第50話 大規模人材育成計画開始
育成場(育成終了後は、錬金魔法士育成専門の専修学校になるらしい。)の完成を待って、人材育成を開始した。
まぁ、完成したと言ってもガワとちょっとした机と椅子、黒板的な物を設置しただけの話で、実習施設などの設置は今後と事になっている。
当面は、座学メインで進めて行く事になるのだが、いつ頃になれば、実験機材が揃うか不透明な状況にあり、場合によっては交代制で実習を行う必要性が生じる可能性もあるとの事だ。王都でなら兎も角、こんな田舎町で行うにはいささか先進的な施設を要求し過ぎたかもしれない、と少しだけ反省したのは誰にも内緒だ。
そうなるってくると、実習に必要な期間が最大で予定の3倍になる可能性が否定できなくなる。とても予定通りの育成などおぼつかない事になるので、街と王都の両方に警告を発しておく事にした。
ちんたらやってると、予定通り人を育てられねぇぞ、とケツを蹴っ飛ばした形だ。
それと、俺は今の段階でも必要なチェックを怠っていませんよ。予定通りいかなくても俺のせいじゃないですよ、のアピールなのだが、こういう事は案外後でじわじわ効いてくる事になるからな。
どうも、この遅延は王都側の既存権益を守ろうとする勢力の影響が原因の様だ。
サボタージュしている連中は、後で俺に責任を押し付ける気なのだろうが、それを各経過ごとに警告を発しておく事で、工程管理をきちんと行っていたアリバイになるし、問題が発覚した時に、王都側に責任があるとまでは言えなくとも、こちらに責任が無い事の証明ができる。これが責任を追及されるときに重要になる訳だ。
座学の方は、余計な知恵が付いていない者から選んで教育を施しているだけに、素直で憶えも悪くなく順調に進んでいると言って良い状況にある。
ただし、もう少しすると、こちらの世界にとって常識にとされる部分を否定しなければならない段階に到達する。
本来であれば、この段階で実習を重ねてその結果を以て、その間違った常識をブレイクスルーすると言うプロセスを予定していた訳なのだが、実習が出来ない事でその効果が薄くなり、ブレイクスルーするに至らなくなる可能性が出て来た。
実は、王都での育成時にも、この部分では苦労したのだ。その件に関しては報告書でもかなり細かく言及して、重要案件としておいたのだが、それだけに反対派と言うか、老害或いは既存権益を握っている勢力からの反発が予想され、重点的に妨害をしてくる可能性がある。
まぁ、対応するのはあのお人の訳だから、十分に心得ていてくれるとは思うが、ここでこけるとこの後でかなり痛い事になる可能性も大きいので、念押しは欠かせない。
そう言う訳で、煙たがられるのを承知で、警句を発した訳だ。
後はお願いしましたよウージ様、と。
話は少し遡る事になるが、ハネムーン(蜜月)の終り頃、どうもハネムーン・ベイビーの仕込みに失敗したと分かった俺とフェンディは、いささかかがっくり来たのだったが、とにかくフェンディに残された時間はさほど多く無く、闇雲に致せば良い訳ではないと考えて、相応の対策を講じる必要性に迫られる事になった。
そこで思いついたのが基礎体温法だ。
地球にいた当時結婚を約束した彼女がいた訳でも無いので、さほど詳しい訳でも無いが、確か記憶によると、
・女性の体には、妊娠しやすい時期とし難い時期、或いは低体温期と高体温期があるらしい。
・人によってばらつきはあるが、それぞれの時期は凡そ半月(14~15日)周期位で入れ替わるらしい。
・どちらがどちらかわからないが、妊娠しやすい時期とし難い時期では基礎体温(朝起きたタイミングで計る体温)に差がある。(どの位だったかは覚えていない。)
・どちらだかの時期の終りには生理(月経)があり、もう一方の時期の終りには排卵がある。
・排卵(いわゆる危険日)にタイミングを合わせていたす事が最も妊娠の可能性の高いらしい。
だったはずだ。(残念な事にスキルのサポートは無かった。)
ここで大事なのが、基礎体温を測って、体温変化を記録しておく事である。
