第46話 ウェディング・ラプソディ②

翌朝、すっかり諸々を吸い出されてパサパサになりながらも起き出した俺は、婚姻の披露宴の予定を調整する為、代官公館を訪れた。

王都側の意向をある程度知っている代官様からは大丈夫なのかと確認されたが、昨夜と同じくここまで待って何のアクションも無いのだから大丈夫だろうと、俺の見込みを伝えて押し通す事にした。

その上で、婚姻・披露宴は視察に出る前までに行い、視察後は、特に第2夫人のフェンディとの妊活を最重視する為、過度の労働は出来なくなる旨のご了承を頂きたいとの申し入れを行った。


アジュール様も即断は避けたものの、方向性を概ね了承してくれてご領主様と間で調整をしてくれる事を約束してくれた。

ついでに、ご領主様側の宴席参加者だが、御領主様ご本人、アジュール様や随員を含めて最大で10人程度の予定で組んでおく様に要請された。ちょっと、お偉い方が多すぎな気もするけど、そこはテーブル設定で何とかするしかないかな。フェンディがビビらないと良いけど。


この状況で俄然張り切っているのが、我が盟友にして公館料理人のコジーニくんだ。今回は友人の結婚披露の宴でシェフを頼まれ、ご領主様も参列される場で上司(アジュール様)の許可を得て、費用もフリーハンドに近い形(俺持ち)で腕を振るえる機会となっている。

しかも使う調理器具は、ここ数年俺たち二人でシコシコ改良に改良を加え続けて来たC&Qの最新型である。

料理法も、基本の4種(焼く、煮る、蒸し焼く、燻す)に加えて、二人で完成させた蒸す、揚げる、冷やす等々、この世界ではこの町でしか聞いた事の無い様な料理法に基づく料理を大大的にお披露目するチャンスでもある。

何せ料理法が斬新過ぎて俺達以外誰も出来ないせいで、C&Qブランドでも売る事が出来ないでいる調理器具をお披露目するチャンスなのだ。


大事な事なのでもう一度言うが、かかる費用は俺持ちで、だ。


当日は街の名士の結婚祝いと言う事で、俺の名前で振る舞い酒や振る舞い菓子も大量にばらまかれる予定らしい。

「いつも間にそんな名士とやらになったのかは知らないが~」

等とぼやいていたら、メイド達に、

「旦那様が王都で国家事業を指揮していた(過労死しそうになっていた)頃からですよ。あれのおかげでこの町も街になれたんですから。」

とやんわりたしなめられてしまった。


…成程ね。

街の発展だけではなく、王都との直行馬車便の運行迄が俺のお蔭となれば、名士扱いもやむなしと言う感じか。


しかも、例の国家事業に協力した報酬だが、実は、細かな話はタリンに任せていたので良く知らなかったのだが、一時金だけで、この街の年間予算を超える様な額が支払われており、今後は俺が犯罪行為などに加担して国から処罰をいけない限り、年金として相当な額の一時金が生涯支給される事になっているらしい。

まぁこれは流石に単純な年金ではなく、MV鋼の製造権を国に移譲した権利金を含む金額なので、今後MV鋼の生産が増産されれば増える事はあっても減る見込みはないらしく、犯罪者となって年金部分が削減されても、権利金は受け取る権利があるので、かなりの不就労所得が見込めるらしい。


ぶっちゃけると、個人の裁量で使えるお金と言う意味では、代官様どころか領主様よりもぶ厚くしかも枯れる事無い財布を持つことになったので、誰も俺が金を出す事を気にしないで使う気でいるのだった。

俺も披露宴で出す料理やお祝いで振る舞う菓子などについては、コジ君と一緒にかなりこだわって試作を繰り返したので、全然人の事を揶揄出来ないのだが、他の連中も予算度外視でいちいち俺の許可を取る事無く使う事を今後も目論んでいる様で、楽しみと言うべきなのか不安と言うべきなのか、何とも言い難い状態だと言えるだろう。


