第16話

 鉦太鼓の音を聞いて、村中からさらにたくさんの人たちが里花ちゃんの家へと詰め掛けてきた。


「里花!」


 大人たちに混じって、飛んできたのは瑞穂さんだ。数人の子供たちを引き連れていた。


「瑞穂ちゃん!」

「郷介君がいなくなったって本当?」

「そうなの!」


 里花ちゃんは泣きそうになりながら、事情を説明する。瑞穂ちゃんは走ってきたのか、はぁはぁ呼吸を乱しながらも「大丈夫だよ」「落ち着いて」と里花ちゃんを気遣う様子を見せた。


「瑞穂! 来てくれたのか!」


 瑞穂さんたちの登場に気づいた雅紀君、信夫君たちも集まってくる。


「どの辺りまで探したの?」

「とりあえず向こうの村道まで。いくらなんでも、そこから先には行かないと思って」

「猿ケ岩川は? 山の方は?」

「まだ行ってない。でも、そんなに遠くまで行くかな?」

「とにかく探してみないと」


 瑞穂さんはキッと目をいて、わたしを睨み付けた。


「ちょっと、都会人!」

「は、はい!」

「わたしも手伝うけど、いいわね?」


 へ?

 意味がわからなかった。

 いいも何も……わたしが許可するような話じゃないのに。


「ど、どうぞ。っていうか、むしろお願いします」


 動揺しながら答えるわたしに、瑞穂さんは満足そうな笑みを浮かべた。


「じゃあみんな、一旦他の子にも連絡して、出来るだけたくさんの子どもたちを集めてきて。中学生や高校生のお兄さんやお姉さんでもいいわ。みんなで力を合わせて、郷介君を探すわよ」

「おー!」


 瑞穂さんの号令に、男の子も女の子も三々五々散り散りに走っていった。

 すごい。

 里花ちゃんが瑞穂さんを一番頼りになるリーダー、と言った意味がようやくわかった。美人で秀才でスポーツも万能なみんなのまとめ役。

 六年生となった今では、クラスどころか村中の子どもたちのリーダーなんだ。

 子どもたちはあっという間に友達や兄弟を連れて戻ってきて、最初にいた人数の三倍以上に膨れ上がっていた。ほぼ奥遠野村小学校の全校生徒だ。これだけの人数をたった一声で集めてしまう瑞穂さんの人望って、凄すぎる……。


「いい、みんな。郷介君がいなくなったのはここ。この太い線の中はもう大体探したから、外側を探して欲しいの。大人の人も探してるから、わたしたちは出来るだけ、子供しか知らない場所、子どもしか行かないような場所を中心に探して。あの太陽が山にぶつかる前には、もう一度ここに戻ってくること」


 瑞穂ちゃんは地面に簡単な地図を描き、てきぱきと子どもたちに指示した。

 子どもは、大人には想像もつかないような行動をとる。

 だから、子どもを捜すには子どもを使うに限るって。


「わたしたちも行くわよ」


 みんなが出て行った後、瑞穂さんに声をかけられて、わたしも一緒に走り出した。

 用水路の小さな橋の下や、塀と蔵の間の狭いすき間。使われなくなった納屋の縁の下。田んぼの中に立てられた作業小屋の中。大人たちは滅多に近づかない場所こそが、子どもたちにとっては最高の隠れ家になるんだ。

 子どもたちは手分けして、自分たちの「ここぞ」という隠れ家を探し回った。

 瑞穂ちゃんの家からはだいぶ離れているはずなのに、瑞穂ちゃんはこの辺りの地理にも詳しかった。引っ越してきてほんの数ヶ月のわたしじゃ太刀打ちできないぐらい、隅々まで知り尽くしてる。

 それでも、どんなに探しても郷介君に関する手がかり一つ見つからない。


 「一旦休もう。一休み」


 自動販売機で買ったジュースを手に、わたしたちは座り込んだ。

 あらかた探し回ったけどやっぱり郷介君の足取りはつかめない。本当に、一体どこへ消えてしまったというんだろう。

 すっかり汗だくのおでこに、冷たいジュースの缶を押しつける。あー気持ちいい。

 動くのをやめた途端、キキキキキキ……とひぐらしの鳴き声が響き渡る。いつの間にか大合唱だ。

 鳴き声はカナカナ、って聞こえるって言う人もいる。だからカナカナ蝉って呼ぶんだって。


「あのさ」


 唐突に、瑞穂さんが言った。


「ごめんね」

「えっ」


 間抜けにも、わたしは聞き返してしまった。


「わたしさ、ずっと謝りたいと思ってたの」


 そんな風に真剣な顔で見つめられると、謝られてるはずなのになんだか怒られるような気がしちゃう。


「そんな……謝るもなにも、瑞穂さん、こうして協力してくれてるし。わたしの方こそ。なんだか瑞穂さんに嫌な思いさせてたみたいで。本当にごめんなさい。わたし、馬鹿だからどうしてそんな風に思われちゃったのか。全然わかんないんだけど……」