この世界には無いが、最も簡単に作れて、高い精度を示しそうなのが、水銀を利用した体温計だ。地球でも近代に入ってから作られる様になり、デジタル体温計が一般化するまでは、ありふれた体温計として使われる様になっていたと記憶している。
こちらの世界にも水銀はあり、特に真空法(今は発明されていない)ではない金メッキ(鍍金)などで古くから利用されているのだが、あれは基本的に体に蓄積されやすく、その結果毒性を発揮しやすく、適切に管理する必要がある。
地球でも、体温計を落として割ってしまって、水銀が容器の外に出てしまう事故は結構あったと記憶している。
だが、水銀には、ヒトの体温の温度変化に応じて、伸縮する熱膨張率が比較的大きく、人の体温付近での膨張係数が直線的で数値化しやすい、と言うメリットがある。
ただし、水銀で体温を適切に図るには、
・水銀と人体の間に介在して体温を適切に水銀に伝える熱伝導性の高いセンサー部
・体温によって膨張した水銀が接触しても熱が伝わりにくい為水銀が不用意に放熱し難い、熱伝導性の悪い目盛り部。
・センサー部と目盛り部をホールドして、壊れにくく熱伝導性の低いボディ部。
が必要となる。
センサー部に関しては、こちらで手に入る素材で水銀への熱伝導性の高いものとなると、銀が最も望ましい素材になるだろう。次点が銅で、3席が金だ。
試作や個人的に使うものの材料なら銀でも問題ないだろうが、万が一量産を考える事が必要になるなら銅に置き換える事を考える必要性が出てくるかもしれない。
目盛り部は、逆に熱伝導性が低く透明性が高い素材が必要なので、ガラスの1択だ。
最後にこれらをうまく収納するボディだが、熱伝導性の低さと入手難易度を考慮すれば、ステン鋼1択になるだろう。
こうして、素材の選択は終わったはずだったのだが、実はこの世界のガラスについては今の段階では透明性が低く目盛りの視認性が悪いものが普通だと言う事が判明した。仕方が無いので錬金魔法で不純物を取り除き透明性の高いガラスの製造をしたのはみんなには内緒だ。
こうして試作を重ねた結果、とりあえず使う事が出来そうな体温計が完成したので、フェンディとタリンに渡して毎日起きがけに体温を測定し、その時の体調と一緒に指示値を記録しておくようにお願いした。
女性側からすると、あまり知られたくない月経期を知られる事になるのでかなり嫌がられたが、そこは子作りには大切な事だと諭して頷かせた。
お願いしてからさほど時間が経っていないので、未だ効果のほどは実感できないが、とりあえず高温期の後に月経が来る事はわかったので、低温期の終りに排卵があるんだろう。
確か、記憶違いでなければ、精子ってやつは女体内でも数日は生きている筈だったから、排卵前にはタイミングに注意してたっぷりと注がねばなるまい。
なんて事を考えている時に限って、トラブルってやつはやって来くさる。
どうやら老害の一部が俺が発した警句が気に入らないといちゃもんを付けているらしい。釈明をしろとかなんとか言ってるらしいので、
「そんな暇あるか阿呆。聞きたきゃこっちにこい。1刻ぐらいなら時間を空けてやる。」
と言う意味の文を少しお淑やかな表現で書いて送り返したら、切れたらしい。
全くウージエモン、何やってるの?
ちゃんと老害を抑えてくれなきゃ、増産計画失敗するよ。
と言う訳で、アジュール様を経由して、ウージ様のご出馬と相成りましてござる。
ちゃんと抑えておいてよ。
こんなバカ相手にしている暇なんて全くないんだから。
予定の3倍以上もいるのよ、育ててる必要がある連中が。
それだけでも目が行き届き兼ねているのに、その日毎にやった授業の内容と考察をまとめて、各員の理解度の深まり合いに関する考察やらメモやらもまとめて、プロジェクトのその他の部分の進展度合いの確認と指示、更に妊活まであるんだから…
これ以上なんかあったら、俺死んじゃうよ?
最悪、逃げ出すからね。
逃がしてもらえそうにないけどだけど。
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