第17話

「瑞穂、美国ちゃん!」


 戻ってくるわたしたちを、雅紀君が待っていた。


「見つかったって!」

「えっ」


 わたしたちは再び、雅紀君とともに向きを変えた。

 みんなが集まっていたのは猿ケ岩川のほとりだった。

 傾き始めた夕日の中で、既に消防団の男の人たちが長い棒を手に、川の中をさらっている。


「郷介君、ここにいたの?」


 川岸で不安そうに見守る里花ちゃんを見つけた。里花ちゃんの顔はもう涙と鼻水でいっぱいだった。

 見つかった、という言葉には不釣り合いな、ただならぬ様子だった。


「あそこの木に……郷介の靴が……」


 里花ちゃんは見覚えのある小さなスニーカーを胸に抱いていた。

 指差す方向には、川岸に立つ大きな桜の木。

 あの桜の木の根元に、郷介君の靴があったんだって。

 右と左がきれいに揃えて置いてあった事から、靴を脱いで水遊びでもしていたんだろうというのが大人たちの見解だった。

 川の中で足を滑らせた拍子に怪我でもしていたら、そのままおぼれちゃった可能性もある。

 そうしてたった一つの手がかりを頼りに、大人たちの捜索は猿ケ岩川に注力されたのだった。


「そんな……」


 瑞穂ちゃんもショックに顔を覆う。

 雅紀君も珍しく、やり場の無い怒りをぶつけるかのように舌打ちした。

 その時だ。


「美国、おかしいよ」


 千代ちゃんが、わたしの足を突っついたのだった。


「おかしいって?」

「ここじゃない気がする」


 千代ちゃんの言葉は、不思議な説得力があった。

 思い起こせば、前に竜神様の怒りを口にした時もそうだった。

 千代ちゃんは、何かを感じているのかもしれない。


「他に探す場所って言っても……」


 思わず口をついて出た言葉に、瑞穂ちゃんがピクリと反応した。


「そうだ。美国、准君は?」

「准君?」

「そう。前に助けてくれた事あったでしょ? もしかして、准君なら何かわかったりしないかな?」


 准君!

 そうだ、すっかり忘れていた!

 こんなに探しても見つからないのなら、サトリや竜神様みたいに見えるはずのないもの、が作用しているとは考えられないだろうか。


「わたし、行ってみる!」

「お願い!」


 瑞穂ちゃんの声を背中に受け、わたしは全速力で駆け出した。



   ※     ※    ※



「転校生。お前、また……」


 やって来たわたしに、准君はげんなりとした表情を見せた。

 そんな顔しなくてもいいじゃない。


「准君、お願いがあるの」

「お前がここに来る時はいつもそうだ」


 やれやれといった様子だけど、中には入れてくれる。


「郷介君の事、聞いてる?」

「ああ。ずっと防災無線でやってる。まだ見つかっていないのか」

「今は、もしかしたら猿ケ岩川が怪しいって川を探してるところ。それで……」

「言っておくが、人探しはごめんだ。そういうのは警察の仕事だ。神社に相談するような事柄じゃない」


 ピシャリと先回りされて、わたしは言葉を失ってしまった。


「でも、もしかしたら准君なら何かわかるかもしれないと思って」

「期待してくれるのはありがたいけど、お役には立てなさそうだ。僕は刑事でも探偵でもない」


 にべもない准君に、しゅんとしてしまう。

 前にちょっとだけ仲良くなれたような気がしたけど、気のせいだったのかな。

 わたしは助けを求めるように、背後に控えた宮司さんを見た。わたしの視線に気づいてか、淳君も不機嫌そうに宮司さんを盗み見る。


「ひょっひょっひょっ」


 ようやく出番かとばかりに、笑う宮司さん。


「准、そう言うでない。友達が困っているのじゃから、出来る限り協力してやるべきじゃろう」


 出た。

 宮司さんの「友達は大事にしなさい」理論。


「おじい。あなたはいつもそうだ。友達友達って、そればかり……」

「では、この子をそのまま帰してもいいのか。後で悔いたりはせんか」


 宮司さんに詰め寄られると、准君は口をつぐんでしまった。


「刑事、探偵ではなくとも、自分なりの探し方があるじゃろう。このお嬢さんも、それを期待してやって来てるんじゃろうに」


 准君は決めかねるようにだんまりを続けていたけど、ついに、


「行くぞ」


 と立ち上がった。


「行くって、どこに?」

「まずは山だ」


 言うが早いか、参道からすぐさま奥宮へと続く八幡山の登山道へと入って行ってしまう。

 えぇ、ここって前にサトリに会ったところだ。

 あの嫌な思い出が蘇る。

 なんてったって、あいつ、わたしたちを食べようとしたんだから!

