エピローグ

第20話

「美国、見てくれよ。ようやく新作が出来たんだ」


 夏休みを目前にしたある日、お父さんが一冊の絵本を持ってきた。

 隣でのぞき込んだ千代ちゃんが「ひゃっ」と声を上げる。

 ん? どうしたのそんなにびっくりして。

 表紙には『奥遠野不思議物語』の文字。

 真ん中の女の子はいつものみーちゃん。わたしをモデルにしたという女の子だ。

 その周りにいるのは、おかっぱ頭の小さな女の子にけむくじゃらの化け物、坊主の男の子に河童に天狗――ってあれ?

 ちょっと待って。これって――


「この奥遠野村って、昔から不思議な言い伝えがいっぱいあるんだよ。座敷わらしとか、人の心を読むサトリっていう怪物とか、村の旧家に伝わるオクナイサマっていう神様とか、河童とか天狗とか……。今度からはみーちゃんがそういう不思議なものたちと会うお話にしようと思ったんだ」


 真っ白になったわたしの頭に、お父さんの言葉はほとんど入って来なかった。

 次々にページをめくる。

 赤いちゃんちゃんこを着た小さな女の子。

 真っ黒でけむくじゃらのサトリ。

 泥だらけで笑う男の子の姿をしたオクナイサマ。

 きゅうりを美味しそうに食べる河童。

 男の子を抱えて天高く飛ぶ天狗。

 まるで見て描いたかのように、この村に来てからわたしが出会った不思議なものたちと瓜二つだった。


「お父さん、これ……」

「ほら、美国最近誰かと喋ってるみたいにひとり言言ってる事がよくあるだろう? もしあれが座敷わらしと喋ってるんだったら面白いなとか、山の中でサトリと出会ったら美国はどうするだろうな、とか。オクナイサマが田植えを手伝う言い伝えもあるらしいし、前に起きた水害が河童の仕業だったり、男の子の失踪事件が天狗の仕業だったりしたら面白いと思ってね」


 にこにこと嬉しそうに話すお父さん。

 まさか本当に、自然に思いついて描いたとでも?


「この村に住んでいると、なんだか勝手にイメージが膨らんでねぇ。なかなか愛嬌のある妖怪ばかりだろう? 手に取ってくれる子どもたちも喜んでくれると思うんだ。はははっ!」

「あたち、妖怪じゃないもん! 座敷わらしだもん!」


 隣で千代ちゃんが抗議するけど、お父さんに聞こえている様子はない。

 もし何も知らずに想像だけで描いたとすれば、とんでもない超能力だ。

 そういえば……もしかしてわたしの国つ神の血が濃い理由って――お父さんだったりするの?

 本人に自覚がないままにそんな能力を持っているんだとしたら。

 お父さん。

 奥遠野村で一番の不思議は、あなたかもしれないよ。



<了>

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奥遠野不思議物語 柳成人(やなぎなるひと) @yanaginaruhito

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