第51話 大規模人材育成計画折り返し

何のかのと文句を言って邪魔をしてくるチーム老害への対策をアジュール様とウージ様に任せて、好きなように人材育成に精を出す事3か月、そろそろ、こっちの世界で殆ど認識されていない金属類を抽出できる者が出てきだした。

と言っても、比較的検証が楽なマグネシウムなどでではあるが。

ここまでくればあと一歩だ。

彼らが抽出する必要があるクロム、ニッケル、バナジウム、モリブデンなどを実際にさあ割らせて、どういうものなのかを理解させてしまえばいい。


錬金魔法で、何らかの物質を原料から抽出する為には、術者は抽出をするものがどういう物であるかを一定レベルで理解している必要がある。

何より科学反応と言うものを理解し、その反応を促進する方向に力を使う事で魔力を省力出来る。そうでなければ、人の身に宿る魔力などあっという間に枯渇して目標の抽出量を達成する事など出来ない。

この3か月の間、その為の下地作りを延々行って来たのだ。俺の講習を受けた生徒たちは、化学分野に限ってであるが、地球の中学生クラスの知識を身に付けている。

元が促成栽培的な育て方で、俺が人に教える経験など無かった為、かなり偏ったものになってしまったであろうが、身近で有名な化学反応と聞けば、酸化と還元と答える程度の知識は身に着いたはずだ。


後は.抽出すべき4種の元素が自然の状態、あるいはスラグに含有されている状態からいかに魔力効率良くかつ術者に害を与えることなく元素の状態に単離させる術式を覚える事が出来るか、あるいは覚えさせる事が出来るかと言う問題だろう。


ぶっちゃけ、老害どもの妨害が無ければ、時間は十分だとみている。

そして、老害どもへの対応は俺の仕事じゃない。

ウージ様頑張ってね。

あなたの頑張り次第で増産計画の成否が、ひいては国家の行く末が決まりますよ。

うちは、そろそろ何時でも逃げ出せる様に、下準備だけはしておこうかな。

なにせウージ様がこけた場合、この国も大こけする事になりかねないのだ。


事の始まりは、うちの製造能力を大きく越えるMV鋼製品の納品を国が望んだことだ。しかも、継続的な納品をご希望だと言う。

所がその時点である程度育成が終わっている錬金魔法士は、うちには12人しかいなかった。しかもMV鋼の生産に必要な素材、モリブデンにせよバナジウムにせよを抽出する事ができなかった。

単発ならともかく継続した納品となると、どう考えてもうちの製造能力を大きく越える事になり、本業の事業、ステン鋼の継続的な生産が困難になる。なにせ、あの時点でまともにMV鋼の材料を抽出できるのは俺だけしかいなかったのだ。

納期と数量に関して交渉を重ねるが芳しくない。要は、俺が単独で抽出できる範囲で我慢してくれるように話した訳だが芳しくない。理由を確認したところそれも出来ないと言う。

幾度かのやりとりの後でしぶしぶかつ極秘の条件付きで明かされた理由に納得せざるを得ない事は認めたが、うちでは対応出来ない事に変わりは無い。そこで仕方なく、国が人材を育てて独自に製造するのなら協力する、と言う形を認めざるを得なかったのだ。


話は変わるが、この世界独自の存在にダンジョンと言うものがある。いや”いる”と言うべきか、ダンジョンとはそれ自体が一種の魔物であると考えられているからだ。大きさこそ、まちまちであるが、古いモノ程大きいくなる傾向にあり、必ずダンジョンコアと呼ばれる特殊な魔核を持っており、これを壊されると死ぬ事がわかっている。

また、体内に貴金属や宝石、魔石、アーティファクトと呼ばれる魔道具などを溜め込む習性があり、それをエサにヒトを誘うとされている。これはヒトを食う為だと言われているが、実はよく分かっていない。

その他に、その内部に別の魔物を飼っており、1種の共生関係を形成しているらしい事もわかっている。


問題は、この共生関係にある方の魔物の事だ。

魔物と言うものについては、実はよく分かっていない部分が多いが、魔力が凝縮していき生物に似た形の何物かになる場合と、動物などが他の動物や魔物などから魔力を吸収して変質する場合があるとされている。

