第44話 デス・マーチは必然に?!

結婚の許可がもらえず、いささかしょんぼりしながら帰宅する。

とは言え、クリアすべき目標は分かっている。あまり待たせない為にも、早速対応を始める事にした。

まぁ、お貴族様への陞爵問題は、俺にはどうにもできない話なので、出来ない事をウダウダ考えても仕方無いので、そっちは棚上げするしかないのだが…


先ずは、この街の特産となりつつあるステン鋼の生産量の推移だが、ここ暫くは微増で推移している。ただし、増加量は徐々に減少の傾向にある。

これはどういう事かと言うと、ステン鋼を作るのに必要な材料を抽出できる錬金魔術士が増えていないからだ。

勿論、地球の様に工業的に抽出する事は出来ないと言う事は無いのだが、ステン鋼(現状ではSUS304若しくは18-8ステンレス)を製造するのに必要なニッケルとクロム、特にクロムを有害化させる事無く抽出するには、この世界では十分なインフラが整っておらず、現状では(錬金)魔法に頼るしかないのが実情となる。

そして、その術士を育成できるのは現状で俺だけと来ており、本体、この街にあって

術士の育成にあたっているはずの俺は、王都で長々と拘束されていた為、術士育成の為の行動が行えなかった。

となると、居る人員で遣り繰りするしかない訳で、当然の事として現状維持がせいぜいと言う事になる。それなのに、微増とは言え何故生産量が上がっていたかと言えば、うちは新進気鋭の工房で術士もこの為に育成されてさほど豊富な経験を持たない、伸びしろをそれなりに持つ者達だったからだ。

日常の業務を遂行する中で少しづつ経験を積み、魔法と使う事で魔力値や魔力効率も上がって行く。その結果として、徐々には生産量が上がっていたのだが、伸びしろなんてものは徐々に狭まって行くものであるし、誰か一人でも欠ければ生産性は大きく落ちこむ事になる、と言う実にきわどいライン上での成長だった。

実を言えば、うちで働いている術士達なら教導を行う事ができる可能性があったのだが、彼らはみんな俺の所有する終身奴隷で、勝手に情報を漏洩する事を事が禁じられている。

まぁ、機密漏洩と言うよりも、半端な知識で変な事を広げられて、街が六価クロム等の汚染物質まみれになる事が無い様にと言う配慮であったのだが、そんな事は傍からは分からないだろうし、もちろん情報を一人で握っておく為という側面もあった。

有益な情報とは力なのだ。


今いる奴隷達に王都式の再教育を施せば、奴隷達の基本的な能力は若干上がるかもしれないが、教育中は一時的に仕事に割り振るリソースを消費する事になるのだから、生産性が下がる事になってしまうし、教育が終わったとしても既に独り立ちしている魔法士の能力が飛躍的に向上する事は望めないからだ。

かと言って、新しい奴隷達に王都で磨いたメソッドで教育を施せば、新人たちの方が有能となってしまう。もちろん既存の奴隷達にも再教育を施す事はするが、一時的に立場が逆転する事になりかねない。

一時的とは言え、生産性の低下を招かずに、更なる向上を狙うならこれしかないのだが、既存の奴隷たちのプライドを傷つける事になるかもしれない。

さてどうしたものか、等としらばっくれているとタリンから責められる事になるので、王都の連絡事務所に何人か人をよこす様に連絡を入れる事にした。

王家の事案に対応する為、錬金魔法士の育成を行った訳だが、同時に自分の配下となる魔法士の育成も行っており、彼らは王都の事務所の所属と言う事で、ウーツ鋼の製造法の研究を命じておいた。

そいつらをステン鋼の製造に一時的に回して、その間に生え抜きの再教育と新人の育成を行う、仕方が無いが、この方向でプランを練るしかない。

幸い、例の案件で使ったテキストは、俺がオリジナルを持っている。こいつを元に内容をブラッシュアップすれば、より良いテキストを作る事が出来るだろう。

問題は、今の工房の規模でこれ以上の生産性の向上に対応できるかどうか、どうにもならないとなると、新しい工房を立てる必要が出てくるが、そうそう簡単に土地が手に入るのかと言う問題もある。

