Blackly Burst Accelerate

鍵崎佐吉

BBA

 時刻は深夜二時。人気のない高速道路を行き交うのは運送業者のトラックと、どこか生ぬるい風をまとった見えざる悪意。渦巻く怨念はやがて形を取り、道路を照らす明かりが一斉に消える。それこそがまさに始まりの合図なのだ。


「……お集まりの皆様方。大変長らくお待たせいたしました。準備が整いましたので、これより開会の宣言をさせていただきます」


 暗闇の中で蠢く無数の影がじっと息を潜め、あたりに不気味な静寂が漂う。そしてこの世のものとは思えない悍ましい叫び声によって夜の沈黙は破られた。


「ただいまより第一回ターボばあちゃん最速決定戦を開催いたしますぅぅぅ!」


「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」


 地獄の底から響くような雄叫びと共に魑魅魍魎が道路に跋扈し狂気の宴の始まりが告げられる。その有様はまさに現代の百鬼夜行、虚ろなる者どもの倒錯した存在証明だ。


「実況は私、口裂け女。解説はぬらりひょんさんでお送りします」


「どうもよろしく」


「それではさっそく選手紹介に参りたいと思います。厳しい予選を勝ち抜いてこの晴れ舞台に立つことが許されたのはなんとたったの四人! 全員優勝の可能性あり、最高に白熱したレースが見れることでしょう! まずは一人目、私の辞書にブレーキという言葉はない! 猪突猛進暴走ババアの明子ぉぉぉ!」


「うしゃしゃ! ぶっちぎり一位でゴールしたるわい!」


「続いて二人目! 目の前のものは全て轢き潰せ! 『狂犬』の二つ名を持つマッドババアの恵美ぃぃぃ!」


「全員潰せばわしの勝ちじゃろ? うひひ……」


「続いて三人目! 脚を使うのはもう古い! 呪いの電動車椅子ライダー、ヨネぇぇぇ!」


「おぬしらが勝てる確率はぜろぱーせんとじゃ!」


「そして最後の一人はこの人! もはや説明不要、元祖ターボばあちゃん! 道子ぉぉぉ!」


「能書きなどいらん。ただ走るだけじゃ」


「いやぁ、ぬらりひょんさん。すごいメンバーが集まりましたね」


「うむ。これほどの悪霊が一度に揃うのは数百年ぶりだのぉ」


「前評判では明子が一番人気のようですがそのあたりはどうでしょうか?」


「確かに純粋なスピードだけで言えば明子の右に出るものはおらん。しかしこれはルールで守られた競技ではなく、何でもありの路上レースじゃ。その辺の駆け引きが勝敗を分けることになりそうじゃの」


「確かにそうですね。改めてお伝えしておきますが当大会におきましては、参加者あるいは観客になんらかの不利益・事故・または故意の暴力が発生した場合にも、運営側はそれらを一切関知いたしません。全て自己責任でお願いします」


「悪霊ならば自分の身は自分で守らねばのう」


「さあ、選手たちの準備が整ったようです。ルールはたった一つ、四人同時にスタートして10キロ先のゴールに最初にたどり着いた者が優勝する、それだけです! それでは皆さん位置について……よーい……ドン!」


