第7話 機巧技師、ボスに挑む

 洞窟内とは思えないほどに、広大なホール空間。

 そこに足を踏み入れた途端、殺気とでもいったような、なんとも言えない感覚が、背筋をゾクリと震わせた。

 本能的なものだろう。

 人間がまだ、ろくな道具を持たず、狩猟生活をしていた時、外敵から身を守るために身に着けた自前のセンサー。

 それが、この空間に存在する外敵に対して、グワングワンと警鐘を鳴らしていた。

 彷徨わせた視線が、それと合った。

 青い鱗を光らせ、鋭く猫のように細くなった瞳。

 下顎から聳え立つように生える2本の牙は、毒が分泌されているのか、テカテカと気持ち悪く光っている。

 これが、この第6迷宮アドゥタムの深奥を守るボス、サーベルヴァイパー。


「俺が引き付ける! 隙を見て、さっきの魔道具で攻撃してくれ!!」

「わ、わかった!!」


 サクラ君が、サーベルヴァイパーの巨体に向かって走り出す。

 細長い身体は、10メートルは軽く超えているだろう。

 こちらへと迎撃態勢に入ったサーベルヴァイパーに、サクラ君は真っ向から跳躍する。

 空中で、身を捻るようにして、牙を交わすと、強烈な蹴りをその首筋へと放った。


「はぁあああっ!!」


 インパクトの瞬間、身体能力強化の魔術が乗った脚から、赤い光が迸る。

 たった一発の蹴りで、サーベルヴァイパーの身体が傾いだ。

 魔術による身体能力強化があれば、この体格差すら覆して、ボスに有効打を与えることができるようだ。

 サクラ君は、そのままサーベルヴァイパーの身体に纏わりつくようにして、次々と乱打を浴びせていく。

 一度攻撃がヒットする度に、サーベルヴァイパーが叫びを上げ、苦悶の表情を浮かべる。


「あ、これ……」


 もしかして、僕がサポートするまでもないのでは……。

 だが、僕に華を持たせてくれようとしたのか、あるいは、魔術の連続使用限界に達したのか、サクラ君がサーベルヴァイパーの頭突きを躱しながら、一度、大きく飛びずさった。


「今だ!!」

「う、うん!!」


 僕は、バッグから電撃玉を取り出すと、全力でサーベルヴァイパーに向かって投擲した。

 周囲の魔素マナをエネルギー源にして、雷撃の効果を発生させるこの魔道具は、より魔素の濃い、下層に行けば行くほど、威力が高まるという性質がある。

 ボスフロアの濃い魔素と反応した雷撃玉は、湖で使った時よりも、さらに激しい雷撃で、サーベルヴァイパーの巨体を激しく痙攣させた。

 一瞬後、身体中から、プスプスと煙を立てながら、サーベルヴァイパーが地面に倒れ伏す。


「やったな!」


 サクラ君の言葉に、大きく頷く。

 どうやら、無事、ボスを倒すことができたらしい。


「いや、大金星だよ。こいつの"魔核"があれば、機巧人形の転換炉リアクターを作ることができる」


 ボスの心臓部とも言うべき"魔核"は、大量の魔素マナを周囲から吸収し、エネルギーに変えるという性質がある。

 これだけの巨体を維持するだけの魔核ならば、機巧人形ガランドールを動かすにも十分だろう。


「さっそく解体して……」


 倒れ伏したボスに近づこうと、一歩踏み出したその時だった。

 ズシンと激しい振動が、フロアの地面を大きく揺らした。

 ずっと僕らの後方で、状況を見守っていたエルヴィーラさんが、びくりと震える。


「な、なんだ……!?」


 何かをぶちぬくような破裂音が、断続的に僕らの耳に届く。

 少しずつそれが近づいてきたように感じた刹那、これまでで一番の轟音と共に、ボスフロアの奥の壁が、何者かによって、向こうからぶち破られた。


「グォオオオオオオオオオオオオオオオッツ!!!!」


 咆哮を上げる化物の姿。

 筋骨隆々の巨体に、牛の頭が乗っかっている。

 右手には、壁をぶち破るのに使ったのであろう巨大な棍棒を引きずっていた。


「あ、あれは……!?」

「ミノタウロス……だと!?」


 さすがのサクラ君も、驚きの表情を浮かべている。


「ミ、ミノタウロスって……?」

「高難易度ダンジョンに生息する異常にタフネスに優れた魔物だ。まさか、他のダンジョンから、壁をぶち破って、ここまでやってきたのか……!?」

「えっ!?」


 つまり、もっと高難易度のダンジョンから、無理やり壁を壊しながらやってきた……と。

 た、確かに、ダンジョン同士が、実は下層で繋がっていたという事例を聞いた事があるが、まさか、自分から繋げてしまうような奴がいるとは……。


「キシャァアアアアア!」


 あまりの出来事に、一瞬呆然としてしまっていると、突然、もっと近くで別の咆哮が聞こえた。


「こいつ、まだ、生きていたか!?」


 そう、それは、雷撃で地に沈んだと思われたサーベルヴァイパーのものだった。

 鱗を煤で焦がしながらも、サーベルヴァイパーがその巨体を持ち上げる。

 怒りに、赤くギラギラと光る眼をこちらに向けたサーベルヴァイパー。だが、そんな奴も事態の異常性に気づいた。

 横合いから、やってくるミノタウロス。

 およそ同じくらいのサイズのそいつの存在を確認するや否や、奴は攻撃対象をそちらへと変えた。

 どうやら、自分の縄張りを侵食されたと思ったようだ。

 毒液の滴る牙を、ミノタウロスの肩口へと突き立てる。

 けど……。


「牙が……通ってない……!?」


 人間など一瞬で、嚙み砕いてしまいそうなサーベルヴァイパーの牙。

 それが、ミノタウロスの頑丈な皮膚に阻まれて、ほんの浅く肉を割いた程度で止まった。

 ボスモンスターの容赦のない一撃だったにも関わらず、恐ろしい頑強さだ。

 ミノタウロスは、そのまま銀色の棍棒を振り上げて、サーベルヴァイパーの横っ面を殴った。

 ただただ力任せの一撃。

 だが、ほんのそれだけで、サーベルヴァイパーの巨体が宙を舞った。

 十メートル以上はあるだろう長大な肉体が、まるで空にかかる虹のごとく弧を描くと、そのまま脳天から地面に叩きつけられる。

 ただでさえ、僕らとの戦闘でダメージを負っていたサーベルヴァイパーは、今度こそ、泡を吹いて、ぴくりとも動かなくなった。


「グォオオオオオオオオオオ!!!」


 敵を倒したことで、勝鬨の如く咆哮を上げるミノタウロス。

 呆然とその光景を眺めていた僕と、そんなミノタウロスの視線が交差した。

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