第52話 第1期大規模人材育成終了?
錬金魔法講習も既に3か月が経過し、折り返し点を過ぎた。
現在講習は、座学レベルで学ぶべき情報を凡そ学び終え、かつ、基本実習の結果から自らが乗り超えるべき誤った常識の殻を打ち破る状態に来ていると判断している。
この間、教えられた事をどうしても受け入れる事が出来なくて、脱落したものは王都組からの2名のみ。彼らはどうも有力錬金一門からの密偵要員?だった様で、その割に自分の持つ常識が講義と相反する場合、自分の持つ常識を無条件に肯定して講義の妨害すらする始末だった事から、ウージ様に報告して除外してもらう事になった。
図らずも国家事業を妨害する事になった彼らがどうなったのか、俺には知る事は出来ないし知りたいとも思わないが、まぁ自分たちがやらかした事のケジメだ、対応したのがあのお方だって事もあるし、自分のケツくらい自分で拭いて欲しいものだと思う。
残された研修生達は各自が自己判断で必要な実験・実習を行い、自らが抽出すべき金属の性質や情報を実感として吸収するパートに入っている。
この作業を通して、受講者各員はこの世界で来れまで知られていなかった4種の金属についての性質等を実感として理解する事が出来る様になり、それによって錬金魔法でそれぞれの金属を抽出できる様になると見込みだ。
まぁ、何事にも適性と言うものもあるので、受講生全員が全員、4種すべての金属を同程度に抽出できる様になる訳がないだろう事はわかっている。実際、うちの錬金奴隷達にせよ、王都で鍛える事になった錬金魔法士達にせよ、得意不得意レベルでの振れ幅がそれなりにあったのを確認している。まぁそれでも十分に実務レベルで合格ラインに達していたので、問題無しと判断したし、実際にそのまま就業させている。
今回に関しては、実習等を介して彼らの適性を見守って来た上で、特に抽出魔法の適性に問題のありそうな者もいなかった事は確認が終わっているので、かなりのメンバーがステン鋼作りなり、MV鋼作りでなりで相応の才能を示してくれるものと期待している。
また、例え4金属の抽出の分野で適性が低くても、製造作業は分業で行われるので、鍛錬パートでの管理役として活躍してくれれば問題ないと言うのがこちらの判断だ。
適性などは教育前に完全に判断は出来ないので、全てがこちらの希望通りいくはずも無いが、概ね満足してもらえるだけの成果が出せそうな状況に、一安心と言う所だ。
…
講習開始から4か月半が過ぎ、遂に待望の4金属をスラグから抽出できる者が現れた。
と言っても、国が期待しているMV鋼用のモリブデンでもバナジウムでも無く、ステン鋼用のクロムだったりしたのだが、俺にしてみれば諸々の妨害を乗り越えようやくここまで来たと言う思いが強く、感慨もひとしおと言うものだ。
ここまでくれば、後は黙ていても、モリブデンやバナジウムにたどり着けるであろう事も見えているので、ようやく一息付いて報告書の草案作りに入れる。
何分、どう考えてもキャパを超える過剰な数の受講生達の指導を受け入れざるを得なかった為、この数ヶ月の間に溜まりに溜まった書類仕事、主に教育関連の報告書の類だ、を作成しなければならない。
何のかのと言っても、公共事業などを含むこの種の業務には報告書が付きもので、先延ばししてお茶を濁すことは許されても、書かないと言う選択肢はない。
それが分かっていたから、短いレポートや要望書の類はタイミング毎事細かに入れてきたし、気付いた事などを細かな書き付けの形で残してある。それらを確認しながらまとめを行い、プロジェクトを総括する報告書の草案を練っていく。
そうした状況で冷静に考えてみると、未だ錬金工程(素材抽出)を最適化出来ていない事が問題となる可能性がある事に気が付いた。
そもそも、錬金魔法と言うのは、簡単に言ってしまえば、科学(反応)的なプロセスを魔法を使って加速・逆行させる方法だ。
例えば鉄が錆びる(酸化)と言うプロセスは、FeとO2が結合して、FeOやFe2O3・Fe3O4など状態になる事で、自然界において安定的に存在出来る様になる事を言う。
対して還元と言うプロセスは、FeO・Fe2O3・Fe3O4などにCやCaCO2を加えて、FeとCO2、CaO等の状態に分離させる事と考えれば良い。
いずれのプロセスも自然の状態で行うには、相応の触媒、エネルギーを必要とするのだが、それを魔法で補う事で、反応を加速・促進させることが出来る。この反応の促進する作用と関連する諸々の技術を取りまとめものを錬金魔法と呼ぶのだが、当然用意できる鉄の原料と、反応に使用する材料・触媒次第で結果はもとよりコストも大きく異なって来る。
