第45話 ウェディング・ラプソディ①

結局、代官様との協議の結果は当初の想定を大きく超過し、とんでもないハードワークを抱え込む事になってしまった。

最終的にステン鋼関連に関してはこの街や代官様…じゃなくて、ご領主様の管理下でC&Qブランドを使わない事を条件に製品の製造・販売を行う事になり、俺はその立ち上げに協力する事で相応の権利料を受け取る事となった。

現時点で、増産に対応できる施設・人員の手配が困難と言うか不可能な為、当面必要とされる術士や工員達の育成・指導、材料の入手経路の策定から抽出・製造施設等の設計・建造の監督に至るまで、とんでもなく面倒で膨大な仕事を請け負う事になってしまった訳だ。

あくまでも当面、ある程度軌道に乗るまでの間の一時的なのもの言われているとは言え、期待されている道のりを考えるとため息しか出てこない。


当然、それなりの対価はもらう約束になってはいるのだが、

地位?

これ以上余計な責任を押し付けられてたまるか、つーの。

バリキャリで出世希望と言うなら兎も角、俺は本来、スローライフ希望だよ。


金?

これ以上、過剰に積み上がってもねぇ。

そもそも、俺と妻二人、今後増えるだろう子供たち、工房で雇っている工員や奴隷達がまあまあ良い感じにやっていけるだけの収入があって、多少蓄財出来れば、それ以上を望むのは欲張りと言うものだろう?


土地?

既にこの街と王都にかなりの広さの土地と施設があって、管理すら面倒な状態なんだが?


と言う訳で、金銭的な部分を除く正式な報酬については現在保留中だ。

なにせ、現状でも使い切れない程の売り上げが、かなり積みあがっている状況だ。

むしろ、下手に金で受け取ると、内部留保だけがどんどん積みあがって行って、経済を廻すための金が市場に出回らなくなる可能性すらある。

かといって、鉱山などの不動産資産をやみくもに増やしてもなぁ…

大事なのは、それをどう使って発展させるか、であるはずし…


あぁ!

魔法金属を弄ってみたかったんだけど、言えば融通してもらえるのかな?

早速、交渉する事にしよう。


そんな訳でステン鋼の増産計画については、ご領主様マターの事業として、この街と言うかこの領の特産品として今後増産していき、今まで手が回らなかった分野の製品なども作って行く事になる。

俺は始動時の管理官として事業に参画し、ある程度事業が軌道に乗ったタイミングでご領主様の家臣団に業務を徐々にシフトしていく予定となっている。また、家臣団には業務に慣れてもらうためにも、今後の事業に必要となる材料の入手先の検討等の書類仕事を極力任せ、なるべく俺の負担を少なくして経験を積んでもらう予定だったのだが…、そうは問屋が何とやら、全然思い道理にいかなかった。


別に家臣団の仕事が雑だったと言う訳じゃない。彼らは自分たちで出来る範囲の仕事を最大限頑張ってくれたんだろうと思う。

実際提出されて来た書類には、かなりとりまとめに苦労したことが伺える痕跡がうかがえるものとなっており、内容的にもコチラの科学的な発展状況を考えればそれなりに妥当性のあるモノとなってはいた。

なってはいたのだが、全く足りないのだ。

こちらの要求するレベルに至っていない。特に地球の文明レベルでの科学的知見と言う意味では、全く意味をなさないと言うレベルで足りない。

結論から言うと、何らかの鉱物が採掘可能な情報がわかる分だけ、地図を壁に貼ってダーツで視察先を決めて、行った先で鑑定を行って原料を探すよりかは、若干マシと言う程度の情報しか得られなかった。

くそっ、この辺も教導計画に組み込む必要がある。


はぁ、どっかに地球の科学的知見に富んだ転生者とか、転がっていないもんかね?

見つけたら、厚遇でスカウトさせていただきたいんだけど。

仕方が無いので予定を大きく変更して、この街で過去に生成した鋼鉄スラグの廃棄場の情報とスラグのサンプル、街周辺で何らかの鉱石の採取が出来る採掘場の情報とそのサンプルの収集を指示し、その分析(鑑定)から始める事にした。


俺は届いたサンプルを片端から鑑定して、鉱山として有望そうな場所の視察若しくは現地調査を行って、利用可能な資源の埋蔵量等の情報確認を実施せざるを得ないんだけど、こんな調子で本当に大丈夫なんだろうか?

いきなり、こんな大きな予定の変更だなんて、ご領主様、切れなきゃ良いけどな。


まぁ、かなりの時間が必要となりそうだが、とりあえず、これであたりを付ける事はだけ出来るだろう。

いきなりのハードワークに、俺としてはかなりげんなりする事になったが…

現地での鑑定が追加になったので、かなり大幅に時間を取られる事にならざるを得ない感じだが、効率的な視察の巡回ルートの割り出しや準備は家臣団に任せて、負担を減らそう。とりあえずは、有望そうな原料の入手経路だけは確認できそうなのだから。



さて、前回のMV鋼の時は、時間の関係で材料の抽出も移動中に行った訳だが、今回はそこまでする必要はない。

その代わり、採掘場全体をきちんと視察して、何処にどの程度の比率でどの程度の量の材料が埋蔵されている可能性があるかを確認しなければならない。

ぶっちゃけ結構な精度での広範囲の探査(鑑定)が必要となるので、かなりの魔力と時間を使う見込みだ。

一日で複数個所を掛け持ちでの廻る様な事は多分出来ないだろう。

その心算で、予定を立ててもらわないといけない。


こうなってくると、タリンを随員に任命してスケジュールの調整をコントロールしてもらった方が良いかな?

