第3話 妹からの助言 その1

「優愛!!」


 久しぶり……という感覚なのだろうか。

 とにもかくにも、もう会えないのではないかと思っていた妹との全く予期せぬ再会に、僕は思わず彼女の身体を抱きしめた。

 だが……。


「あ、あれ……?」


 僕の身体は、あえなく妹の身体をすり抜ける。

 気づくと、僕の身体も、前世の男の身体へと戻っているが、よく見るとどこもかしこもうっすらと透けている。

 どうやら、今の僕と妹は、精神体とでもいったようなものらしい。

 だが、そんなことはとりあえずどうでもいい。


「優愛、良かった。無事だったんだな!!」


 妹がこうして僕の前に立っている。それだけで、僕は強く安堵していた。


『うーん、無事と言うとちょっと語弊があるかもね。なにせ、お互い一回死んだみたいだし』


 軽ーい雰囲気で言う妹。ああそうだった。こいつの性格ってこんな感じだったな。


「ごめん。僕が自転車の運転をミスったせいで……」

『あー、そもそも、自転車乗せて~、ってせがんだの私だし。それにあの状況は仕方ないよ』

「お前も……転生したのか?」

『お前もってことは、お兄ちゃんも?』

「ああ、僕はどうやら、優愛がやってた乙女ゲームの世界に転生したらしい」

『えっ!? デュアムンの!!!?』


 パッと一瞬目を輝かせる優愛。だが、すぐにその目が曇る。


『あー、そっか、そういうことか……』

「ああ、僕らは、お互い転生すべき世界を取り違えられちゃったみたいだ」

 

 2人してずーんと沈む僕と優愛。

 だが、優愛の方は、すぐに「まあ、いっか」と顔を上げた。


『案外この世界も面白いしね』

「優愛は、アークヴォルト・オンラインの世界にいるのか?」

『たぶん。最近やっとこ記憶を取り戻したところだけど』

「そっか、僕もちょうど今日、前世について思い出したところなんだ」


 どうやら、お互いが前世の記憶を思い出したことで、こうやって別々の世界同士で会話ができるようになったらしい。


『なんかね。育った村に占い師が来て、王都の冒険者ギルドってところに行く良いと言われたの。私には凄い才能があるんだってさ』


 ああ、まさしくアークヴォルト・オンラインの導入部分だ。


「ギルドに行ったら、冒険者として職業クラスを選ばなくちゃいけない。現環境だと、前衛職の中でも、一撃の攻撃力に優れた職業を選ぶのがいい。それなら低レベルのうちは、十分ソロでも戦って行けるし」

『くらす? ぜんえいしょく? なにそれ?』


 そういえば、こいつ、乙女ゲーはやるが、それ以外のジャンルのゲームはほとんどやったことなかったな。


「えーと、簡単に説明すると……」

『あー、私は自分でなんとかするからさ! お兄ちゃんの方の状況教えてよ!!』 

「ぼ、僕は、えーと……どうやらヒロインに転生したらしくてな」

『おおっ、やっぱり!! もう、聖女候補にはなったの!?』

「ん、ああ。今日、魔力解放の儀ってやつで、次代の聖女かもしれない、って言われた」

『すごーい!! ああー、やっぱり、私そっち行きたかったぁ!!』


 僕も同じ気持ちだよ。


『いいなー。これから、めくるめく乙女ゲー生活が始まるんだよねぇ。羨ましい』

「いや、僕は、男と付き合うのなんか断固ごめんなんだが」

『ええー、せっかくだから堪能したら良いのに』

「できるか」

『ん、じゃあ、聖女エンドを目指すしかないね』

「聖女エンド?」

『うん。デュアルムーンストーリーは、聖女になるかどうかで、大きくエンディングが変わってくるんだよ』


 それから妹は説明してくれた。

 デュアルムーンストーリーの物語の中心は、聖女候補であるヒロインが、ライバルであるもう一人の聖女候補と競い合いながら、真の聖女を目指すというものらしい。

 その中で、様々なイケメンたちと出会い、最終的に聖女となり、白の国の女王として君臨するか、あるいは、それを辞退してイケメンたちと結ばれるかを選択することで、エンディングが分岐するというものだそうだ。


「なるほど……」

『だから、聖女エンドを目指せば、自然と攻略対象と結ばれるということはなくなるってわけ。まあ、ハーレムエンドみたいなのもあるけどね』

「もっと凡庸なエンディングはないのか?」


 こう平民として田舎でスローライフして暮らすとか、魔法使いとしてアトリエを開くとか。

 正直、恋愛を回避できるとはいえ、聖女として一国の女王になるのは、さすがに気が重いんだが。


『うーん、あるにはあるけど、確実に狙うなら、聖女ルートが一番良いと思うよ。他の結ばれないルートを選んだ場合、下手をするとバッドエンドに進んじゃう可能性が高いし』

「バッドエンドか……」


 乙女ゲームのバッドエンドには、結構えげつないものも多いと聞くし、それは避けたいところだ。


「聖女ルートに行くには、どうすればいいんだ?」

『やることは簡単だよ。とにかく必要なステータスを伸ばすの。特に"魔力"と"カリスマ"は最高レベルまで上げないといけないかな』

「いや、待て。このゲーム、ステータスとかあるのか?」


 単純な紙芝居系の恋愛シミュレーションかと思っていたんだが。


『当然じゃん。デュアムンは、ステータスとフラグの両方でエンディングが分岐する上に、その数も十や二十じゃきかないの。本当に、全エンディングを見るのに、どれだけ苦労したことか』


 ああ、なるほど。だから、あんなに周回していたわけね。

 と、納得していると、ふと、目の前の妹の姿が一瞬霞んだ。


「あれ……?」

『お兄ちゃん! なんだか、声が遠く……』

「もしかして、時間制限があるのか」


 どうやら、もうすぐ妹と会話できる時間は終わってしまうらしい。


「優愛!! とにかくステータスを伸ばせばいいんだな!!」

『うん! 6つあるステータスを伸ばして! あと、恋愛しないつもりだからって、攻略キャラと関わりすぎないのもダメだよ!! みんなとそれなりに友好を育んでいないと、ライバルと勝負する時に──』




「──あっ」


 目を開くと、夜空に2つの月が浮かんでいた。

 すでに紅と碧、それぞれの月の重なりは半分ほどずれている。

 どうやら月が重っている間だけ、僕は、アークヴォルト・オンラインの世界にいる妹と顔を合わせることができるようだ。

 セレーネの記憶によれば、月が重なる晩は、半年に一度程度しかない。

 次に妹と会話できるのは、少し先になるということだ。

 誰とも結ばれず、平和で幸せな余生を過ごす。

 そのためは、とりあえず妹の助言に従ってみるしかない。


「目指すは聖女か……。まあ、やるだけやってみよう」


 だが、その時の僕は、大きな勘違いをしていたのだ。

 自分がこのゲームの"ヒロイン・・・・"であるという、大きな勘違いを。

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