第6話 お兄ちゃん、婚約は解消しないことにする

「あのレオンハルト様は、なぜ、魔力がないだけで、獅子王様のようになれないとお思いなのですか?」


 僕は努めてあっけらかんとそう言った。

 その言葉に、王子が一瞬ポカンとし、そうして、また一瞬後、ギラリとこちらを睨んだ。


「当然だろう!! これまでの歴史で、魔力を持たない強者など存在しない!!」

「だったら、レオンハルト様が、最初の人になれば良いのです。魔力を持たずに、天下に武を知らしめた偉大な王に」

「なん……だと……?」

「レオンハルト様が求めていらっしゃるのは、獅子王様のような"強さ"なのですよね」

「あ、ああ……」

「だったら、そこに必ずしも魔力という力が必要だとは、私には思えませんわ」


 平静にそう言ってやると、紅の王子は、再びその瞳で「何言ってんだ、こいつ」と雄弁に語った。


「魔力だけが強さの全てではありません。鍛え方や工夫次第で、それを覆せるだけの力を身に着けることだって、できるかもしれないではありませんか」


 ぶっちゃけ、RPGなんかでは、魔法が使えない脳筋キャラというのは意外なほどに強い。

 僕がやっていたアークヴォルト・オンラインでも、多くの技能を得ることは明確に悪手だった。

 スキルスリーを獲得していく上で、多芸はイコール器用貧乏に他ならず、低レベル帯ではそれなりに活躍できるが、レベルが上がるにつれ、役立たずの烙印を押されることになった。

 剣も魔法も使える、というのは、言い方を変えれば、剣も魔法も中途半端、ということに他ならない。

 戦士なら戦士、魔法使いなら魔法使いというように、一つのことを極めた方が、よほど強くなれるというのはゲームの経験上とはいえ、現実にも対応した一つの真理だと僕は考えている。


「魔法が使えない事をむしろ強みと考えるべきです。ただ、ひたすら剣を極める。シンプルでよいではありませんか」

「お前のように恵まれている人間に言われても……」

「私が恵まれている?」

「当然だろう。公爵令嬢でありながら、聖女の魔力を得た。お前は特別な人間だ」


 あー、まあ、他人から見たら確かにそうかもしれないけど。

 こっちはこっちで、恋愛も破滅も両方回避しなきゃいけないっていう無理ゲー課されてるわけなんだがなぁ……。


「そうですね。私は恵まれています。でも、レオンハルト様だって、恵まれていらっしゃるではありませんか」

「どこがだ。俺は魔力を……」

「王族として、何不自由ない生活をしていらっしゃる上に、ご両親とも健在。王位継承権は確固としたもので、次代の王になるのは確実でしょうし、はっきり言って、これ以上を望むのは贅沢というものですわ」

「あっ……」


 そう言った瞬間、レオンハルトの顔が少しだけゆがんだ。

 引っ掛かったのは、おそらく両親のところだろう。

 自分には母親がいて、僕には母親がいない。その事実を知っているからこそ、彼は自分の発言を恥じた。

 ショックな事があって、視野が狭くなっているにも関わらず、僕の事を慮れる。

 恋愛感情こそ湧かないが、王族とは思えないほどに、優しい子だな、と思う。

 彼の後ろめたさを振り払うように、僕は、笑顔で、彼にグイっと顔を近づけた。


「だから、筋トレしましょう!! 王子!」

「筋トレ……? なんだ、それは?」


 この世界の戦士は、魔力で簡単に身体能力を強化できるため、そもそも筋トレという概念がないらしい。


「筋力トレーニングの略です。身体に負荷をかけて、筋肉を育てる! 具体的に言うと、腕立て伏せ100回、上体起こし100回、スクワット100回、そして、ランニングを10km。まずは、これを毎日やってみましょう!」

「お、おう……」


 前世で得た知見をどや顔で披露する。

 まだ、少し疑問顔だが、安心して欲しい、王子よ。

 僕の好きなマンガの主人公は、このトレーニングで最強へと至ったのだから、きっと効果があるはずだ。


「一つの事を一生懸命に突き詰めれば、必ず道は拓けます。自分の理想を諦めるには、まだまだ早いと、私は思いますわ」


 なにせ、王子は若い。いや、幼いと言っていいくらいだ。

 これから鍛え方次第でいくらでも強くなれるだろうし、何より、剣舞の時に見せた剣の冴えには、確かな才能を感じた。

 彼ならば、たとえ、魔法が使えずとも、自分が望む強さに至れる可能性だって、きっとあるはずだ。

 出来る限りポジティブな感じに微笑みながら、そう伝えると、王子は、まるで眩しいものを見るように目を細めた。


「セレーネ、お前は……」


 と、その時だった。


「レオンハルト、レディ・セレーネ」


 父や侍女達と共に、こちらへとやってきたのは、なんと国王陛下だった。

 年若い王子相手ならば、王族とは言え、普通に対応できた僕だが、さすがに国のトップに対しては緊張が勝る。

 普段よりややぎくしゃくした動作で礼をすると、国王はそのカイゼル髭を蓄えた威厳ある顔に、うっすらと笑顔を浮かべた。


「レディ・セレーネ。此度は、聖女候補になったこと、朕も嬉しく思う」

「も、もったいなきお言葉、ありがたく頂戴致します!!」

「だが、聖女になれるかもしれない人間を息子の婚約者として、しばりつけているわけにはいかない。勝手ではあるが、此度の婚約の件は──」

「父上、お待ちください!!」


 不遜にも、国王の言葉を遮ったのは、息子であるレオンハルト王子だった。


「お言葉ですが、父上。セレーネは、まだ、聖女"候補"です。婚約を解消するのは、いささか早計なのでは?」

「ほう……」


 息子の思いもよらぬ物言いに、なぜだか国王様は少し嬉し気に目を細めた。


「つまり、お前は、レディ・セレーネとの婚約を解消したくないと?」

「た、ただ、早計だと申し上げているだけでございます」

「ふむ、まあ、お前はまだ十二になったばかり。そもそもの婚約の時点で、些か時期尚早ではあったな」

「では、父上」

「ああ、当人同士が、それで良いのならば、一向に構わん」


 えっ、ちょ、国王陛下……!?

 うーん、なんだかおかしなことになってきてしまった。

 やっぱり乙女ゲームとして、王子との婚約というのは既定路線なのだろうか。

 まあ、聖女になってしまえば、野郎との結婚は回避できるわけだし、ここで断って王家の不興を買うこともないか……。

 それに考えようによっては、これはチャンスかもしれない。

 王子との婚約が継続すれば、聖女候補ということをまだ大々的に公言できない僕に、他の貴族達から縁談が持ち込まれることもない。

 ゆっくりと頷くと、なぜだかレオンハルトはさっきまでの落ち込んだ様子が嘘のように、力強く頷き返した。


「セレーネ。俺は、お前が言うように努力してみようと思う。そして、いつか理想の王になったその時には……」


 拳を握って何かぶつぶつ呟いているレオンハルト王子。

 とりあえず、元気を取り戻したみたいだし、一件落着ということにしておこう。

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