神隠し

第15話

 梅雨が明けると、外で遊ぶ子供たちの姿が目立つようになった。

 ずっとじめじめした天気が続いていただけに、なおさら外で遊びたくなるんだよね。

 この時期になると田んぼ仕事も小休止。

 水の管理をおこたらず、田んぼの中の草取りと田んぼ周りの草刈りが主な仕事になる。雑草は取っても刈ってもすぐに次から次へと生えてくるから、本当に大変そう。それでも田植えや稲刈りといった一大イベントに比べると有閑期と言えるんだって。


「いただきまーす」


 わたしは里花ちゃんの家で、今朝採ったばかりというスイカをご馳走になった。

 井戸水でキンキンに冷やされていただけあって、甘くて冷たくて美味しい。


「あたちも食べたーい」


 目の前で千代ちゃんが指をくわえて恨めしそうに見てるけど、こればっかりは仕方ない。みんながいる前で、千代ちゃんに食べ物を分けることなんてできないんだから。

 後でおうちに帰ってから、一緒に食べようね。

 わたしの家と同じで、里花ちゃんの家も少し小高い丘の上に建つ。この辺りの家はみんなそう。高いところに建てるのが当たり前だったのかな。

 その分、縁側からは真下に広がる田んぼを一望できる。

 もうずーっと先まで、見渡す限り一面に青々と生い茂った田んぼが広がってるの。きれいに草刈りされたあぜ道と農道で方眼紙みたいに規則正しく区分けされて。

 田んぼの風景がこんなに素敵だなんて、思いもしなかった。


「きれいだなんて、思ったことないけどなー。これぞ田舎っていう感じ。田んぼじゃなくて、ビルとかデパートのほうがいいよ。スカイツリーとか」


 ずっとこの環境の中で育った里花ちゃんたちには、わたしの感動なんてさっぱりピンと来ないみたいだった。

 わたしにも、田んぼの真ん中にスカイツリーが欲しいという里花ちゃんの気持ちは全然わからない。

 里花ちゃんの家の前にシンボルのようにそびえ立つ大きな柿の木の方が、よっぽどこの村らしくて素敵だ。


「遊ぶところもないし。お店もないし。絶対都会の方が楽しいよー」


 そうは言っても、都会だって別に遊ぶ場所が多いわけじゃない。住んでる人が多い分、色んな商売が増えるだけなんだって、こっちに来てからわかってきた。

 どんなにお店が増えたって、自由になるお金を持たないわたしたち子供にとっては何にも関係ない。むしろ子供たちが自由に遊べる場所はどんどん減る一方で、無料で遊べる場所という意味では、こっちの方がたくさんある。

 前に住んでいた町では、自分たちで行ける範囲には滑り台しかないような小さな公園しか無かったし、そもそも友達と遊ぶことだって少なかった。みんな習い事や塾に忙しくて、放課後に遊んでいる子なんてほとんどいなかったんだ。


「郷介、サッカーやろうぜー」


 雅紀君を先頭に男の子たちがガヤガヤとやって来て、郷介君を連れて行った。

 下は幼稚園から、上は六年生まで。学年なんて関係ない子どもたちの集まりだ。

 あっという間に目の前の草むらがサッカーグラウンドに早変わり。こんなの、前に住んでいた町じゃあり得ない。


「じゃあ、食べ終わったら続きをやるかね」


 里花ちゃんのおばあちゃんに、はぁいと返事をする。

 わたしと里花ちゃんは、おばあちゃんにお手玉を作り方を教わっていた。

 余った端切れで長方形を四つ作り、折り紙で手裏剣を作るようにして縫い合わせていく。中には数珠玉という初めて見る植物の実を入れ、最後に残った口を縫えば完成!

 ……って説明する分には簡単なんだけど、ちくちく縫い合わせていくのが意外と大変。おばあちゃんがやるみたいに真っ直ぐきれいにはなかなか出来ない。

 何度も何度もやり直して、


「できた!」


 とようやく一つ目を完成させた頃だった。


   ※     ※     ※


「里花! 郷介戻ってない?」


 血相を変えてやって来たのは、雅紀君だった。


「まだ帰ってきてないけど、どうしたの?」


 尋常尋常ではない様子に、わたしたちも腰を浮かせる。ずっと座っていたせいか、足の先がジンジンと痺れた。


「大変なんだ! 郷介がいなくなっちゃった!」

「ええっ!」


 わたしたちは家を飛び出した。

 さっきまで一緒に遊んでいた男の子たちが、口々に名前を呼びながら、郷介君を探していた。

 その中にはいつから混ざったのか、信夫君の姿もある。


「一体なにがあったの?」

「いや、それが……」


 雅紀君たちが遊んでいるところに、信夫君がやってきたのが始まりだった。

 サッカーに飽きた男の子たちは次にかくれんぼをする事にしたんだけど、そこで信夫君が得意のいたずらを仕掛けたのだそう。

 郷介君が鬼の間に、みんな絶対見つからないような遠く離れた場所まで隠れたんだって。

 最初は郷介君が一生懸命探しているのを遠目に見て喜んでいたんだけど、気づいた時には郷介君の姿が消えてしまった。


「どこか遠くまで探しに行ったんじゃない?」

「そうだと思って探してるんだけど、どこにも見つからないんだよ」


 郷介君が鬼役をしていたのは小さな空き地の中。稲刈り用の資材がしまわれた古い小屋に向かって数字を数えていた。

 それに対し、信夫君たちはなんと田んぼ二枚も挟んだ場所まで逃げ隠れたっていうんだからびっくり。それじゃあ小さな郷介君には見つけようもない。

 最初の空き地をはじめ、周囲にまで範囲を広げて探したけど、いくら呼びかけても、一時間以上経っても郷介君は姿を現さなかった。


「一体どうしたっていうんだろ」

「いくらなんでもどこ行っちゃったっていうんだ」


 首をかしげる雅紀君に、今にも泣き出しそうな信夫君。今度こそ自分が引き金なだけに、責任を感じているようだった。


「もう家に戻ったのかも」

「一回見てこようか」


 里花ちゃんとうなずき合い、わたしたちは里花ちゃんの家へと戻った。

 でも、やっぱり郷介君は戻っていない。


「なんかあったんか」


 わたしたちの様子を見て、おばあちゃんが尋ねた。

 迷ったものの、わたしたちは素直に言うことにした。


「あれま。神隠しでねえか」


 おばあちゃんは目をこれでもかというぐらい見開いて、電話機に向けて駆けて行った。どこかに電話をしているようだった。もしかしたら警察かもしれない。

 その後、残った男の子たちの方にも、異変に気づいた近所の大人たちが駆けつけ、事態はいよいよ大事になりつつあった。

 小学校一年生の郷介君が神隠しに遭った。

 情報は村中を駆け抜け、すぐさま消防団の法被を着た大人たちが続々と集まってきた。村の駐在さんもやって来て、あっという間に大騒ぎになる。

 里花ちゃんの家は、瞬く間に捜査本部へと早変わりした。


「とにかく探してみっぺ」


 大人たちは幾つかのかたまりに分かれて、捜索隊を結成した。それぞれが手にかねや太鼓を持ち、カンカン、トントンと打ち鳴らしながら、


「郷介やーい。郷介出て来ーい」


 と呼び歩く不思議な光景だった。

 なんでも、神隠しにあった時にはこうして探すのが昔からの決まりなんだそう。


「大丈夫かな。見つかるかな」


 心配で涙をこぼす里花ちゃんの手を握り、わたしは郷介君が見つかるのを待った。

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