第4話 お兄ちゃん、王宮へと向かう

 さて、魔力解放の儀を終え、妹から助言をもらったあの晩から3日が過ぎた。

 その間、僕は、とりあえず調べられる範囲で、聖女という存在について調べてみた。

 すると、幼いセレーネでは知らなかった事実が色々とわかってきた。

 まず、聖女とは、数十年に一度、このカラフィーナ大陸に現れる存在であるという事。

 血筋で発現するわけではなく、貴族や平民関係なしに、唐突に現れるのだそうだ。

 むしろ絶対数の少ない貴族。さらには、その中でも公爵家の令嬢である僕のような人間に発現するのは、極めて珍しいことらしい。

 聖女は、特殊な"白の魔力"を持ち、他の人間には持ち得ない癒しの魔法を使うことができるそうである。

 もっとも、僕は、魔力こそ解放したものの、まだ、魔法の使い方自体をわかっておらず、その効果は実証できていない。

 そして、一番大事なことは、聖女となった場合、生涯純潔を貫かなければならないということ。

 聖女として認められた人間は、白の国、アルビオン神聖国の女王となる定めにある。

 癒しの力を持つ聖女は、常に祈りを捧げ、白の国だけなく、紅や碧も含めたこの大陸の全てに加護をもたらすのだそうだ。

 そうして、聖女の力を持って、世にはびこる魔は打ち払われていると云い伝えられているらしい。


「なるほどなぁ。そう言えば、食事の時とかも、アルビオンの方に向かって祈りを捧げたりしてるもんな」


 日本における"いただきます"のようなものだ。

 幼い頃から自然とやっていた行為だが、あれは、加護を与えて下さる聖女様に向けて、感謝の気持ちを捧げていたというわけだったのか。

 しかし、そんな風に、大陸中の人々から感謝を向けられる存在になるというのは、どちらかというと目立ったりするのが苦手な僕には正直重荷でしかない。

 陽キャな妹だったら、嬉々としてやりそうなものだけど。


「でも、破滅ルートに進むのは嫌だしな……。まあ、ステータスを上げておけば、どんなルートに進むにしろ、つぶしは利くだろう」


 自己研鑽をしておくことは、少なくともマイナスにはならないはずだ。

 ある意味、このゲームが単純なフラグだけのゲームではなくて良かったかもしれない。

 ステータスを伸ばすというわかりやすい目標は、これまでMMORPGばかりやってきた自分にも、非常になじみ深い。


「だけど、問題は、そのステータスなんだよなぁ」


 優愛が言っていたステータスは2つ。

 1つは"魔力"、もう1つは"カリスマ"だ。

 そして、ステータスは全部で6つの項目があると言っていた。

 つまり、残る4つのステータスは判然としない。


「STRとかDEXとか、そんなんじゃないよなぁ。乙女ゲームだもんなぁ」


 優愛に聞けば、すぐにわかることなのだが、次に会話できるであろう月が重なる晩は、おそらく半年後だ。

 それまでは、判明しているステータスを伸ばしていくしかない。


「カリスマはちょっとよくわからないし、まずは、魔力だな。とにかく魔法の勉強をしておかないと」

「ああ、愛しいセレーネ!!」

「わっ!!」


 突然、後ろから抱き着かれたと思ったら、父だった。

 侍女達の目も憚らず、僕の頬にスリスリと自分の頬を寄せる父であるヒルト・ファンネル公爵。

 こうしているととてもそうは思えないが、この人は、碧の国ウィスタリアの筆頭貴族であり、国王にすら直接進言できるほどの権力者だ。

 さらに、私という娘こそいるものの、息子はおらず、妻にも先立たれているため、バツイチでありながら、多くの縁談が持ち込まれている。

 僕はまだ、社交界デビューをしていないので、直接見たわけではないが、侍女達の話では、そういった場では、いつもたくさんの若い女性に囲まれているそうだ。

 それでも、頑なに再婚しないのは、亡くなった母を未だに本気で愛しているからであり、何よりも、僕と言う娘をとんでもなく溺愛しているからだった。

 自分で言うのもなんだけど、僕の容姿は確かに可愛い。

 母譲りの牡丹色の髪に、白磁のように白い肌。

 目元は、年齢にしてはやや涼し気だが、客観的に見れば、賢そうな印象を与えることだろう。

 前世の僕が、今の僕に出会っていたら、きっとお人形さんのようだと感じたに違いない。

 その上、年々自分の愛した妻に似てくるのだから、父にとっては、もはや目に入れても痛くないほどの存在に、僕はなっているのだろう。

 まあ、そのせいで、記憶が戻る前のセレーネという少女は、正直、かなりわがまま放題で、他人の事など一切考えない、自分ファーストな心の持ち主だった。


「ん、どうしたんだ? いつもはキスしてくれるのに……」


 悲しそうな目で僕を見る父。

 いや、確かに先日までは、そんな欧州ライクなことを自然とやっていたわけですが、日本で育った記憶を取り戻した今、父親とキスでスキンシップを取るのには、著しい抵抗が……。


「まあ、魔力解放の儀を終えたのだ。もう子ども扱いもできないか」


 勝手に納得してくれた父。だが、あからさまに落胆している。

 あー、もう。


「ちゅっ」

「あっ……」


 頬っぺたくらいならと思い、左頬に軽くバードキスしてあげたら、父はまるで昇天しそうなほどに顔をほころばせた。

 いや、子煩悩が過ぎる。


「セレーネ! 可愛いよ、セレーネ!!」

「あー、はいはいですわ……」


 さすがに取り繕うのも馬鹿らしくなる。

 まあ、元から父とはこんな関係性だった気もするので、問題ないだろう。

 と、そこで、突然父が真面目な顔になった。


「セレーネ、30分後に発つ。用意を済ませておきなさい」

「えっ、発つって……どこに?」

「ああ、愛しいセレーネ。聞いていなかったのかい?」


 父は、そんなところも可愛いのか、顔をほころばせながらこう言った。


「紅の国の王宮に行くのだよ。王子殿下に会いにね」

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