極論すれば材料がFeOであれば、
1. FeO2 > Fe + O2
と言う形に鉄と酸素を抽出する事が出来る。しかしそれだとかなり魔力のパフォーマンスが良くないのだ。
そこで、O2の吸収を促進する為にCを用意する事が出来れば、
2. FeO2 + C > Fe + CO2
と言うプロセスで先の反応より高いパフォーマンスで鉄を得る事が出来る。
この時、材料のFeO2を十分に細微な粉末、若しくは液状の状態にしておく事で、同時に生成されたCO2(常温下で気体の状態となる)が飛散し、純粋なFeだけが得られるのだが、この様な反応も自然にはほぼありえず、よりパフォーマンスの良い方法を考えた場合、CaCO2(石灰(炭酸カルシウム))も用意しておいて、
3-1. CaCO2 + C > CaO + CO
で、先ずOの吸着性の良いCO(1酸化炭素)を生成しておいて、
3-2. FeO2 + 2CO > FeO + CO2 + CO
> Fe +2CO2
で鉄に結合しているOを吸着すると言うプロセスで鉄を抽出する。
こうする事で、一般的な科学反応を促進レベルまで魔力の使用を省力化する事が出来る。
FeO2以外でも同じ様な感じで、その素材ごとに最適な科学反応式があり、それに合わせた抽出工程を用意する必要となる。
また、材料以外の不純物がると、想定外の反応が起きて、有害物質などが生成される場合もある。
そうならない様にする為には、どの様な原料・スラグがあり、その中にどの様な状態で4金属の化合物、それ以外の物質が含有されており、その中から効率的に4金属を抽出するにはどの様な反応式を用いる事が望ましいかを確認し、工程を検討する必要があるのだ。
正直、今の講習はで、抽出すべき金属素材を適切の認識できる様にする事とその認識に基づいて効率を度外視して金属素材を抽出できる様になる事までを主眼としていた。
また、初級の魔法士はどうしても総魔力が低く、容易に魔力が枯渇する傾向があるが、枯渇を経験する事で総魔力値が伸びやすくなる事は知られており、実務を通して錬金魔法に関連する能力が底上げされていく。
その結果として、総合的な魔力・能力が底上げされる見込みであり、魔力の枯渇に苦しむことや、効率的な抽出プロセスの構築は二の次として黙殺する予定だったのだが、現在、国が置かれている状況を勘案すると、新人魔法士の能力の底上げより、抽出量に重きを置いたプロセスの構築が望ましいと言う判断となる。ぶっちゃけ量をこなせば、どんなに効率的に抽出が出来ても、魔力は枯渇するのだ。
そうなると、原石・スラグ類の鉱山(埋設地)からサンプルを取り寄せ、組成の確認と傾向の把握を行い、それに基づいて抽出工程の割りだしを行う必要がある。
とりあえず、原石・スラグをそれなりの量取り寄せる事と、素性の確認(何処から採取されたスラグか)を最優先で行う様にアジュール様経由で手配したのだが、届いたサンプルに必要な情報が添付されれていなかった。
どうも発注元と採取部隊との間での意志の疎通が十分では無かった様なのだ。また、従来の錬金魔法の手法ではこんな面倒な情報のやり取りは行われて来なかった事もまともな情報がもたらされなかった一因の様だ。
いずれにせよ、届いたサンプルも精査して実験用若しくは俺用に廻すとして、必要な事項を念押しして、再度調査・取り寄せを依頼する事になった。
という訳で、報告書の草案を作成しつつ、アジュール様経由で原石のサンプルと資料の取り寄せをするのだが、これがまた、結構な難事となった。
従来の手法では、力業で目的物を抽出する方法が主流なのだ。
結局次に来たサンプルも、こちらが必要としている情報を十分に確認できないサンプルで、組成を確認してさほどリスク無く実習で使える事を確認できたので、実習用に転用する事になった。
こうなってくると、プロジェクトの成否に大きな支障を生じる可能性もある訳で、と言うか不味くなる可能性の方が高くなる訳で、アジュール様に断りを入れた上で、ウージ様(の直属の技術事務官)と意見の交換を行い必要とされる情報等についての認識を調整させてもらい、向こうで適切に調整をしてもらう事になった。
おかげで、必要な情報は手に入る様になったが、何なんだよ、このサンプルの数は。
添付資料から想起される埋蔵量から判断すると、当座必要量の何倍分だよ?
