第2話
「じゃあ、頑張ってくるんだよ」
「うん。行ってきます」
笑顔を浮かべようとするものの、どうしても引きつっちゃう。
今日は始業式。初めての登校日だった。
これから通うことになる奥遠野小学校には、前に一度だけお父さんと挨拶には行っていたけど、会ったのは校長先生と担任になるという
クラスメートとは初顔合わせになるんだ。
う~、緊張する~。
改めて玄関のガラスに映った自分の姿を確認する。どんな格好がいいかよくわからなかったから、当たりさわり無さそうなジーンズにした。上には冷たい風でも大丈夫なように、ブルゾンとマフラー、手袋。
もう四月なのに、着すぎかな? 笑われたりしないかな? スカートとかワンピースとか、もっと女の子っぽい格好にした方が良かったかな?
迷ったって答えなんて出ない。転校なんて初めての経験なんだから、わかるはずないじゃない。
「大丈夫。こっちの子は素直な子ばっかりだから。美国も素直で元気に頑張るんだぞ」
「うん」
お父さんが「ほら、来たんじゃないか」と坂の下を指さした。
ランドセル姿の女の子がやって来るところだった。
「おはよー!」
初めて会うにも関わらず、満面の笑顔で手をぶんぶん振ってる。
その手には手袋。頭には耳当て。
良かった。やっぱりこっちの子もまだ冬服だ。
「おはよー!」
嬉しくなって、わたしも思い切り手を振り返した。
「はじめましてー。わたし、
「
この近所(と言っても家同士が離れているから結構遠い)に住んでいる子で、初めて登校するわたしのために、わざわざ家まで迎えに来てくれたんだ。
「わたしたちが小学校に入ってから、転校生なんて初めてなのー。だからみんな楽しみに待ってたんだ。田舎の子ばっかりでイモ臭いかもしれないけど、仲良くしてねー」
「そんな……こっちこそ」
里花ちゃんの話し方はゆっくりな上、なまりのせいかイントネーションがちょっぴりおかしくて、とってもほんわかした雰囲気を感じさせた。なんだか優しそうな子で良かった。
下の道路には里花ちゃんの弟の
「みんないい子ばっかりだからねー。きっとすぐ仲良くなれるはずだよ」
里花ちゃんは学校まで歩いて行く間に、まだ見ぬクラスメートや先生たちについて詳しく説明してくれた。
六年生は男女それぞれ八人ずつ。全部で十六人しかいないんだって。
わたしが前に通っていた小学校は一クラスだけでも倍以上の人数がいたからびっくり!
十六人しかいないなんて、どうやって授業してるんだろう?
サッカーをやる時には八人ずつに分かれてやるのかな?
合唱とか鼓笛隊も人数が足りなさそうだよね。
「おはよー里花ちゃん」
「おっはよー」
学校に着くまでに会う子がみんな里花ちゃんににこにこあいさつしていく。年下の子も、上級生も関係ない。
もしかして里花ちゃんって、学校の有名人なのかな?
「すごいね。みんな知り合いなの?」
かと思いきや、
「え、普通そうじゃないのー? だって毎日一緒の学校通ってるんだから、友達になっちゃうでしょう?」
里花ちゃんだけが特別なわけじゃなくて、上級生も下級生もみんなが友達だから自然とあいさつするんだって。
わたしが通っていた学校では学年をこえた知り合いなんてほとんどいなかったから、驚きだ。同じ学年でも名前も知らない子や、話したことのない子だって多かったっていうのに。
一年生から六年生まで全校生徒の数が百人とちょっとしかいない奥遠野小学校では、みんなが知り合いなんだって。
「あなたが転校生の美国ちゃんね。おはようございます」
通学路や校門で出会う先生がたも、里花ちゃんどころか初めて会うわたしの名前まで呼んでくれる。
なんだか自分が有名人になったみたいで、少し照れくさい。
自分のクラス十六人の顔と名前さえ覚えればいいと思っていたけど、なんだかそうもいかなさそう。
「あれ、もしかして転校生の子?」
昇降口でばったり会った男の子が声をかけてきた。
「おはよー雅紀君。そう。美国ちゃんっていうのー」
雅紀君といえば同級生の一人だ。里花ちゃんから説明を聞いたばかりだったから、すぐにピンと来る。
「柳田美国です、よろしく」
「よろしくね。俺、
見た感じは笑顔が似合う爽やかスポーツマンっていう感じ。里花ちゃんから事前に仕入れてあった「人はいいけどちょっぴり天然」なんて情報とはちょっと印象が違う。
