第39話 クツジョクの帰参報告

タリンやフェンディと話をして、とりあえず油断さえしなければ問答無用で喰われる事は無いらしい事がわかったので、別居暮らし案は廃案となった。

と言うか、フェンディに彼女たちにしても問答無用で襲いかかる程切羽詰まっている訳じゃないですよと呆れられたが、それでも俺が風呂に入っている所に交代で襲いに来る位するんじゃないかと言ったら、気まずげに目をそらされた。

自分がやった事が気まずかったのか、それとも、彼女たちならやりそうだと思ったのか、どっちなんだろうな。


王都では、朝風呂を愉しむなんて贅沢も出来る機会がなかったので、今日は軽く朝食を頂いた後で、朝風呂を愉しむ事にした。隣にいるのは第1夫人予定のタリンだ。

今日は朝はのんびりして、昼から各所を挨拶して廻る予定だ。

代官様の所には既に行って情報交換を済ましているので、後行くべき所は、協力関係にある鍛冶士達の工房や高炉の管事務理所と教会などだ。


そんなに信心深い方じゃないけど、こっちに転生して来た時のご縁もある事だし、何となく通っている感じだ。その度に相応の額を寄進する事にしているので、向こうにしてみれば、太客扱いかもしれないけど。

神様が実在するこの世界では、神を騙って大金を集め放蕩の限りを尽くす様な事は基本的に出来ないし、教会には弱者救済のセーフティネットの一翼を担っている部分もあるのだ。

無償で貧民街で炊き出しをしたり、やはり無償で孤児院作って不慮の事故などで親を失くした子供たちの面倒を見たり、神聖(治癒)魔法で人々を癒したり(有償)、穢れを浴びて呪われた人の呪いを解いてあげたり(有償)、組織運営も原則、信者からの寄進で賄われているそうだから大変そうだ。

まぁ、この辺は原則論なので、運営費が足りないと言って、希に寄進を頼みに坊さんが屋敷に来る事もあったりする。

今回の様に俺の不在期間が長かった為、あまり頻繁でなければ、ある程度の額を喜捨する様に纏まった額を渡しておいたはずけど、その辺はどうなったんだろうな。まぁ、知らせが無かったと言う事は足りたんだろう?!


あとは今後の事を考えると本来行くべきなのは…、口入れ屋組合なんだが…。

あそこのは、こっちに来た時に色々揉めて以来付き合いは最低限にとどめているし、優先度はかなり低いんだよなぁ…


あぁ、コジくんの所は後回しだ。彼も多分わかっているはずだと思うが、後でたっぷり時間が取れるタイミングで、新作の菓子の味見なんかをしながら、まったり語り合うのがベターだろう。


今週一杯を休みに充てて、工房に行くのは休み明けだ。

先ずは、体と心を休めて、英気を養う事を最優先にしよう。

危なく嫁取り絡みで家が体も心も休める場じゃ無くなる所になりかけたけど、何とかそれは回避出来たし様だし。

出来たんだよな?


まぁ、この話は置いておこう。動き出す前に精神的に疲れはてそうだし。

風呂から出てひと落ち着きしたら、昨日のうちに運び込んでおいてもらった土産物なんかを家の者達に配る。男向けには基本的に酒オンリーだが、メイドたち向けには王都のファッション系小物なんかをそれなりに持ち帰って来たんだけど、不味ったか?

なんか争奪線が始まって大騒ぎになっちまったな。

奪い合いに夢中になって壊すなよ。


土産物の定番と言うば、地球では煙草が選ばれる事が多かったが、そう言えばこっちでは殆ど煙草をたしなむ者を見かけないな。

何故かと言うと、たばこの煙が魔法の行使に必要な精神の集中を邪魔すると言われているからだ。

魔法を行使する為には、世界中に遍在しているオリジン(原物質)に体内にある魔素受容組織を介して魔力を使ってアクセスする必要があり、その結果、行使者の意図に沿った形で魔法が発現すると言う形になるのだが、煙草の毒にこの組織へのアクセスを阻害して魔法の発行を妨害する効果があるらしい。

一定以上の水準の熟練魔法士になれば、この程度の阻害要因は殆ど問題にならないらしい、と言うか一定以上の閾値での魔法の行使の目安になるので、発動の訓練にも使われるらしいが、普段から魔法を使いつけていない者には、ただの行使の邪魔にしかならないらしい。