ついでとか言いながら、プロジェクトにかこつけてこの先何十年かで消費する分の当たりを付けておこうとか言う気じゃ無いだろうな?!
…
チョット待て。何なんだ、これ!
6価クロム系の有害物質を含んでるぞ。
6価クロムって、天然で産出するんだっけ?
天然では殆ど生成される事が無くて、作るには3価クロムを高温で燃やす必要があるって聞いた事があった気がするんだけど…?
何処のサンプルだよ?
…ゲッ、王都近郊じゃねぇか
…あ、こいつは6価クロムの中でも、三酸化クロム (CrO3)ってやつだ。
他にもあるのか?
セーフ?!
禄でも無いもんは禄でも無いもんだけど、その中でも水溶性じゃない分だけまだましか…
ヘタに水溶性が高いヤツだと、致死量迄いかなくても飲み水に混じって飲んだりすると発がん性の方が大暴れする可能性があったはずだからな。
全く、厄介な毒やら汚染物質を送り付けて来るんじゃねぇよ。
家には妊婦(仮)もいるって言うのに。
とりあえず王都に警告だけでも送っとくか。
放置しておいて、大騒ぎになったら、寝覚めが悪いからなぁ。
そんな感じで『最優先』の文言付きで警告混じりの報告を送っておいたら、早々に追加オーダーが帰って来た。追加料金を払うから、今回発見した毒物の詳細な情報と浄化等の対処法の策定をしろだと。
確か天然状態だと安定して存在するのは3価クロムの方で、6価クロムの状態で存在する事は多く無かったはずだ。
3価の状態にあるクロムを高熱で焼く事で6価クロムを生成出来ると聞いた事があるがそもそもクロムは6価の状態で安定して存在出来る事は少なく高い酸化性を持つらしい。特に有機物と接触すると、有機物を酸化して自身を3価クロムに変じるらしい。
問題はこの化学反応で、要は有機物って言うのは醤油などの無生物でも有りなのだが、通常は生き物の事を指す。
ぶっちゃけ、不用心に触ると化学やけどする羽目になって、その部分を壊される訳なのだが、これが更に水なんかの液体に溶け込んでいる状態で体内に取り込まれると、体内で接触した有機物=体組織と反応を起こしてくれる訳で、要は、内側から体が壊される事になる。
これが6価クロムのいやらしい部分である。
ついでと言うか更に碌でもない事に、6価クロムと言うのは、1種類では無いのだ。
要は、6価のクロム化合物であれば、6価クロムと呼ばれる訳で、有名な物だけでも複数種類ある。
結果として、特定の化合物として限定して対策が立てられないのだ。
と言う訳で、あまり有効な追加オーダーへの対応が出来ない事が判明した。
まぁ、今回に限っては、具体的な対応を行うと言うより、近づかない・人体に接触させない・人の密集する所に持ち込まない的な感じの注意喚起で対応を徹底してもらって、問題が起きる前に錬金魔法でクロム確りを抽出してしまう事で無毒化する方向の対応してもらうしかない。
なにせ、問題なのは6価のクロム化合物なので、クロムを含まない化合物なら原則問題ないはずなのだ。
因みに、クロムと言うものは、単独、もしくは3価で存在する限り原則無毒で安定して存在する。
と言うより、生物が生きるために必要とされる必須元素なのだ。
微量とは言え体内で消費され、欠乏すると糖代謝に異常をきたす事になる。
化合して6価の状態になると、強い酸化傾向を持ち、その影響でか毒性を持つ。
こうして、聊か不満が残る形ではあるが、公害問題も概ね解決して、人材教育は山場を越え、終講を迎えるのだった。
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