必要な話を伝えておけば、あの娘はこの種の調整に長けていて、MV鋼の生産体制の確立事業の時にはすんごく助かったし。

でも、そうすると、フェンディは拗ねるかな?

他にも話しておきたい事もあるし、少し時間を取って、きちんと話をしておくか。


定時となり自宅に帰ると、お帰りなさいませ、とフェンディが寄って来たので、ただいま、と軽く抱き寄せキスした。

別にやましい事があって誤魔化す為とかでやってる訳じゃないぞ、ここまでは何時ものルーチンだ。

「タリンはいるかい?」

と聞くと、調理場で差配をしていると言うので、後で二人で書斎に来てくれと言付けて自室に向かった。


自室に戻って外套を脱ぎ、軽く身仕度を整えて、書斎に入る。

待つ程の間も無く2人がお茶を持って書斎に来てくれたので迎え入れる。

この部屋は、基本家人であっても無許可での立ち入りを禁止している。

別にやましい事があってそうしている訳では無く、この部屋には通常の業務上の資料等の他に、錬金魔法で抽出した希少金属等のサンプルなどが置いてあるのだが、この種の物には毒性の強い物も珍しくないので迂闊に触ると危険なのだ。

例えばウランなどの重金属は、非常に高い毒性を有する事でも有名だが、発がん性のある環境汚染物質としても危険性が高く、取り扱いに細心の注意を払う必要がある。そんなものをその辺に気楽に置いておく様な雑な事はしていないが、不用意に人が立ち入れば何かの不手際でトラブルとなる可能性も出てくるので、不要な危険は避けるに越したことはないのだ。

だから、家の者には許可無く立ち入らない様に厳重に申し付けてあるのだ。


サーブしてもらったお茶を一口すすって楽しみ、2人に向かって近いうちに今やっているご領主様の案件を推進する為、視察に出る可能性が高い旨を伝える。

ついては、少し長めに不在となるが、タリンにはスケジュールの調整と随員として付いてきてもらい、フェンディには家の取り仕切りを頼みたい事を伝えた。

元々、外向きの事はタリン、内向きの事はフェンディ、と日頃から役割を分担する形で家の取り仕切りをしてもらっていたので、特に異論も無く了承されたがのだが、今度の視察は少し長くなる見込みだ。

そこで代官様からの情報の都合で伸び伸びになっていた、婚姻とその事を披露する宴を先にしようと考えている事を伝えた。

恐らく2人とも視察については予測していたのだと思うが、その前に結婚を持ってくるとは思いもよら無かったのだろう。

2人ともかなり、驚いた様な顔をしている。


「まぁ、何時までも海の物とも山の物ともつかない様な話を待って、伸び伸びにしていく訳にも行かないし、フェンディにしても、そろそろ子どもの一人も欲しいだろう?」

と半分笑い話のネタの様に話を振るをすると、思いの外真剣な顔で頷かれてしまった。実は結構気にしていたらしい。

確かにこっちの世界でフェンディの齢で初産だと、それなりにリスクのある高齢出産扱いになる。俺が思っていたよりセンシシブな問題だった様だ。

反省、反省。


少し、表情を改めて、

「そこで、披露の宴席の差配も2人に任せたいと思うのだが、やってもらえるか?」

と振ると、こちらも、

「「わかりました。」」

と声を揃えてうなずかれた。

「タリンについては視察の準備もあるので、大変だと思うがよろしく頼む。

フェンディもタリンを良く支えてやってくれ。」

と頭を下げた。

その後、披露宴と視察のおおまか予定の話をして、各々のやる事の調整を行い今日の打ち合わせはひとまず終了した。


その夜、風呂でのんびり汗を流しているタイミングで、タリンから

「しかし、婚姻自体は兎も角、披露の宴席までしてもよろしかったのすか?」

とネタ振りがあったので、

「構わない。

と言うより王都側、恐らくウージ様はこちらが何らかの動きをするのを待って、介入する心算なんだと思う。

そうで無ければ、今までに何の介入も無かったと言うのがおかしい。

まぁ、俺にそれほどの利用価値も認めていないと言う可能性も否定はしないけどね。」

とここで話を変えて、

「明日、アジュール様に婚姻と披露の宴席を設ける報告をして来る。

恐らく、その時に、領主様側からどの様なお立場の方がどの位参加されるか、等のお話を頂く事になると思う。

まぁ、大事にはならないと思うがそれなりの方が参加される可能性があるので、それなりの覚悟しておいてくれ。」

と言ってこの話を終わらせた。この世界では、夜に灯す明かりのコストも馬鹿にならないので、夜は短いのだ。

フェンディにも言ったが子孫を残す努力は、別に彼女だけに言った言葉ではない、未だ後継ぎがいない身の上として、その努力は欠かすことが出来ないものだと言えよう。

せっかく久しぶりにまともな時間に帰って来たんだから、努力すべきところはきちんとしないとね。


GOOD NIGHT

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