そもそも、代官様がどの程度の生産性の向上を望んでおられるのかの確認しなければならない。

たぶんお願いすれば、新街区にその為の用地を確保してもらえるのだろうが、どの程度の用地を用立てて貰えるかによって、どの程度生産量を増やせるのかも変わって来る。更に新しい奴隷を集める必要も出てくる。

この辺も代官様と要調整だな。

明日にでも、もう一度アポを取って、相談しないとな。


人をやって、代官様と面談するアポを取って、事情聴取を行った。

やはりと言うか、貴族籍への叙爵問題はこちら側からでは全く働きかけようがないらしい。とりあえず、今は他に対応すべき問題があるので棚上げさせてもらおう。向こうも色々忙しくて棚上げしている状況にあるらしいので、下手に働きかけをして、藪を突くと蛇どころか何が出てくるか分からない状況になりかねないらしい。

やめた方が良いと止められた。


ステン鋼の増産については要請があれば前向き善処するとの事で、せめて目標値を提示して欲しいと申し入れたが、2倍でも3倍でも多ければ多い程良いという碌でも無い答えしか聞けなかった。

とりあえず、今の倍の生産を目標にプランを練る事を約束して公館を辞したが、下手にそれを達成すると、更に倍とか言う話に成りかねないので、心は全く弾まなかった。


少なくとも、今の倍程度の錬金魔法士の確保が必須となる訳だがどうしたものか、代官様に頼めば、集めて貰えるのだろうか?

この前は国家の肝入りの事業だった事もあり、俺が死ぬ前に技術を売り渡す形で逃げ出す事が出来たが、同じことが期待できるかどうか…

しかも考えてみれば今の材料抽出には、既存のスラグを使用している訳で、それが無くなれば、新しく何処かからクロムやニッケルを抽出するのかを考えなければならない。今使っているスラグの埋蔵量の確認をして、後どの位使えそうかの確認も必要だ。前回確認した段階では、俺の使用予定で100年やそこらでは使い尽くせない埋蔵量がありそうだったので細かくは調べなかったが、その時の倍程度では済まない生産量に既に達している上に、更に増産と言う事になれば、ある程度正確な埋蔵量の確認が必要となるだろう。

何せ前代までの高炉の管理担当者たちがあれだけいい加減な管理しかしていなかった事を考え合わせると、下手に資料を漁るより、スラグの廃棄場を視察して確認した方が早いという事になるかもしれない。

この辺も代官様に要請して、確認してもらおう。

先ず調整を必要とする事は、

・ステン鋼用材料確保の為の錬金魔法士の確保と育成:当面15人程度

・ステン鋼用の材料(クロム・ニッケル)埋蔵量の確認

・ステン鋼の材料抽出場の造成と建設

・スラグの廃棄場の確保

・ステン鋼の製造場所の造成と建設、担当人材の育成

・ステン鋼を使用した製品の製造工房の確保と生産設備の準備

これらが最低限必要になる事項だろう。

特に先を見通して、増産に対応できる用にするとなると、かなり敷地や設備の確保、人材の確保と育成が必須となる。

問題はその辺を見繕えるてコントロールできるのが今の段階では俺しかいないと言う事だ。

とりあえず、当面の問題を解決する事だけを目標に、それなりのものを作るか。

それとも、更なる先を見据えて、相応のモノを作るか。

確か工場等を作る時には、最低でも数倍の規模になる事を考えて用地を確保するんだっけ?

人材の育成についても、当面の要員確保だけを考えるのか、先々に対応できる様に準備を進めるのかで、準備の手間と難易度が大きく変わってくる事になる。


代官様に聞けば、先々の事も考えて対応を検討してくださいと言われる事は目に見えているしなぁ。

良いよなぁ、言えばやらせることが出来る奴らは。

くそ。

全てを投げ出して逃げ出すと言う事もありなのかもしれなけど、タリンやフェンディに対する責任と言うものもあるしなぁ…

あ、このまま行くと、フィフィやトリーダについての責任も取る必要が出てくるんだっけ?

そんなのもひっくるめて逃げ出せば、と思う部分もあるけど、きっとバレたら怒られる程度じゃ済まないだろうしなぁ…


こうして、自分で自分の首を絞める形で、新しいデスマーチの沼にはまり込む生活がスタートするのだった。

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