第11話
ようやく全部を植え終えって間もなく、見計らっていたかのようにぽつりぽつりと空から
「雨だ」
「よぅし、今日はもう終わりだ。お前らはさっさと帰っちめえ」
雅紀君のお父さんに言われて、わたしたちは駆け足で雅紀君の家へと急いだ。
「うわっ、降ってきたっ!」
「急げ急げっ!」
なだれ込むように家へ入るのと同時に、ざっと雨が本降りになった。
バタバタとトタン屋根を打つ雨音が激しさを増す。
「おやまぁ、大丈夫かえ?」
雅紀君のおばあちゃんがタオルを手に出迎えてくれる。
「ギリギリセーフ」
雅紀君と郷介君はハイタッチして喜んだ。
「あっ」
声をあげたのは里花ちゃんだ。
道路にあったのと同じ裸足の足跡が玄関を入って、家の中まで続いていた。
「あれま。誰がやったんだべか。郷君かえ?」
「僕じゃないよ。今戻ってきたんだから」
お婆ちゃんも初めて気づいたみたいで、名指しされた郷介君はむきになって否定する。
違う。そんなはずはない。わたしたちの中の誰かがやったはずはない。だってみんな、ずっと田んぼにいたのは間違いないんだから。
やっぱりさっきの男の子だ。
准君の言う通り、男の子は雅紀君の家に帰ってきたんだ。
確信にも似た思いがどんどん胸の中で大きくなる。
あの子はきっと、人間じゃない。
千代ちゃんやサトリと同じ、見えるはずのないものの仲間だ。
「どこまで行ったんだろ?」
足跡をたどると、家の奥の一室の、押し入れのような扉の前まで続いていた。
そこだけ立派な木製の扉で、なにか大事な物がしまわれていそうな雰囲気。仏壇とも、ちょっと違うみたい。
「まさか、この中に隠れてるのか?」
「えっ、だってここ……オクナイサマの部屋じゃない」
里花ちゃんが気味が悪いとでも言うように身震いする。
オクナイサマ?
里花ちゃんに掴まれた腕から嫌な感じが伝わってくる。
きっとこの中には、あまりぞっとしないものが収められているはずだ。
「誰のいたずらじゃ。オクナイサマに悪さしてはなんめえ」
怖じ気づくわたしたちを意に介さず、お婆ちゃんは逆に怒ったような口調で、扉を開いた。
が――
中にあったのは、一体の人形だった。
色褪せた紅色の着物を身にまとった、お地蔵様みたいな木彫りの人形。どうやらこれが、オクナイサマらしい。
もっと気味の悪いものを想像していたんだけど、不思議と嫌な気はしなかった。
「誰もいない……」
雅紀君たちは中に人形しかないのを確認して、拍子抜けしたみたい。
「こんなところまで足跡つけるなんて、誰の悪戯なのかしら?」
一時の恐怖も収まったようで、里花ちゃんは珍しく不機嫌そう。
「でも、不思議だよな。ここからまたどこかに行ったんだとしたら、そっちにも足跡が残ってるはずじゃんか。それともわざわざこの中できれいに足を洗ったのかな?」
足跡は真っすぐオクナイサマに向かってきて、扉の前で消えていた。仮に足を洗ったのだとしたら、バケツなりタオルなりが必要そうだけど、そんな面倒な事までしたのかな? しかも足跡は田んぼからずっと続いてたのに。
あの男の子は一体誰で、何のためにそんな事をしたのかしら? いたずらっ子で知られる信夫君だとしても、ここまではやらないだろうし。
推理をふくらませる雅紀君たち。
でもどんなに考えても、やっぱり不思議よね。
そこまで手の込んだ悪戯をわざわざやるなんて、おかしいもの。
例え信じられないとしても、人間ではない何かがやったと考える方が自然に思えてくる。
人形の顔を見ているうちに、わたしは気づいた。
――似てる。
どこがとは言えないけど、さっきの男の子に似たような雰囲気を感じたの。
どことなくやんちゃそうな顔にいがぐり頭で、身に着けた古い着物は甚平に見えなくもない。
もしかしたらあの子って……人形の足元を見降ろして、
「ひぇっ」
思わず悲鳴をあげちゃった。
「あっ」
雅紀君たちも、気づいたみたい。
