第41話 業務再開

翌日からの数日は、俺が戻って来たと言う噂を聞いて尋ねて来た来客を相手にする程度の軽いスケジュールで過ごす事になっていた。

要は、こちから尋ねる程の取引額や量が無いと判断された様な業者であるとか、一見さんとかだ。

こっちはきちんと骨休めをしようと、緩いスケジュールを組んでそれでも重要な客はアポを取れる様にしているんだから、ちゃんとやってもらわないとね。

工房を通してアポを取って来るなら兎も角、一見さんが飛び込みで来てもね、ちょっと相手には出来ない。


幸い昨夜は誰かが忍んで来る事も無く、きちんと体を休める事が出来た。おかげで王都で激務に痛めつけられた体が大分回復した様に感じられる。

そんなに簡単に回復するもんか、と言う声が聞こえた様な気もするけど、こう言うものは気も心とも言うしね。

先ずは、心を落ち着ける事が大事だと言う事だ。


この日、家にやって来たのは、代官公館の料理番、ご存じコジーニくんだ。

おっさん二人で、調理場に籠って、あーだこーだを料理談義である。傍から見ればドン引きかもしれないが、二人とも趣味はと聞かれて料理と答える位のマニアックな料理好きだ。しかも、この手の話が出来るのも実に1年ぶりである。熱も籠ろうと言うものだ。

結局、彼が帰るまでの数刻ほどの間に、調理場にあった食材の内のかなりの部分を使いつぶしてしまい、その日の晩餐を飾る事になった。もちろん、彼も自分と俺らの料理のファンを公言してはばからな代官氏の分の料理をお持ち帰りしている。

因みに、使った食材は、その日中に消費しつくす事が出来ない、と言うより数日かけても屋敷内で消費する事が困難と思われる様な量だった為、長期保存が効くものを除き、更に翌朝食と昼食に回す分を除いて、かなりの量を工房の方への差し入れの形で消費する事になった。

俺は、文句を言われた挙句に、使った食材分の小遣いを減らされ、ちょっと損をした気分で少しの間拗ねていた。もちろん、作った試作お菓子を食べながらなので、中続きするはずもなかったのだが。


翌日、コジくんとの非公式ミーティングと言う名の創作料理試作会のレシピをまとめコジくんに送った。届いたレシピをコジくんは確認し、必要なら修正し俺に送り返す。こんな感じでやり取りを行い、お互いに修正の余地なしと判断した時点でC&Qの重要資料扱いで保管する約束になっている。


因みに、王都行の際にでっち上げたなんちゃってフリーズドドライの携帯食だが、乗合馬車で分けてあげた分についてとても評判が良かったと言う話をしたところ、コジくんも興味を持ったので試食させてあげた。作って1年も経つ物としては風味も悪く無く、十分に食べれるとの評価をいただき、今回のレシピの取りまとめが終わったら、こちらもレシピ化する為に、機会を見て一緒に作る約束になった。

まぁ、こいつについては実は旅に出る前日に既存の携帯食のあまりの不味さに切れて即席で造ったフリーズドドライ食品で、要は普通は持ち運び出来ないシチューや煮込み料理、スープの類の食品を小分けにした上で魔法で凍らせてそのまま水分を真空蒸発させただけ、と言うお手軽?食品だ。それを袋に入れて密閉しただけなので、どうと言う話でも無いのだが、この世界ではかなり画期的な料理の処理法になる可能性がある。

何せ、お湯を沸かして、その中にぶち込んで少し待てば、料理の出来上がりと言うお手軽さなのだ。乾燥スープの素だけでも開発して売り出せれば、大もうけ出来るかもしれない。あれなら、乾かしたものを突き崩せばパッケージの小型化もかなり出来るし。


忘れない様にメモしておこうと言って現時点で出来る事等のメモを書き残した後、その事を忙しさからすっかり忘れてしまった為に、数年後にひょんな事からそのメモが発見されて大騒ぎが起きるのだが、それは別の話だ。


そんなこんなで、忙しいんだか忙しくないんだか、リフレッシュ出来たんだ出来なかったんだか、良くわからない休養期間を経て、業務に復帰する日がやって来た。

今日は久しぶりに通勤用馬車で奴隷達と一緒に出勤だ。

何のかのと実に1年振りである。錬金奴隷たちは、基本朝夕の食事時は本館に来るので、顔は合わせていたのだが、休業中と言う事で、本格的な仕事の話は避けて来た。

勿論、体と心を休ませる為のタリンからの配慮でだ。

まぁ、確かにそうしないと、休みなんだか仕事なんだかよくわからない状況になってしまう。

大分嘘くさい感じではあったが、新妻2人に私たちより休業中の仕事の話の方が大事なんですか、と言われてしまうと、立場的にも中々仕事と言えない訳で、帰って来てから今日まで挨拶回り以外で仕事の話は無しで通して来た訳だ。

今日の工房での朝礼で仕事への復帰を宣言してやっと業務復帰である。


久しぶりの工房では、基幹メンバーは変わっていなかったと言うか俺の許可なしに変え様が無いのだが、仮雇いの下働きやら弟子希望の鍛治士やらが随分増えていた。

考えてみると俺がいない以上、仮雇いしか出来ない訳で、この辺の対応もなるべく早くする必要がありそうだ。

とは言え1年振りである。朝礼で業務復帰を宣言して、業務開始を宣言すると、もう離してもらえない状況になった。もちろん業務どころじゃない。基本業務連絡と言う名のおしゃべり…否、宴会でだ。


先ずは、王都行が約1年間にも及ぶ程伸びた理由から始まって、タリンとの馴れ初め。王都間との特急馬車便開設の裏話まで、話は多岐に及んだ。

弟子たちからの話からも出立以来の工房の大雑把な業務の流れや、受注件数や製造能力、提携工房との関係などの推移などを確認していく。

俺が不在である為、特にステン鋼の材料を抽出できる錬金魔法士の増員は出来ないので、基本的に大化けのしようがない状況で、みんなそれぞれが精いっぱい頑張って、工房を支えてくれていた様だ。

実に、頭の下がる思いである。


嫁を2人娶る事になった件に関しては、みんなから責められた。

特にフェンディの件に関しては、お約束と言うものだし、そうなるだろうとみんな考えていたらしいが、タリンに関しては、全く意識の外から突然現れた存在で、みんなの度肝を抜いたらしい。

ハハハハハ…、俺もだよ。


この段階で、終業時間が迫って来ているているのだが、とても皆納得出来ていなさそうな雰囲気を醸し出していたので、明日以降の業務に影響が出ない様に配慮する事を約束させて、色町に繰り出すのだった。

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