第49話 大規模人材育成実験

呼び出しに応じて公館に赴いた俺は、王都から送られて来た錬金魔法士の見習い約60名に引き合わされ、いかに自分の考えが甘かった事を痛感する事になるのだった。

彼らは、専修学校の入学時適性検査で錬金術に比較的高い適性を持っている事が判明していたにも関わらず、家業等の他の職業志望であった為就学を見送ったり、そのタイミングで専修学校に適当な錬金術関連の指導者がいなかった等の理由で今迄錬金術を学ぶ機会がなかった者達が殆どだ。

今回王国から、かなりの好条件で錬金術士に適性がありながら学ぶ機会が無かったものたちへのチャンスととも取れる人材の募集が行われ、それに応募して厳正な審査を潜り抜け、合格して候補生となった者達であった。


その彼らが、何故トレファチャムにいるのかと言えば、ウージ様とご領主様の間で行われた協議の結果、王国プロジェクトへの協力が原因でステン鋼増産プロジェクトに損失が発生した場合は王家が無条件で弁済する約束になり、その第1弾としてステン鋼の材料抽出を担う錬金魔法士の育成講座に、王都側から選抜されたMV鋼用材料抽出錬金魔王士候補として聴講させる事になったからだそうだ。


そんな話聞いてねえよ。


腹が立つのはこいつらが全員聴講生と言う点だろう。こっちがステン鋼用に工面した人材と一緒に育てろと言うのであれば、契約が違うしここまでの人数の人材を一括して育てた経験は無いので失敗しても責任を負えない、と言う事を理由に拒否出来たのかもしれないが…、聴講生である。


受講生と聴講生、この世界にこの2つの間にそんなに厳密な立場の差があった事を初めて知ったのだが、この2つの生徒の間には大きな違いがある。

聴講生には講義を聞き、見る権利しかないのだ。

両者とも、同じテキストを与えられて俺の講義を聞く義務を負うが、受講生は講義中にわからない事があった場合に質問をする権利があるが、受講生にその権利は無い。

実習に関しても受講生は実習自体を体験する義務を負うが、聴講生はそれ見る権利しかない。他にも細かな相違点があるが、それでいて、受講生も聴講生も錬金魔法を一定以上のレベルで習得する義務を負うのだ。

俺の作ったテキストは、講義を聞き、わからない事を質問し、実習を行って実感を得る事ありきで造られているにも関わらずだ。

そして、最大の問題は義務を負う事だろう。


そう、彼らはプロジェクトの為に雇われた人材なので、受講は権利では無く義務であり、クロムとニッケルは兎も角、モリブデンとバナジウムが抽出できる様にならなければならない、と言うの義務負っている。

それなりの厚遇を受けて抜擢されて来た以上は、なれなかった者にはそれなりのペナルティが課せられる事になるはずだ。

どういう契約に基づいて派遣されてきたのかは知らないし知りたくも無いが。


この件に関して、あまりに聴講生に不利な条件が重なりすぎていると感じられた事と俺の負担がどう考えても増す事を考慮して、俺の方から下記の様な申し入れを行った。

1.今回の人材育成にあたって、俺は聴講生の達成した成果について一切の責任を負わない。(このまま講義を行っても、受講期間終了時に目標を達成する聴講生数は全体の半分も見込めないと考える。)

2.実施する講義に関しては、ステン鋼用材料をターゲットにした内容を優先し、MV鋼用材料抽出に関する内容は努力目標に程度にとどめる。

3.講義にあたって、聴講生にも質問する権利を認めるが、それは受講生による質疑の後。残余時間があった場合にのみ認めるものとする。

4.講義にあたって、受講生が優先的に着席出来るエリアを設定して、聴講生のそのエリアへの着席は講義開始直前(5分前位)に、その席が空いていた場合にのみ使用を許可するものとする。

5.実習に際しても、聴講生は参加する権利を持つが、項目3と同じ区別を行う。

6.受講期間終了時点で、受講生30人の内の8割、25人が目標の金属を抽出可能か管理業務に就く事が出来るスキルを身に付ける事を以て、この講義の目的を達成したものと判断する。

