第3話

 少人数のクラスはわたしにとっては驚くことばかりだった。

 何よりも先生との距離が近い!


「わかった人!」


 と睦美先生が問いかければ、みんな自分から率先してどんどん「はい!」と手を挙げる。

 迷ったり、驚いたりしている暇もない。


「じゃあ、わからない人はわかる人に聞いてみよう!」


 今度は自由に席を立って、手を挙げた人のところに集まる。

 えー、授業中に教室の中を歩き回るなんて、面白い。

 こんな時、一番人気は瑞穂さんで、いつも瑞穂さんの周りにはたくさんの子が集まっていた。

 やっぱり瑞穂さんは頼りになるリーダーなんだ。


「そろそろ答えを……よし、雅紀君!」

「えー、おれ?」


 嫌がる雅紀君を、周りのみんながはやし立てる。

 黒板に答えを書けば書いたで、


「当たりだと思う人!」


 手が挙がったり、挙がらなかったり。


「じゃあ、外れだと思う人は手を挙げて! 理由を……じゃあ、瑞穂ちゃん!」

「六も八も二で割れるから約分して、答えは四分の三です」

「当たり! 雅紀君、惜しかった。商が約分できる場合には、ちゃんと約分しないとね。……ええと、約分って意味説明できる人!」


 なんて、いちいち先生とやり取りしながら授業が進んでいく。

 先生に当てられるのが嫌で、目を合わせないようにみんなが下を向く前の学校とは大きな違いだ。

 常にそんな感じだから、授業中でも教室が賑やか。

 うるさいんじゃなくて、元気っていうか――活気がある感じ。

 人数が少ないから、指されないようにしていてもどうせすぐに順番が回って来ちゃうし。

 一日に何回も指されるから、いちいち緊張したりする暇もない。

 そのせいかみんなとっても積極的。黙ってて指されるぐらいなら先に自分から正直に「わからない!」って言っちゃえ、もしくはわかる問題で先に指されておこう、みたいな。

 そもそも少ないだけあってみんなお互いの事をよくわかりあっているんだ。

 一人ひとりが個性的――っていうよりは、ちゃんと一人ひとりに順番にスポットライトが当たるようになってるから、個性も隠しようがない。

 おかげでわたしもすぐにみんなの顔と名前を覚えることができた。なんとなく性格だってわかってくる。

 もしかしたら少人数の学校って、とっても素敵なのかもしれない。


「そうか。それは良かったね。ぼくもそう思うよ。美国も早くみんなと仲良くなれるといいね」


 わたしの報告を聞いたお父さんは、にこにこ満足そうに言った。

 お父さんの方は、わたしが学校に行っている間も一日おうちで仕事や生活の準備を進めていたらしい。


「ようやくインターネットがつながったよ。これでファックスも送れるし、やっと仕事環境が整ってきた。良かった良かった」


 わたしにはわからないけれど、引越しって荷物以外にも大変なことがたくあんあるみたい。

 仕事の人なのかわからないけど、お客さんも来ていたみたいだ。


「ちょっと裏のおうちに挨拶に行ってくるから、留守番してて」


 わたしが帰るのを待って、入れ違いにお父さんは出かけて行った。

 裏と言っても間に畑や空き地があるので、百メートルぐらい離れている。ちょっとしたお散歩に等しいレベルだ。


「お腹空いてるようだったら、そこにあるケーキ、食べててもいいからね」

「ケーキ? やったぁ、わぁい!」


 先日買ってきたばかりのこたつの上に、小さな可愛らしい白い箱が載っていた。

 こんな山奥じゃあもうケーキに出会うことなんてないだろうと思っていたけど、日中来たお客さんがお土産に持ってきてくれたんだって。なんて素敵なお客様! 毎日でも来てくれないかしら。


「いってらっしゃーい」


 お父さんを見送った後、うきうきしながら可愛らしいピンクのリボンをほどいて、ケーキの入った箱を開ける。

 たっぷりの生クリームの上に、真っ赤ないちご!

 ショートケーキだ!


「うー、美味しそうー!」


 思わず声が出る。

 パッケージには「パティスリーふるら~じゅ」という店名。住所が鍋石という事は、この間お父さんと買い物に行った隣の大きい町だ。手作りっぽいし、なんだかとっても美味しそうな予感がするぞぉ。

 二つ入ったケーキの内、取り出した一つの透明なフィルムをはがしながら、フォークを片手に舌なめずり。お父さんからは「女の子がはしたないよ!」っていつも注意されるけど、どうしても直らないわたしの癖。

 美味しいかな。スポンジふわふわかな。甘さ控えめかな。

 三角形の先っちょにフォークを突き立てようとし――ふと思いとどまる。

 そうだ。美味しいケーキを食べるには、やっぱり飲み物が必要よね。

 一旦フォークを置いて、台所へ。

 お湯を沸かして紅茶をいれて、再び茶の間に戻ろうとしたその時――


 あれ?


 ケーキの前に、小さな女の子が座っていた。

 おかっぱ頭に、赤いちゃんちゃんこ。

 いかにもこっちの子っていう感じの、素朴な雰囲気の子。

 いつの間にやってきたんだろう?


「ねえ」


 わたしが声をかけると、女の子はビクッと弾かれたように顔を上げた。


「あなた、どこの子? いつの間に入ってきたの?」

「あたち、ずっとここにいたよ」


 舌足らずな感じがかわいい。思わず頬が緩んじゃう。でも、ずっといたってどういうこと?


「ここにって……一人? お父さんやお母さんは?」

「いない。あたち、ひとり」

「あなた、お名前は?」

千代ちよ

「ちよ? 千代ちゃんって言うのね」


 きっとまだ幼稚園生ぐらいか。喋っていてもあんまり要領を得ない。

 一人でうろうろしているうちに、迷い込んじゃったのかな?

 この前も二軒隣の知らないお婆ちゃんが採ったばかりのふきのとうをおすそ分けにやって来て、いつの間にか上がり込んでいたという事件があったばかりだった。奥遠野村では、他人の家に断りなく入るのは普通の出来事なのかもしれない。昼間はどこの家も、ガラガラ戸を開けっ放しで防犯も何もなさそうだし。

 何より村の中に見たことのない車や人がいれば、目立って仕方ないもんね。

 基本的にこの村にいるのは知り合いばかり。だから、防犯する必要なんてないんだ。

 とはいえ千代ちゃん、なんだか寂しそうな顔をしてかわいそう。パパやママとはぐれちゃったのかな?

 何とか気を紛らわせてあげたいけど、わたしには兄弟なんていなかったからこんな小さな子が何をしたら喜ぶのかなんて全然思い浮かばない。

 何か元気になってくれる方法があればいいんだけど。

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