オクナイサマの足元は、まるで田植えでもしていたかのように泥だらけだった。
※ ※ ※
この雨だとバーベキューも中止かな、と心配していたら、家の隣にある納屋がバーベキュー場に早変わり。
納屋といっても普段から農作業に使われる小屋だからとっても広いの。わたしが前に住んでいたマンションの部屋より広いぐらい。床は玄関と同じように土間になってるから、バーベキューの火をたいても問題なし。
雅紀君のお父さんたちは生ビールの機械まで持ち出して、大宴会になっちゃった。
焼くのはお父さんと雅紀君の役目……だったんだけど、お父さんはお酒が入っちゃったせいか、なんだか気持ち良くなっちゃったみたい。
「雅紀、お前がイタズラしたんでねえだろうな」
「やるわけないだろ。そもそも俺たちだって田んぼにいたんだし」
大人たちはオクナイサマの一件を、誰かのたちの悪いイタズラだと決めつけてるみたい。
「あんなのやるのは雅紀しかいないよ」
「うまい事やったんだろう」
「そんなはずないじゃん。考えてみてよ。俺にそんな悪知恵が働くはずないだろ」
「それもそうだな」
「雅紀の仕業ならすぐバレるわ」
はっはっはっと笑い声が溢れ、雅紀君は「ちぇっ」と口を尖らせた。
お母さんやお爺ちゃんにもからかわれる雅紀君。この人、学校でも家でもいじられキャラなんだなぁ。
それでも雅紀君はへそを曲げるわけでもなく、頭にタオルを巻いて一生懸命グリル係を務める。
バーベキューはお肉もいっぱいだけど、焼き鳥とかホタテ、エビもあってとっても豪華。とりたてのアスパラバスの一本焼きもほくほくしてすごく美味しい。
「もしかすると、オクナイサマが手伝ってくれたのかもしんねえな」
突然言い出したのはお婆ちゃん。
「昔の人はよく言ったもんじゃ。今年もオクナイサマに助けてもらったぞ、とな」
「助けてもらう?」
「あぁ。雨が降りそうだとか、人手が足りないなんていうと、どこからともなくいつの間にか知らん子が手伝いに混ざっているなんて事がよくあったそうな。お礼に飯でもごちそうしようと思うと、いつの間にか姿を消してしまう。そんな時は、きっとオクナイサマに違いないと感謝したもんじゃよ」
思わず固まった。
それって……まるっきりあの男の子と一緒だ。
「ばあ、何言ってんだ。昔話じゃあるまいし。さては雅紀、お前それを狙ったんだな」
「し、知らないよー。そんな話、今初めて聞いたし」
お父さんたちは笑い飛ばしたけど、わたしは胸がバクバクするのを抑えられなかった。
「へぇー、オクナイサマってそんな言い伝えがあったんだね」
「そうじゃよ。オクナイサマは家の守り神でもあり、農業の神様でもあるんじゃ。先祖代々お世話になって来たんだし、これからも大事にせんといかんよ」
おばあちゃんはにこにこと優しく微笑みながら、郷介君にさとした。
そういえば……あの男の子も、雅紀君とは先祖代々の付き合いだって言ってたっけ。
やっぱりそうだ。
間違いなくあの男の子は、オクナイサマだったんだ。
たまたま通りかかった准君は、すぐにその正体に気づいたんだろう。だからあんな、おかしそうな反応をしたんだ。
だったらそう教えてくれれば良かったのに。友達だとか言ってたくせに。
「……どうしたの美国ちゃん? 食べないの?」
「あ、ううん。ごめん。ちょっと考え事してて」
顔をのぞき込む里花ちゃんに気づいて、慌てて言いつくろう。
「ほら、メロンむいたからおたべー」
お盆にいっぱいのメロンを並べたお母さんがやってきて、わたしたちはわーいと飛びついた。
すごく甘くて美味しーい! メロンの旬って五月なんだって!
なんてメロンに
この村に来てから不思議なモノに出会ってきたけど、一番不思議なのって准君かもしれない。あの人が一番わからないや。
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