また、一度実体化した魔物は、疑似的な生物として他の生き物や魔物を捕食して、存在を維持する本能を持つらしい。

更に最悪な事に、魔物の中にはある程度類似した生物や魔物を苗床として、繁殖出来る事がわかっている。この類似の程度に関しては未だわかっていない部分が多いのだが、熊の魔物であれば熊と、猪の魔物であれば猪と、と言う様にベースとなった生き物との間で繁殖が出来る事がわかっている他、亜鬼族と呼ばれる系列の魔物は、ヒト(ヒューマンだけではないヒト類全般)の子宮を苗床に繁殖出来る事がわかっている。


そして、最近の研究の結果、ダンジョンに生息する魔物が徐々に強力化する傾向にあるらしい事が判明した。

この強力化が問題なのだ。繁殖する類の魔物には1種のレベルの様なものがあり、同じ魔物の中でも強いものいれば弱いものもいる。

ダンジョンと共生関係にある魔物に関しては、ダンジョンのより深くに生息している個体の方が強力になる傾向がある事は知られていたが、詳しい事は分かっていなかった。しかし、最近、ダンジョン内を探索する事を生業とする冒険者・探索者の間で魔物との戦いに敗れて未帰還となる者、怪我が原因で廃業するものが増えて行く傾向にあり、詳しく調査した結果、魔物の強力化が進んでいる事が判明したらしい。


それ自体はおかしな話ではない。

魔物も生きて経験を積んでいけば強くなるであろうし、ダンジョンとそこに共生する魔物達にしても然りだ。ダンジョンに日々立ち入り、そこで糧を得ている探索者達にしても、ダンジョンの深層などにはそうそう気楽に到達できるものではないし、そうであれば深層に住む魔物などは滅多に討伐されない、と言う事になる。

結果として、どんどん強くなる魔物がダンジョンの奥に生息し、更に討伐され難くなっていく。

そしてある種の魔物は、一定レベルに達すると周辺に生息する同種の魔物に一定の影響を及ぼすらしい。結果として、その影響下にある魔物も倒しにくくなる。


対して、ダンジョンを探索する探索者・冒険者はどうかと言えば、さほど変わり映えしないのが現状だ。もちろん、彼らにしたところで、経験を積む事で強化されていく事に変わりはないが、ヒトに寿命があり、ある程度以上齢を取ると能力が下がる事が知られている。自助努力で能力の劣化をある程度は抑える事が出来るが、活動の限界を感じた者は自ずと引退を選ぶことが一般的であり、その活動期間は魔物と比べて決して長いものではない。

こうなると、ダンジョンにいる魔物の討伐が滞る事になり、最悪、溜まり過ぎた魔物がダンジョンからあふれる事態となりかねない。

過去にそういう事態になり、国が滅びたと言う伝承も伝えられているそうだ。


問題は、魔物の能力の上昇と、ヒトそれではバランスが取れていない事なのだから、折り合いがつく様に付く様にヒトの側を調整してやれば良いと言う事になる。

そこでテコ入れ策の一つとして、ダンジョンを探索する探索者・冒険者の武装を強化する事が考案された。

より硬く敵の攻撃を防ぎ・弾き、より鋭く敵を切り裂く。劣悪な環境で手入れが滞っても切れ味が落ちる事も無く、防御力が落ちる事も無い。しかもコストが安い。

そんな都合の良い材料など望むべくも無く、四方に手を廻して探索を始めた最中に、折よく、正しく折よく、民間の業者からMV鋼なる、硬く、錆難く、手入れをしなくとも長期に渡り使用できる可能性のある鋼材の売り込みがあり、サンプルを確認したところ確に売り込みの文句通りの性能を示したのだ。

まさしくダンジョンを探索する者にとって理想的な武具の材料と言えるだろう。

以上の状況から、大量かつ継続的な引き合いが生じる事になったと言う次第だ。


現在、人民のパニックを抑える為、王国の上層部により情報の公開は抑えられているが、そんなものは魔物の氾濫でも発生すれば、意味がないものとなってしまう。

何より、問題が生じる可能性のあるダンジョンが王都からわずか数日の距離にある。

何か事が起きれば、あっという間に王都ごと滅びる事になるだろう。


この状況にあって幾ら状況を知らないとは言え、老害どもは妨害をかましてくれている訳で、対応の一端をまかされているウージ様がこいつらを許すとも思えない。

俺としても妨害されて笑って許せる程の余裕は無い訳で、なる様になってしまえと思ってしまう訳だ。

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