前、何を言って……」
「とりあえず行くね」
僕は、槌を構えたまま、ミノタウロスに向かって走り出す。
ここまでは、素早いサクラ君に戦闘を任せてしまっていたけれど、僕だって、これまでソロでやってきたのだ。
魔道具に頼らない戦闘だって、ある程度はこなしてきた。
クルクルと槌を回しながら近づいていくと、そんな僕をミノタウロスがターゲッティングした。
振り下ろされる棍棒……うん、さっきサーベルヴァイパーを倒した時の様子を見て思ったけど、やっぱりこいつ。
「動きはそんなに速くない」
槌を地面へと叩きつけた僕は、その反動で、宙へと飛んだ。
直後に、僕がいた場所へと棍棒が振り下ろされる。
巨大な亀裂を生じさせる地面、大気さえ震えるような感覚を肌に感じつつも、僕はそのまま2、3度回転しながら、槌を思いっきり、ミノタウロスの脳天に振り下ろした。
僕の動きをサポートするかのように、マルチプルインパクトの背面から、大量の空気が吐き出され、勢いをつける。
姉さんから譲り受けたこの槌は、万能な工具であると同時に、れっきとした武器だ。
機巧人形と同じく、小さな魔核が埋め込まれており、周囲の魔素を取り込んで、こんな風に、風を発生させることができる。
そこに、"ドラゴン狩り"で姉さんに鍛えられた僕の膂力が加われば、例え、サーベルヴァイパーの牙すら通らない硬い皮膚だろうと──
「グギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
ほらね、貫ける。
脳天から、地面へと突っ伏したミノタウロス。
その光景を見ていたサクラ君が、目を見開いた。
「お、お前……」
その後を言うよりも早く、ミノタウロスが起き上がる。
サクラ君の言う通り、やはりかなりタフネスに優れた魔物らしい。
「サクラ君! 手伝ってくれる?」
「あ、ああ!!」
戦線に加わったサクラ君と共に、ミノタウロスを追撃する。
サクラ君が素早さでかき回し、僕が、隙を見て、思いっきりひっぱたく。
単純な攻略法だが、効果は抜群だ。
小柄な人間2人に翻弄される形で、ミノタウロスの身体にどんどんダメージが蓄積されていく。
「グ、グギャアアアアアアッ!!」
全身を強打され続けたミノタウロスが、ついに膝をついた。
よし、あと、一押しだ。
「このまま……」
「ダメだ!! 一旦退け!!」
えっ、と心の中で思った瞬間、周りの大気が歪んだ。
いや、実際に歪んだわけじゃない。
でも、感覚的にそう感じたのだ。
おそらく、大量の魔素が吸収されたのを身体が直感的に感じ取ったのだろう。
瞬間、ミノタウロスの身体から、むくむくと煙が上がった。
「な、なんだ……!?」
立ち上がり、ギロリと僕らを睨みつけたミノタウロスが、走り出す。
先ほどまでのスピードとは比較にならない。
圧倒的な速度で肉薄された僕らに、棍棒の一撃が迫る。
「くっ!?」
「うわっ!!」
僕とサクラ君は、それぞれが別方向に跳躍して、なんとかその一撃を避けるが、ギリギリだった。
先ほどまでとは、攻撃の速度が違う。
こいつ、もしかして……。
「魔素を過剰に取り込んで、無理やり戦闘力を上げてるのか……!?」
諸刃の剣というやつだ。
自分の肉体の損耗を覚悟で、奴は、魔核の限界まで魔素を取り込み、戦闘力の強化に当てている。
先ほどまでに倍する速度を得たのは、そのためだ。
元来持っていたパワーに、スピード加わった奴の攻撃は、まさに暴風。
間断なく襲いかかってくる棍棒に、さしもの、サクラ君ですら避けるので精一杯。
当然、僕も……。
「あっ……」
それは、ほんの小さなくぼみだった。
敵の攻撃に集中する余り、足元がお留守になっていた僕は、それに足を取られた。
身体が傾いでいく……そして、そこに迫る、ミノタウロスの棍棒……。
あ、やばっ、これ……。
「死んだかも……」
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