7.聴講生については、受講期間終了時点での成否の判断基準を設定しない。

8.王家並びにトレファチャムは、この対応に関して、別途報酬を俺に対して支払う事とする。


要は、ある程度は聴講生に関しても配慮してやるからその分の報酬をよこせ。ただし、後から無理やり捻じ込んできたんだから、きっちり区別はするぞ、と言う内容だ。何をどうすればそういう事が出来るのかわからないが、申し入れから3日後、正式に王家からこの条件を了承すると回答が来た。

どうもパンピーには知らされていない、高速通信用の魔道具か何かがある様だ。

或いは、この前ウージ様が来た時についでに設置でもしていったのだろうか。

恐らく、機密保持の観点から、設置にはある程度以上の地位にある王族や国官の立ち合いが必要になるんだろう。

相変わらず食えないお人だ。

提示された報酬額は、…これは報酬の積み増しじゃないな。

俺が、ステン鋼用の人材30人を育成するのにこの街から支払われる報酬の倍どころか3倍でもおつりが出るだけの金額が提示されてきた。


提示された報酬の減額をこちらからする事は基本的に出来ないだろう。

それなら減らさない分、聴講生へのフォローを厚くしてくれ、と言われるのは目に見えている。

だからと言って、この額で提案の内容程度のフォローしかしないのであれば、完全にぼったくりだ。こっちが悪者になる未来しか見えない。

つまるところ、この報酬を受け取る事にして、聴講生の待遇を受講生並みか少し低い程度に引き上げなくてはならない。

取り合えずは、聴講生側の成果のボーダーラインは45人て所か。


あぁ、街側から提示された報酬額の積み増し分、要は迷惑料はこの育成計画で俺に支払われる約束額の3割増し程だった。

聴講生分の報酬額があまりにナニだったんで忘れていたが、普通に考えればまぁ妥当な金額だろう。王家から補填用として支払われる額を考えなければだが。

何分俺への支払い分だけでアレである。想像しなければ、それはそれで幸せになれそうな気もしない訳じゃないが…、どんだけ抜いたんだそっちで?


王家からの提案を受け入れ、俺が新たに提示した育成に関する覚書は、下記の通り。


1.今回の人材育成にあたって、俺は聴講生達成したの成果について一切の責任を負わない。ただし、聴講生の育成にも一定以上の配慮を行い、別項でに定める努力目標の達成に尽力する。

2.実施する講義に関しては、ステン鋼用材料抽出をターゲットにした内容に加えてMV鋼用材料抽出に関する内容も十分に考慮したものとする。

3.講義にあたって、聴講生にも質問する権利を認める。

4.講義にあたって、受講生が優先的に着席出来るエリアを設定する。聴講生は講義開始直前(5分前位)時点で、その席が空いていた場合にのみその席の使用できるものとする。

5.実験に際しても、聴講生の参加を認める。ただし扱いは項目3.4.と同じ扱いとする。

6.受講期間終了時点で、受講生の8割、25人が目標の金属を抽出可能か、管理業務に就く事が出来るスキルを身に付ける事を以て、この講義の目的を達成したものとする。

7.受講期間終了時点で、聴講生の約7割5分、45人が目標の金属を抽出可能になっているか、管理業務に就く事が出来るスキルを身に付ける事を以て事を以て、この講義の努力目的を達成したものと判断する。また、目標を下回った場合でも特にペナルティは設けない。

8.管理業務への就業の可否の判断基準については、別途判断する事とする。

9.王家並びにトレファチャムからの報酬は、別途これを定める事とする。


なお、この人数の教育をどこで行うか、については、当初予定していた教育場の規模を拡大して建造を行っており、間もなく落成予定だとか。

明らかにわかってて、やってるんじゃねえか、くそ!


どっかから新しいデス・マーチの景気の良い音が聞こえてくる様な気がするのは、聞き違いじゃないに違いない。


この仕打ち、決して忘れねーからな、ウージ様、アジュール様!

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