第4話
お父さんが戻ってくるのを待って、一緒に千代ちゃんの家を探しに行ってみようか。お父さんだったらこの子の家も心当たりがあるるかもしれないし……。
考えあぐねていると、千代ちゃんがじっと目の前のショートケーキを見つめているのに気づいた。
「……あの、もし良かったら、食べる?」
「これ、食べられるの?」
「食べた事ないの? ショートケーキって言って、とっても甘ぁくて、ふわふわして、美味しいんだよ」
「それに白くていちごが赤くてかわいいね」
千代ちゃんの顔に笑顔がこぼれる。食べ物で気分転換を図るのは当たりかも。
「いいよ。食べた事ないんでしょ? 千代ちゃんにあげるよ」
「本当に? ありがとう」
千代はケーキを手でわしづかみにすると、パクリ、と大きな口を開けてかぶりついた。
わぁ、豪快。
「わぁー、甘ぁくて、ふわふわしてて、おいしい~」
「でしょう?」
二人で顔を見合わせて笑う。
良かった。笑ってくれた。
ショートケーキって、すごい!
「わたしの分は別にあるから、それ全部食べちゃっていいよ」
わたしももう一つ残ったケーキに手を伸ばす。お父さんの分が無くなっちゃうけど、きっと怒りはしないよね。千代ちゃんも一人で食べてたら気をつかっちゃうかもしれないし。
――ただ単に、わたしが食べたかっただけじゃないのか、なんてつっ込みは置いておくとして……
冷めかけた紅茶をすすりながらショートケーキを食べていると、ガラガラガラ……と玄関が開く音がして、お父さんが帰ってきたのがわかった。
「ただいま。悪かったね。裏のおじいちゃんに捕まっちゃってさ。どうにもこっちの人って話が長くて」
「お父さん、あの、この子……」
お父さんはケーキの箱をのぞき込み、
「美国、ひどいなぁ。一人で二つもいっぺんに食べちゃうなんて。お父さんの分がなくなっちゃったじゃないか」
と嘆いた。
一人で二つも?
「仕方ないなぁ、美国は。これからうどん作るから、夕飯も残さずちゃんと食べるんだよ」
言い残し、それっきり見向きもせずに台所へと消えてしまう。
あれ? ちょっとお父さん! 千代ちゃんは?
思わず千代ちゃんの顔を見るわたし。千代ちゃんもまた、きょとんとした顔でわたしを見ている。
どーいうこと? 知らない子がいるっていうのに、気にならなかったの? 家に知らない人がいるのがもう普通になっちゃったってこと? いや、さすがにそんなはずは……。
だとしたら、他の可能性って?
わたしの頭の中で、何かが激しく点滅した。
――お父さんは、千代ちゃんに気づかなかったんじゃ……。
まさか。
ゾーッとして全身に鳥肌が立つ。
だってそんな。この子、別に透明とかじゃないし。足もついてるし。こんなにはっきり見えるのし。何よりもたった今ケーキだって食べたのに、まさか、ね。
「美国っていうの?」
千代ちゃんは小首を傾げるようにして、聞いた。
あ、そうか。わたし、聞くだけ聞いて自分の名前は教えてなかったんだ。
「そう。美国」
「そうなんだ。美国にだけ、見えるんだね」
「見えるって、何が?」
「あたちが」
あどけない表情を浮かべ、小さな人差し指で自分の鼻のあたりを示す千代ちゃん。ほっぺにクリームが付いちゃってる。うーん、かわいい。って……。
「え?」
今、なんて言ったの? 美国にだけ見える? あたち? それってつまり、
――千代ちゃんがわたしにだけ見えるってこと?
全身からさーっと血の気がひくのがわかった。
「ま、ま、ま、まさかあなた、お、お、お、お、お、おば……」
「オバケじゃないもん!」
先回りするように、千代ちゃんは叫んだ。
「ざしきわらしだもん!」
座敷わらし!
で、出たぁーー!
