第2話 お兄ちゃん、前世を振り返る

 どうやら僕は、乙女ゲームの"ヒロイン・・・・"に転生してしまったらしい。


 前世で僕は、双子の兄だった。

 妹の名前は"優愛ゆあ"。

 オタク気質で陰キャな僕とは違い、陽キャで快活、学校でも人気者な美人だった。

 そんな妹が、唯一のめり込んでいたオタク的な趣味が、乙女ゲームだ。

 その中でも、『デュアルムーンストーリー~紅と碧の月の下で~』は、優愛のお気に入りの一本で、いつもリビングのソファに横になっては、携帯ゲーム機で何周も遊んでいたのを覚えている。

 MMORPGばかりやっていた僕からすると、何周も同じゲームをプレイして何が面白いのだろう、と思うことはしばしばあった。

 しかし、妹にしてみれば、エンディングというゴールのないネットゲームにのめりこむ僕の方が異様に思えたようだ。

 性別も性格もゲームの好みもまったく違う僕らだったが、決して不仲というわけではなく、それなりに良好な関係の兄妹だったと僕は認識している。

 そんなある時、妹がハマっていた乙女ゲームの新作と僕がやっていたゲームの追加パッチの発売日がかぶった。

 店舗購入特典が欲しかった僕と優愛は、寒波の中、自転車の二人乗りでゲームショップへと向かい、凍っていた路面ですっころんだ末に、通りかかったトラックに牽かれ、あえなくその短い生涯を閉じたというわけだった。


「まあ、そこまでは良いとして、なんで、僕が乙女ゲームの世界なんかに……」


 と口に出して言いつつも、なんとなくだが、それには心当たりがあった。

 前世における最後の記憶、転生の女神と出会った時の記憶だ。

 真っ白い空間の中に、様々な世界がまるで波打つ水の球のような形状になって浮かんでいるような、そんな場面。

 僕の目の前には、確かに、自分が熱中していた"アークヴォルト・オンライン"の世界が浮かんでいた。

 きっと、本来ならば、僕はその世界に行くはずだったのだろう。

 だが、その世界に放り込まれようとする刹那、僕らを転生させたであろう女神的な存在が一瞬躊躇した。

 アークヴォルト・オンラインの世界の隣には、紅と碧の月が浮かぶ世界が浮かんでいた。

 そう、デュアルムーンストーリーの世界だ。

 そして、巨大な女神の左手には、桃色に輝く球体。

 直感的に、僕には、それが一緒に死んだ優愛の魂なのだとわかった。

 僕の魂と優愛の魂。

 2つの魂を右と左の手に掴み、女神は逡巡していた。

 考えたくないことだったが、おそらく女神は、僕と妹の魂をどっちがどっちだったのか忘れていたのだ。

 双子だったから、魂も似ていたんだろうけど、仮にも転生の女神ともあろう者が、そんな初歩的なミスを犯すなんて絶句した。

 魂の状態で、声すら出せない僕はひたすらに祈った。

 頼むから、アークヴォルト・オンラインの世界へと送ってくれと。

 だが、その切実な祈りが届くことはなく、僕は今、こうしてデュアルムーンストーリーの世界へと転生していた。

 あー、思い返すだけで、腹が立ってくる。

 もう少しで、僕は、自分の大好きだったアークヴォルト・オンラインの世界へと転生できたというのに。


「あのバカ女神め……」


 自室の窓辺から、空に浮かぶ2つの月を眺めながら、僕は独り言ちた。

 紅い月と碧い月。

 デュアルムーンストーリーのパッケージにもなっている印象的なビジュアルが目の前に広がっている。

 やはり、ここは間違いなく、あの乙女のゲームの世界なのだろう。

 こんな世界で、いったい僕は何を目標に生きて行けば良いのだろうか。

 いや、そもそも無事に生きていけるのだろうか。

 乙女ゲームには興味なんて少しもなかったので、その内容について、僕には、全くと言ってよいほど知識がない。

 いわゆる攻略対象という存在が、何人いるのかすらわからない。

 だが、わずかな知識の中にも、このゲームには確か、バッドエンドがいくつもあるという印象だけは漠然と残っていた。

 なにせ、妹がバッドエンドになるたびに、癇癪を起して、僕の背中をバシバシ蹴っていたのだから間違いない。

 そんなバッドエンドを回避しつつ、できれば攻略対象との恋愛も避けたい。なにせ、現世では女性とはいえ、僕は元男なのだ。

 少し前の夢見る純粋な乙女だった頃ならいざ知らず、前世の記憶を取り戻した今、積極的に野郎と恋愛する気にはなれなかった。

 

「なんにせよ。あまりにも、知識が無さすぎる……」

 

 考えれば、考えるほどに、ため息しか出てこない。

 聖女の件もそうだ。

 いきなり聖女かもしれないと言われても、それがゲームにおいて、どんな存在であるのか、いまいちピンと来なかった。

 せめて少しでも攻略情報があれば……。

 そんなことを考えながら、いつの間にかうつらうつらとしてしまっていた時だった。

 ぼんやりとした視界の中で、紅い月と碧い月が少しずつ近づいていく。

 やがて、2つの月は、完全に重なると、眩く白い光を放った。

 あまりの光量に目を閉じる。

 そして、次の瞬間。


『あれ、お兄ちゃん……?』


 どことも知れない、真っ白い空間の中、僕の目の前には、生まれたままの姿の妹が浮かんでいたのだった。

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