と言う事で、殆ど匂いを感じられない様なレベルの煙であっても、魔法を阻害する可能性があるとして、他者に影響する可能性のある街中での喫煙は原則マナー違反と考えられているそうだ。

例外として、魔法の練度を高める訓練に使用される場合もあるらしいが、同じ様な訓練を周囲に悪影響を与えない別のメソッドで出来ない訳では無いので、これは本当に例外中の例外として扱われるらしい。


と言う訳で、屋敷内での土産物の配布は無事?に終了したので、関係者へのあいさつに出かける事にした。

今日の行先は、先ずは協力関係にある鍛冶工房、次が高炉の管事務理所、それが終わって時間に余裕があれば教会だ。土産用に用意した酒と小物を持って、孤児院に差し入れる菓子やおもちゃの類も馬車に積んで屋敷を出る。

案内は工房の従業員、日頃から荷馬車用の御者役を良くやる男で、街内の協力関係にある工房の位置ならお手の物だそうだ、それと随員代わりのタリンが一緒だ。いずれ専属の秘書を雇う必要が出てくるかもしれないが、今はタリンで十分事足りているので、彼女にそういう役目もやってもらっている。

フェンディに関しては当面、メイド長だった経験を踏まえて内向きの事をやってもらうつもりだ。


馬車に乗って、ガタゴトガタゴトと進んでいく。

馬車を引く馬は、いわゆる駄馬と呼ばれる、速さより重い荷物を引いて一定のスピードで長距離馬車を引く事に向いた馬力のある馬を使っている。

スピードは並足、要は人が速足で歩く程度のスピードだ。

ぶっちゃけ、スピードだけで考えれば、殆ど人が急ぎ足て歩くのと変わらないが、1頭で人を3人それにそれなりの量の酒やら何やらが乗った荷馬車を引いて、数時間程度は連続で移動できる馬力がある。最もその分渇きや空腹には弱いらしく、荷馬車のカーゴスペースの1/3は水と飼い葉だ。


ほどなくして、1軒目の工房に到着する。

馬車から降りて、土産を選び出し工房に顔を出す。

「よう、久しぶりだな。景気はどうだい?」

位の感じで話しかけると、俺が帰って来たことを知らなかったのが、びっくりしたような顔をして

「おう、久しぶりだな。そのまま王都に居座るんじゃないかと聞いていたんだが、帰って来たのか?」

位の事を言い返してくる。

「ご挨拶だな、おい。」

と返せば、

「何の何の」

と言って腕を差し出してきたので、俺もがっしり受け止めて、いささかきつめの握手を交わす。

「こいつは、王都の土産でな、変に気取ったものより、こういうやつの方が良いだろ?」

と酒を差し出せば、満面の笑みで受け取りながら

「わりぃなぁ」

などと、ちっとも悪く思っていなさそうな顔で受け取る。

「それと、こいつは連れ合いだ。向こうで見つけて来た。タリンと言う。顔を覚えてやってくれ。」

とタリンを紹介しておく。タリンも

「タリンと申します。ヨロシクお願いします。」

言って、頭を下げた。

相手も、少し驚いた様な顔をして、

「ほう、嫁さんを連れて帰って来たのか。

しかし、そうしたら、屋敷を取り仕切っているあの娘、えーと、確かフェンディーネちゃんと言ったか、あの子はどうした?」

と返してくる。隣でタリンがしたり顔でうなずいているのが何ともなぁ。

「あっちは、あっちでいただいたよ。今度、奴隷魔法士が廻ってきたら解放して第2夫人にする予定だ。タリンも承知している。」

といささか苦い顔で答えると、

「成程な。お前がいくら鈍くても、常識位はわきまえていたって事か。」

と、したり顔で返してくるのが、隣のタリンのしたり顔と合わせて何ともウザイ。

…今晩覚えてろよ。



何のかのと半刻ほどおしゃべりを楽しみ、暇を乞うて工房を後にする、次の目的地もやっぱり協力工房だ。

先ほどと同じような挨拶から、同じような話に展開して、同じようにいじられる。

くそ、本当に、あれって常識だったのかよ、俺の持つ常識情報に入って無いんだけど…神様?


何軒行っても、繰り返される俺への弄りに、何とも釈然としない思いを抱えつつ、同じくタリンがいてくれてよかったと胸を撫で下ろす屈辱感…

いや、別にタリンに含む所は無いんだよ…、基本良い娘だしな、タリンは。


やがて、仕事回りへの挨拶も終わり、今日の予定で残っているのは、教会だけとなっていた。

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