「そういう所よ、都会人」

「えっ」

「物分りの良い大人みたいな顔しちゃって。遠慮して変に顔色うかがって。そういう所が嫌いなの」


 謝ったかと思えば返す刀でけなされて、わたしは呆然とするばかりだった。


「馬鹿にしないで聞いて欲しいんだけど……わたし、田舎が嫌いなの。田舎者って言われたくなくて、田んぼと畑と山しかないこの村が嫌いで、早く学校卒業して都会に行きたいなぁってずっと思ってたの。だから精一杯都会人ぶって、服とか髪型とかも勉強して」


 ウェーブのかかった髪を人差し指でくるくると回しながら、瑞穂さんは話し続ける。

 タイトなパンツも大胆な切り替え柄のカットソーも、オシャレな大学生みたいによく似合っていて、こうしてみると同じ小学生には絶対に思えない。

 そっか。みんなのリーダーの瑞穂さんも、人知れず悩みを抱えていたんだ。


「そしたら、あなたがやって来ることになったでしょ? 初めての転校生だからって、みんな浮かれちゃって。ちやほやして。わたし、あなたに取られるって思ったの。都会に生まれたっていうだけで都会ぶった顔したやつに、みんなを取られちゃうって。だからわたし……」

「瑞穂ちゃん……そんな……」


 言葉が無かった。


「だってわたし、そんなんじゃない。わかるでしょ? わたし、瑞穂ちゃんみたいにはなれないもの。瑞穂ちゃんみたいにみんなから慕われて、信頼されるような子じゃないよ。わたしはこの村よりは都会っぽい場所で生まれたかもしれないけど、ただそれだけだもん。瑞穂ちゃんみたいにオシャレじゃないし、流行とかもよくわかんないし、都会人でもなんでもないもの」

「……知ってる」


 はぁ?

 思いつくまま、必死で弁明したつもりだったのに、瑞穂ちゃんはそう言って笑い出した。


「今になってみれば、そんなはずないよね。あなた鈍くさいし、何をやっても大したことないし。都会人って言ってもダサいしさ。むしろわたしより田舎者って感じ?」

「な……」


 開いた口が塞がらなかった。


「ごめんごめん。正直に言っちゃった。でもあなた、悪いやつじゃないもんね。都会から来たにしてはびっくりするぐらい、いいヤツだよ。なんにでも一生懸命だし、友達思いだし」


 瑞穂さんは笑いすぎて目じりに浮かんだ涙を拭いながら、言いつくろった。

 けなしたりほめたり、本当に忙しい人!


「だからさ……」


 残ったジュースを飲み干し、立ち上がる瑞穂さん。


「今さらかもしれないけど、あなたさえ良かったらわたしと友達になってくれない? わたしたち、結構上手く行くと思うんだよね。わたしもあなたも、友達思いっていうところは一緒でしょ。きっと、お互いに大事にできると思うんだ」


 背中を向けて言う瑞穂さんに、胸の奥から熱いものがこみ上げるのを押さえきれなかった。

 良かった。

 ようやく認めてくれたんだ。

 それどころか、瑞穂さんの方から友達になろうって言ってくれるなんて。

 嬉しくて嬉しくて、思わず涙がこぼれてしまう。


「馬鹿。何泣いてんのよ。やめてよ。わたしがイジメてるみたいじゃない」

「さんざん意地悪しておいて、今頃何言ってるの」


 わたしは涙を拭いながら、言い返してやった。


「い、意地悪って……そういう事もあったかもしれないけど、その、それは……。いいから、今はそんな場合じゃないでしょ。郷介君探さなきゃ行けないんだから。ほら、そろそろみんな里花んちに戻ってくるよ。わたしたちも戻らなきゃ」


 オロオロしながら慌てる瑞穂さん。なんだかちょっとだけ可愛い。


「ねえ、それ。やめよう。同い年なんだから、さん付けって変じゃない?」

「じゃあ、瑞穂……ちゃん? それを言うなら、自分だって都会人なんて呼ばないで。そっちの方がよっぽど失礼だから」

「わかってる。悪いけど、わたしは美国って呼び捨てにするからね」


 目の前に差し出された手にドキッとする。

 ためらいながらも握った瞬間、瑞穂ちゃんはニカッと笑った。


「さ。そろそろ行くよ、美国」

「うん」


 わたしたちは手をつないで、再び走り出した。

 はじめて握った瑞穂ちゃんの手は、とっても力強い感じがした。

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