やがて、宴の予定日が迫って来て、街の外からも(領主様関係の)招待客が三々五々集まりだした。

所謂お貴族様を含めてこの世界では、町を跨いで移動する場合の交通機関は馬車を使うのが一般的だ。それが無理なら基本徒歩となる。

そしてこの世界の馬車は、地球のそれに比べるまでも無く原始的で、乗り心地や踏破性の向上等考えての改良などほぼされていない状態にある。

何故このような事をあえて言うのかと言うと、婚姻報告の演出の一部で馬車を使うのだが、その乗り心地のあまりの酷さに地球の知識を利用して改良を加えたからだ。


正直、この世界の馬車に関しては、自宅~工房間の往復に毎日の様に使っていたし、王都間の往復にも、例の王家主導案件の巡回視察の時などでも使っていた、その他生活で普通に使い倒しており、その時は気にならなかった。と言うか、自前のクッションを持ち込んで、それで済ませて、他の奴は自分で対応すればいい、と割り切っていた。

それが何故、急に気になりだしたのかと言うと、ぶっちゃけフェンディと結婚するからだ。

正直、結婚するのがタリンとだけだったら、こんな事は気にならなかっただろうと思う。俺にせよ、タリンにせよ、まだまだ十分若くチャンスは幾らでもあると思えるからだ。

しかし、フェンディはそうはいかない。正直今直ぐに結婚・妊娠したとしても、産婆によっては高齢妊娠だから流した方が良い、と言われる可能性があるのだ。

それを承知でこれから結婚して妊活に入るのだが、こっちには妊娠検査薬など無いのでHCG(妊娠中の女性の血液や尿に含まれるホルモン)の有無で早い段階で妊娠を確認する事等出来ないのだ。

する事をして、母体につわり等の妊娠初期に出ると言われる症状が出て、産婆に見立ててもらって初めて概ね妊娠だとわかる。(こちらにも想像妊娠はあるので100%確実ではない。)

それまでは、普通に体調が少し悪いかな程度の扱いで、日常的なお使い等には当然出させられる事になる可能性もある。

そう言う時に使うのが、この手の馬車、特に辻馬車だ。

それなりの大通りまで出て辻馬車を拾って、馬車に揺られて(大きな街で端から端まで行くなら1~2刻は馬車に揺られる事もある)、目的にに着いたら金を払って馬車を降りる。

普通は復路も同じ事をするので、またも同じように揺られる事になる。

もちろん普通の辻馬車の座席にクッションなんて洒落た物はついていない。

客は乗ったら目的地までずっと、尻から馬車が走る時に出すショックを受け続ける事になる。


そこまで考えてふと思ったのだ。

いや、思ってしまったと言うべきか。

もし俺の妻が妊娠している事を自覚せずに辻馬車に乗って、あの振動を受け続けて移動したとして、妊娠に障りは出ないのか?

ここで、そう考えたのが俺でなければ、障りがあるかもしれないが調べようが無いしなぁ、なるべくそういう使いには出さない様に心掛けよう。

位の話で終わったかもしれない。

しかし、俺には転生時に神様からもらった、異世界基本知識がある。

これは、俺が意識的、無意識的を問わず何かを考えた時、この知識内に答えがあれば、”答え”として頭に浮かんでしまう、と言う非常に便利なものなのだが、例え本当は知りたくなくても、考えれば答えとして出てきてしまう、と言う何とも言い難いスキルなのだ。

で、そのスキルが、俺の考えに、”YES”の答えを出してしまった。


こうなると、問題は家族の事になってしまう。

誰も俺がそんな事を想像したなんて知らないのだから、無視すると言う選択肢も無くは無いのだが。俺の心がそれを否定してしまった。

何より俺の心が、俺とフェンディの間に出来た子供を抱きたがっている。


そう言う訳で、色々考え試作した結果、馬車の車体と車軸との間に取り付ける事で、比較的簡単に振動を減衰させることが出来る板バネ式のサスペンションと、比較的簡単に討伐出来る魔物素材の組み合わせて、走行時の振動をある程度吸収できる車輪用のゴムもどきの開発に成功した。

そして、この発明を特許化して、無料でこの特許を利用できる様に、情報を公開したのだった。

正直代官様やご領主様は、街をさらに発展させるための金稼ぎの大チャンスだったのにと不満タラタラだったが、このサスに使う鋼材にステン鋼の組成を少し弄ったものが最適だと知ると、うちの街の発展が更に見込めると一転してほくほく顔になって喜んでいた。


もっともその為には、錬金魔法士の育成計画を更に上方修正する必要性が出てくるのだが、それは暫く内緒にする予定だ。

せっかくのハネムーン期間を邪魔されてたまるものか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る