 もう日も暮れるっていうのに、またサトリに会ったりしたらどうする気なんだろう?

 しかも山って――まさか、この山を探すってこと?

 いくらなんでも郷介君が一人で、しかもこんな離れた八幡山まで来ることはないと思うんだけど。


「仮にこの山にいないとしても、他の山に入ってしまった可能性はあるはずだ」


 准君の言う事って、難しくてわたしにはちんぷんかんぷん。

 他の山に入ったんだったら、なおさらこの山に入る理由はないじゃない。


「どうするつもり?」

「呼べ」

「呼べって、何を?」

「サトリを、だ」

「ええぇっ!」


 思わず声が裏返る。

 むしろ二度と会いたくないぐらいなのに、サトリを呼ぶなんて!


「大丈夫だ。お前は一度会ってるから、向こうもわかってくれるはずだ。山の事を聞くなら、山に住んでいるやつに聞くのが一番早い。さぁ、サトリを呼ぶんだ」


 そんなぁ。だってまた食べられそうになったらどうする気?


「大丈夫だ。信じろ」


 准君は真剣な表情だから、反論する勇気も出ない。


「サトリ、さぁん……」

「もっと大きな声で!」

「サ、ト、リ、さぁぁぁぁん! 出て来てえぇぇぇぇーー!」


 もうやけくそだ、とばかりに大声で叫ぶ。

 杉林の奥に、ん、ん、ん、え、え、えと山彦のようにこだまが響き渡る。

 しかし元の静寂が訪れても、サトリがやってくる様子はなかった。

 残念なような、嬉しいような。

 ほっと胸を撫で下ろした次の瞬間、


「今お前、来なくて良かった、って思っただろ」


 背後からの声に振り向くと、けむくじゃらのサトリの姿があった。


「ひぃっ」


 悲鳴を上げて飛び上がるわたしと千代ちゃん。

 で、出たー!


「お前、びっくりした、って思っただろ。オラだってびっくりしてんだ。来て欲しくもねえ癖に、なんでオラを呼んだんだ」


 恐怖に言葉を失うわたしたちとサトリの間に、准君がすっと割って入った。


「サトリ、教えて欲しい。今日この辺りの山に、男の子がやってこなかったか? このぐらいの小学一年生の子なんだ」

「男の子……? いや、見てねえな。そんなわらし来たら、とっくの昔にオラが食っちまってるぞ」

「なんだと」

「あ、今お前、オラが本当に食ったんじゃねえかって疑っただろ。食っちまうっつーのはほんの冗談だがらな。食ってねえからな。男の子なんて見てねえぞ」


 ギロリをにらみつける准君に、サトリは慌てるような素振りを見せた。

 意外!

 おろおろする様子を見ると、なんだか准君に、というよりわたしたち全員に対しておびえてるみたい。


「この山だけじゃなくて、この辺り一体そうか?」

「ああそうだ。今日はわらしなんてどこの山にも入ってねえ」


 毛むくじゃらの顔が、不意にわたしの方を向く。


「お前、今オラのこと怖いって思っただろ。オラもお前、おっかねえ。お前ら人間、何するかわかんねえ。オラお前らの考えてる事だいたいわかるけど、お前ら考えもしない恐ろしい事する。だからオラ、お前ら嫌いだ」


 つまり前にひどい目に遭ったが為に、わたしたちを警戒しているらしい。

 そうと知ると、サトリもなかなか愛嬌のある怪物だ。


「お前今、オラのことかわいいとか思っただろ。オラはお前嫌いだからな。金輪際呼ばねえでくれよ。じゃあな」


 サトリはそう言い残すと、山の奥へ風のように消え去ってしまった。


「……かわいい?」


 准君が疑惑の目をわたしに向ける。


「か、かわいいなんて思ってないわよ。ただ、意外とお茶目なんだなって思って」

「あいつらをお茶目だなんて、やっぱりお前は変わっているな」


 准君は珍しく声を上げて笑った。

 変わってるのはお互い様だと思うけどねー。


「それで、この後は?」

「山の後は、川だ」

「川って、まさか……」


 もしこれと同じ事をするとしたら、今度はあの水神様に郷介君の居場所を聞いてみるって事?

 水神様は村人を恐怖に陥らせる程の水害を引き起こした恐ろしい相手なのに。そんなに簡単に会ってくれるのかな。間違えて機嫌を損ねたりしたらまた洪水になったりしちゃうんじゃない?

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