「ざ、ざしきわらしって、お、お、おばけじゃない!」
「オバケじゃないもん! ざしきわらしだもん!」
「ざしきわらしだもんって……」
「オバケじゃないもん!」
今にも泣き出しそうに目を真っ赤にしながら強情に言い張る千代ちゃんに、あっけにとられる。
確かに、怖いとか恐ろしいという印象はないけど……。
「でも、さっきあなたケーキ食べたじゃない。それに、ほら……」
恐る恐る手を伸ばし、あまりにもはっきり見える千代ちゃんの手に触れる。すり抜ける訳でもなく、しっかりと千代ちゃんの手を掴むことができた。
別に冷たいわけじゃないし……温かくもないけど……このプニプニした感覚は、小さな子ども特有のものだ。
「オバケだとしたら、こんな風に触ることなんてできないはずでしょ?」
「だからぁ、オバケじゃなくてざしきわらしだってば!」
ほっぺたを膨らませる千代ちゃん。
座敷わらしって、もしかしたらわたしの知らない奥遠野村だけの意味があったりするのかな? 小さい女の子のことを座敷わらしって呼ぶとか。
「ちょっと待って。もう一度教えて。千代ちゃん、あなた、どこから来たの? おうちは? 間違えてるだけじゃないの?」
「わかんない。あたちはずっと前からここに住んでただけ。後から来たのはそっちでしょ」
ずっと前からここから住んでた?
……って事はやっぱり、わたしたちが来る前からいたって事?
じゃあやっぱりこの子は、本物の座敷わらしだってことになるのか。
千代ちゃんからあまりにも怖さを感じないとはいえ、冷静に分析してしまう自分にびっくり。
するとそこへ、
「美国ー、どうした? なに一人で騒いでるんだ?」
騒々しさに気づいたのか台所からお父さんが顔をのぞかせるものの、
「べ、別に……」
引きつった笑みを浮かべるわたしを見て、お父さんは嬉しそうに笑った。
「遠慮しなくてもいいんだぞ。前にいたマンションと違って家は広いし、隣近所だって遠いし。その調子で好きなだけ騒いで構わないんだから。歌でも踊りでも、大いにやってくれよ」
なにをどう勘違いしたのか知らないけど。いつも静かなわたしが、珍しくはしゃいでるとでも思ったのかしら?
そのまま満足げに立ち去っていくお父さん。
けど、やっぱり千代ちゃんには気づかないまま。
――っていうかわたし、どうして千代ちゃんの事言わなかったんだろう。
わたしは千代ちゃんと顔を見合わせた。
「大丈夫。あたち、美国にしか見えないから」
誇らしげに胸を張る千代ちゃん。
やっぱりわたしにしか見えないって――つまりそれは、要するに……。
「これからよろしくね、美国」
「よろしくねって……どういう意味?」
「決まってるでしょ。これから一緒にこの家で暮らすんだもん。今日から美国はあたちの友達になるんだよ」
目が点。
お父さーん、って呼んだところでどうせお父さんには見えないし。
千代ちゃんは怖さなんて全然感じさせないあどけなさでにこにこしてるし。
「と、友達ってどういう事?」
「友達って、ともだちでしょ。一緒に遊んだりするんだよ。美国、いっぱい遊ぼうね」
「遊ぶって言われても……」
「ここはあたちんち。美国もここに住むんでしょ? 仲良くしようね」
まー確かにここがわたしの家で、千代ちゃんの家でもある以上、千代ちゃんの要求を拒むには引っ越すぐらいしか選択肢はないんだけど。
ようやく仕事できる環境が整ったって嬉しそうなお父さんに、もう一回引っ越したいなんて言えるはずもないし。
千代ちゃんも別に悪いオバケとかじゃあなさそうだし。
「よ、よろしく……」
「よろしくね」
恐る恐る差し出した右手を握り、千代ちゃんは満面の笑み。
なんてことでしょう。
この日わたしは、本物の座敷わらしと友達になっちゃった。
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