 大地を震わすような絶叫とうめき声の中、四人の老婆が一斉にスタートする。最初に先頭に踊り出たのは、爆音を上げながら疾走する電動車椅子に乗ったヨネだ。


「おーっと! ヨネ選手、素晴らしい初速によって一気に先頭に出ました!」


「生身の体と違って最初から全速力が出せるのがあの車椅子の大きな強みじゃの。それにおそらくあの車椅子、まだ何か仕掛けがあるようじゃ」


 するとヨネが不意に振り返り、後ろを走る三人を見てケタケタと笑う。


「しゃしゃしゃ! あんたらには悪いがこれで勝負は終いじゃ! わし特製の呪いの毒煙を喰らえ!」


 ヨネが車椅子のボタンを操作するとその後部から凄まじい量のスモークが吹き出す。後ろの三人はそれをもろに喰らってしまったようだ。


「な、なんということでしょう! これでもう勝負は決まってしまうのでしょうかー!?」


「……!? いや、よく見るのじゃ! 三人ともまだ走っておる!」


「な、なにぃ!?」


 スモークを切り裂いて現れたのは『狂犬』の恵美だ。その目は血走り口からは牙のように鋭い歯が覗いている。


「貴様ぁぁぁ!!! 小賢しい真似をしおって……!!! そのちんけな乗り物ごと踏み砕いてくれるわぁぁぁ!!!」


「ひ、ひぃ!? 来るな、来るんじゃない!?」


「きしゃあああ!!!」


「ひょぇえええ!?」


 奇声と共に恵美が車椅子に飛び掛かり、その勢いで二人とも激しく横転する。ヨネの断末魔と何かが砕けるような音が響くその横を、明子と道子の二人が駆け抜けていく。


「ああーっと! 勝利したかに思えたヨネ選手、ここで脱落です! 恵美選手もここまで後れを取ってしまっては優勝は難しいでしょう」


「うむ、これで残った二人の一騎打ちということじゃな」


「果たして最速の悪霊の称号はどちらのものになるのか!? 勝敗はまだまだわかりません!」


 猛スピードで並走する二人を無数の魑魅魍魎がじっと見守る。明子はちらりと横を走る道子に目を向け口を開く。


「おぬし、わしを妨害せんでいいのか? 純粋な速さ比べならわしの勝ちじゃぞ?」


「……ふん、強がらんでもいい。今のお主は全力を出せておらん。そうじゃろ?」


「な……!? どうしてそれを……」


「ヨネが何かを企んでおったのはお見通しじゃ。だからわしは恵美のすぐ後ろについておった。そのおかげであの毒煙はほとんど吸っておらん。あの化物じみた狂犬には効かんでも、おぬしはそういうわけにはいかんじゃろ?」


「くっ……さすがにおぬしは一味違うのう。しかしそれでも負けるわけにはいかんのじゃ!」


 そう言うと明子は懐から短刀を取り出し道子に切りかかる。素早く跳躍してそれをかわした道子に、今度はゲートボールの玉が投げつけられる。


「破ぁぁぁ!」


 明子の雄叫びと同時に呪力の込められた玉が大爆発を起こした。様子を見守っていた観衆から歓声と悲鳴が同時に湧きおこる。


「……やったか!?」


 道路に立ち込める黒煙。しかしその中でゆらりと立ち上がる影が一つ。


「あ、あれは……!? 道子です! 道子選手、まだ倒れてはいないぞぉぉぉ!」


 黒煙の中から現れた道子はほとばしる呪力と共にアスファルトを踏み砕く勢いで疾走する。負けじと走り続ける明子だったがその差はどんどん縮まっていく。


「道子選手、さらにスピードアップ! なんとあの明子選手を凌駕するほどの圧倒的な速さです! これが元祖ターボばあちゃんの底力なのか!?」


「……そうか! さっきの爆弾じゃ!」


「おっと、ぬらりひょん氏、それはいったいどういうことでしょうか?」


「道子はまさにターボばあちゃんの始祖。つまりターボばあちゃんという存在は道子にとっては自分の分身のようなもの。故にあの爆弾に込められていた力を吸収して我が物とすることができたのじゃ!」


 道子はついに明子に追いつきさらに加速する。ポーカーフェイスの道子に対して明子の表情に余裕はない。明子は再び短刀を構え道子に切りかかる。


「き、きえぇぇぇ!!!」


「ふん!」


 明子の短刀と道子の手刀が交錯し鋭い金属音が辺りに響いた。


「そ、そんなバカな……」


 折れたのは明子の短刀の方だった。呆然とする明子に対して道子は静かに語りかける。


「ぬらりひょんの言う通りわしはおぬしの力を吸収した。今のおぬしではもはや勝ち目はない。……おぬしの敗因は最後に力に頼ったことじゃ。わしらはターボばあちゃん、自分の速さを信じられぬ者に勝利はない」


「あ……あああああ……!」


「さらばじゃ、小童。またいつか互いの速さを競い合おうぞ」


 そう言い残して道子は夜の闇の中へ消えていった。




「第一回ターボばあちゃん最速決定戦、優勝者は……元祖ターボばあちゃんの道子ぉぉぉ! 皆さん、どうか盛大な拍手を! 手がない方は歯ぎしりを!」


 悍ましい地獄の喧騒の中、道子は笑みもなくただ佇んでいる。彼女が求めるのはスピードとスリルのみ。勝利の栄光などはただのおまけに過ぎないのだ。そして今日も日本のどこかで、老婆たちは闇夜を切り裂き疾駆する。その行く先は誰も知らない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Blackly Burst Accelerate 鍵崎佐吉 @gizagiza

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