わたしからすると、むしろ里花ちゃんの方がおっとりしていて天然っぽい感じもするんだけどなぁ。おっと、本人になんて絶対言わないけど。
「登校班は別だけど雅紀君の家はうちから近いんだよー。昔から家族でも仲良くしてるの」
「狭い村だから、みんな親戚みたいなもんだけどね」
はにかむ雅紀君はすっごく自然体。
裏表なんて一切なさそうで、全身からいい人オーラが滲み出してる。
里花ちゃんのほのぼのオーラと合わさると、こっちまでポカポカしてくる。
なんかいいなぁ。こっちの子って、みんなこんな感じなのかなぁ。
「みんなー、転校生きたよー!」
教室に着くなり、里花ちゃんがゆったりとした大声で叫ぶ。
わぁっと声があがった。
わたしが入っても十七人しかいないだけあって、教室は机と机の間隔もゆったりしていて、広々と感じる。前から六、五、六と三列しかない。二列目の真ん中、ちょうど教室のど真ん中がわたしの席なんだって。
「はじめまして」
「よろしく」
あっという間に女の子たちに囲まれた。
外側に、ちょっと控えめに雅紀君はじめとする男の子たち。
次から次へと自己紹介をして、どんどん質問をぶつけてくる。もう目が回りそう。
転校生って言えば、一番最初はみんなの前に先生と一緒に立って自己紹介するものだとばかり思い込んでたわたしは、またまたびっくり。
何の前触れもなく、いきなりみんなの中に入れられちゃうなんて。
全然知らない学校に転校するなんて不安ばかりだったけど、想像をはるかに通り越してみんなフレンドリーだ。
こっちの子って、本当にお父さんの言う通り素直な子ばかりなのかもしれない。
そんな中、わたしの目は一人の男の子に吸い寄せられた。
たった一人、教室の隅の机に座ったまま本を読んでる。
内向的な子なのかな? まぁ、どこのクラスにもそういう子、一人ぐらいいるよね。むしろみんなで歓迎してくれる方が珍しいような気もするし。
そう思ったのもつかの間、少し離れたところからこちらを見るただならぬ視線に気づいた。
髪の毛にウェーブのかかった大人っぽい女の子が、腕組みしてわたしを睨みつけていた。隣にはニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべる大きな体の男の子。
「
里花ちゃんが声を掛けるものの、女の子は逆にツン、と顔を背けてしまう。
化粧でもしてるのかしら、っていうぐらい目鼻立ちもはっきりしてて、服装もとってもオシャレ。よく見たらあのTシャツ、テレビによく出るモデルさんが愛用している有名なブランドのやつだ。
「瑞穂ちゃん、どうかしたのかな?」
「わかんない。聞いてないけど、家で何かあったんじゃない?」
いつもとは様子が違うみたいで、女の子たちも不思議顔だった。
何かあったら瑞穂ちゃんを頼れば間違いないよって、里花ちゃんも言ってくれたのに。
なのに――どうしてあんなに怖い顔で、わたしを睨むんだろう。
気のせいかもしれないけど、絶対わたしのこと睨んでた。機嫌が悪いとか、嫌なことがあったとかそんなんじゃなくて、わたしに対して怒ってるような……。
怖そうな横顔を見てると、同い年だけど瑞穂ちゃんっていうより、瑞穂さんって呼ばなきゃ駄目そうな感じ。
「ねぇ、信夫君もちゃんと自己紹介しなよー」
「へん、だ! そいつが来たから女の方が多くなっちまったんだろ。知らねーよ」
男の子の方は唾でも飛ばしそうな勢いで吐き捨てた。
男八人、女八人のバランスが崩れたことが面白くないみたいだけど。
なんか感じ悪い。
この子が
迷惑かけるかもしれないけど、根は悪い子じゃないから慣れるまでは大目に見てねって、言われていた。
「雅紀君、信夫君になんとか言ってやってよー。男同士でしょう」
「ちょ……なんでおれが」
「そうだよ雅紀君、言ってやりなよ」
とばっちりを受けてうろたえる雅紀君。
なんだか損な役回りみたいで可哀相。でも前の学校にもいたよね、こういう人。きっとやっぱり人が良いんだ。
ちょっと嫌な感じな子もいるけど、里花ちゃんや雅紀君を頼りにしていればとりあえず大丈夫そう。
わたしはほっと胸を撫でおろした。
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